彼らはニアズ・マリアーノ・マティアスを英雄だと思っている 〜悪役貴族に転生したが、なぜか誰も見捨ててくれない〜

小林一咲

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 王宮からの借金が正式に成立したことで、マティアス領の財政はひとまず息を吹き返した。

 あくまで一時的に、ではある。

 帳簿上の赤は消えたが、その代わりに返済予定という名の未来の赤字が、堂々と居座っている。

 問題は、これからだった。

 屋敷の会議室には、これまでで最も多い人数が集められていた。

 家臣団。
 経理担当。
 冒険者ギルドの代表。
 そして、新たに採用された士官見習いたち。

 ニアズは、会議の席に着きながら、場の熱量を実感していた。

「……まず前提として」

 執事が口を開く。

「借金は返さねばなりません」

「当然だな」

「返済期限は猶予がありますが、何もしなければ確実に詰みます」

 誰も否定しなかった。

 奇跡的に資金は確保できた。
 だが、それはスタート地点に戻っただけだ。

「つまり」

 執事は、資料をめくる。

「領地の発展が不可欠です」

 議題は、すぐに具体化した。

 食料。
 工芸品。
 開拓。

 王道であり、地道で、時間がかかる。

「食料については、耕作地の拡張と保存技術の改善が必要です」

「工芸品は、領内で完結する加工体制を整えるべきかと」

「開拓は、人手と安全確保が前提になります」

 士官見習いたちは、真剣な顔で聞いている。

 誰もが、この会議が単なる形式ではないと理解していた。

「……何か意見はあるか」

 ニアズが問いかけると、一瞬、沈黙が流れた。

 経験豊富な者ほど、軽々しく発言しない。

 その沈黙を破ったのは、意外な人物だった。

「発言、よろしいでしょうか」

 若い士官見習いが、恐る恐る手を挙げる。

 まだ二十歳前後。緊張で背筋が固い。

「名前は」

「スティアルノです」

「どうぞ」

 スティアルノは、深く一礼してから口を開いた。

「……領地内の山についてです」

 その一言で、空気が変わった。

「山?」

「はい。領地の北にそびえている、あの山です」

 地図が広げられる。

 長年、特に活用されてこなかった巨大な山塊。

「以前から、鉄鉱石が取れることは知られていました」

「だが、採算が合わないと判断されていたはずだ」

 家臣の一人が指摘する。

「それは、以前の話です」

 スティアルノは続けた。

「最近、冒険者ギルドと共同で行った調査で、新たな鉱脈が確認されました」

 会議室が、ざわついた。

「鉄鉱石だけではありません」

 スティアルノは、資料を差し出す。

「金、銀、そして魔鉱石も」

 一瞬、誰も声を出せなかった。

「……本当か」

「はい。複数箇所で確認されています」

 冒険者ギルドの代表が、ゆっくりと頷いた。

「こちらでも確認済みです」

 事実だった。

 今まで、誰も本気で掘ろうとしなかっただけ。

 危険が多く、投資が必要で、回収まで時間がかかる。

 だが――今のマティアス領には、条件が揃っていた。

「人手は、ある」

「騎士候補と、志願者も含めれば、十分すぎる」

「治安も、以前より良い」

 議論が、一気に前へ進み始める。

「採掘が軌道に乗れば、装備の自給も可能になります」

「工芸品の質も上がる」

「交易の柱になるぞ」

 誰もが、前のめりだった。

 ニアズは、その様子を静かに見ていた。

「……やるとしたら」

 場が静まる。

「安全を最優先にしろ」

 その一言に、全員が頷いた。

「人を失ってまで金を稼ぐつもりはない」

 その発言は、またしても誤解を生んだ。

 ――英雄は、利益より人命を見る。
 ――やはり、器が違う。

 ニアズは、そんな評価が飛び交っていることを知らない。

「段階的に進める」

「無理はしない」

「必ず、戻れる体制を作る」

 それは、極めて常識的な判断だった。

 だが、この場にいる者たちには、それが「非凡」に映った。

 こうして決まった。

 マティアス領は、山に手を伸ばす。

 採掘計画が立ち上がり、内政は本格的に動き出した。

 借金返済という現実的な目標のために。

 そして――

 誰も気づいていない。

 この山が、後に「英雄山《モンス・ヘロウム》」と呼ばれることになるのを。

 ニアズ・マリアーノ・マティアスは、今日もまた、知らぬ間に歴史の中心へと引きずり出されていた。

◇◆◇◆

 半年という時間は、短いようで長い。

 そして結果だけを見れば――驚くほど十分だった。

 かつて誰も本気で手を出そうとしなかった山。
 今では誰もが名を知る場所。

 朝から晩まで、そこは活気に満ちていた。

 坑道は整理され、採掘は計画的に進められ、危険区域には明確な標識が立てられている。騎士候補たちは警備に就き、士官見習いたちは作業工程の管理を学ぶ実地訓練を行っていた。

