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非日常の始まり編

第19話 悪神

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「うわあ、なんかキモイ」
「確かにキモいな」
「魔術師の青年よ。君にはこれの正体がわかるか?」
「ああ、推測でしかないがな」
「それなら良い。これは封印した方が良いだろう?」
「そうだなあ……」

 吉川は少し考えた後、僕を見た。

「リュウキくんはどう思う?」
「へ?」

 白煙の中に黒い渦状のものが蠢いている。それは、消えるでも肥大化するわけでもなく、ただそこにあった。
 なぜ僕に聞いたのかは分からないが、恐らく聞く相手を間違っている。
 
「わかりません」
「君にとって重要な選択だ」
「これは何なんですか? 」
「簡単に言えば、悪神だな」
「悪神?」
「拝火教は知っているかい?」
「聞いたことはあります」
「拝火教は、古代ペルシアが起源の宗教なのだが、その中に出てくる絶対悪がこれだ」
「じゃ、じゃあ封印しないといけないんじゃ……?」

 突然、ソルボンが何かに気がつき、吉川に詰め寄った。

「まさか、血迷ったことを考えているのではあるまいな?」
「血迷ったことですか?」
「そうだとも。流石にこれは容認できないぞ」
「最高峰の黒魔術師でも、これほど恐れるものなのか」
「ああ、これだけは次元が違う」
「承知した。それでは封印をお願いしても良いかな」
「あいあいさ!」

 アイさんが満面の笑みで、悪神の前に立つと、目を閉じて手をかざした。
 不安そうに見つめる僕とソルボン。それに反して、吉川は呑気にコーヒーを淹れに行った。突如、悪神は光を放ち、その数分後に光と共に悪神は消えた。僕が破壊したはずの知恵の輪も元通りになっている。

「ふああ、疲れた」
「はい、コーヒー」
「あんがちょ。苦っ! もっと砂糖入れろ!」

 いつもの光景だが、僕とソルボンは開いた口が塞がらなかった。

(封印したのは、間違いなく神様。この人は、いったい何者なんだ?)
「吉川、ちょっと良いか?」
「なんだい? ソルボン」

 2人は、部屋の隅で何やら話し込んでいる。

「ねえ、口開いてるよ?」
「あ、すみません」
「さっきの見てた?」
「はい。よく分からなかったですけど……」
「凄かった?」
「凄かったです」
「じゃあさ、じゃあさ……」

 アイさんは急に僕の耳元に口を近づけると、小声で信じられないことを言い放った。

「ちょっとだけ血飲ませてくれない?」
「え?!」
「声大きいよ!」
「アイさんって吸血鬼なんですか?」

 自分で質問して馬鹿らしくなったが、ここまで来たら吸血鬼も河童も恐らく実在するだろう。

「違うよ! あんなのと一緒にしないで」
(あ、やっぱりいるんだ)
「じゃあどうして?」
「いいから! 少しだけ!」
「まあ、良いですけど……」
「ありがと!」

 僕の腕を掴んだアイさんは、そのまま噛み付いた。チクッとした痛みと共に腕が痺れてくる。

「おい」
「う……?」
 
 低い声と、鋭い視線を感じて見上げると、真顔の吉川が立っていた。

「離れろ馬鹿」
「ふあい……」
「大丈夫か?」
「は、はい」
「そうか」
 
 心配する吉川の後ろで、絵に描いたように照れるその姿は、いつものアイさんだった。

 
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