 鉄鉱石は安定供給。
 金と銀は予想以上。
 そして――魔鉱石。

 これが、状況を一変させた。

 魔鉱石は、魔導具、魔法触媒、結界装置など、王国の根幹産業に直結する重要資源だ。質と量が安定して採れる鉱山は、国全体でも数えるほどしか存在しない。

「……半年で、ここまでとは」

 冒険者ギルドの代表が、感嘆を隠さずに呟く。

「過剰評価です」

 ニアズは、相変わらず淡々としていた。

「無理をしていないだけです」

「それができるのが異常なんですよ」

 数字は、嘘をつかない。

 借金返済の目処は、完全に立った。

 利子込みでも数年以内に完済可能。
 マティアス領は、一気に「安定した有望領地」として名を上げた。

 当然、噂は領地の外へ広がる。

 英雄山という名前が定着した時点で、静観されるはずがなかった。

「……またですか」

 屋敷に戻ったニアズに、執事が静かに告げる。

「王都から、使者が来ています」

「誰だ」

「第二王子殿下です」

 ニアズは一拍置いた。

「……王族の来訪が日常になりつつあるのは、おかしい」

 到着したのは、落ち着いた雰囲気の青年だった。

 二十代前半。第三王女ミシェルより年上。整った黒髪に、王族らしい端正な立ち居振る舞い。威厳はあるが、威圧感はない。

「初めまして」

 青年は形式通りに名乗った。

「第二王子、**アルベルト・ヘレン・シェリー**だ」

 家臣たちが一斉に跪く。

 ニアズも、深く礼をした。

「ようこそ、マティアス領へ」

「噂以上だな」

 アルベルト王子は周囲を見渡しながら言った。

「無理のない発展というのは、実に珍しい」

 それは、明確な評価だった。

 視察は当然のように英雄山へ向かう。

 坑道の幅。
 採掘手順。
 作業員の休憩所。

 アルベルト王子は細部まで目を配っていた。

「事故は」

「ありません」

「半年で?」

「はい」

 王子は短く息を吐いた。

「奇跡ではないな。管理だ」

 視線が、ニアズに向く。

「君は、人と資源の扱いを理解している」

 その言葉は重かった。

 視察後、屋敷の応接室で本題が切り出される。

「さて」

 アルベルト王子は茶を口にしてから言った。

「魔法学について、どう考えている?」

「……急ですね」

「英雄山から魔鉱石が出た」

 王子は資料を机に置く。

「これは、国家規模の話になる」

 魔鉱石の安定供給。
 それは、魔導研究と切り離せない。

「王都の学府だけでは、もう追いつかない」

 アルベルト王子は、はっきり告げた。

「学校を建てないか」

 家臣たちが息を呑む。

「魔法学を中心に、工学、運用学、管理学も含めた実学教育だ」

「育てた人材は、領地に残してもいい」

 それは破格の条件だった。

「……資金は」

「王宮が援助する」

「借金ですね」

「もちろん」

 王子は笑う。

「王家は慈善団体ではない」

 場がざわつく。

 ニアズは、しばらく考えた後、答えた。

「検討します」

「構わない」

 アルベルト王子は立ち上がる。

「だが、君なら断らない」

 その確信は、どこから来るのか分からない。

 ――英雄は、人を育てる道を選ぶ。

 そんな誤解が、また一つ積み重なった。

 アルベルト・ヘレン・シェリーは帰路につきながら、満足そうに呟いた。

「……やはり、ミシェルの見立ては正しい」

 マティアス領は、もはや一地方ではない。

 英雄山を抱え、魔鉱石を産し、人を集め、学びの場を作ろうとしている。

 ニアズ・マリアーノ・マティアスは、その中心に立たされている自覚が、まだ薄い。

 だが一つだけ確かだった。

 内政は、完全に動き出した。

 そして次に訪れるのは――
 教育という名の、終わりなき騒動である。

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