顔面最強、戦力最弱男は今日も戦わず逃げ出したい〜容姿に全振りした僕が、なぜか最強扱いされています〜

小林一咲

文字の大きさ
4 / 19

第4話 空腹が生んだ最適解

しおりを挟む
 さすがに、戦乱の世である。

 叙任式の翌日には、何事もなかったかのように作戦会議が執り行われた。
 昨日までの拍手喝采や黄色い声はどこへやら、重たい空気が会議室を満たしている。

 僕はというと、立派な椅子に座っているだけだった。

 団長席。
 名前だけはすごそうな席だが、やっていることは何も変わらない。座って、聞いて、分からない顔をしないようにする。それだけ。

「北西のランジェル帝国との戦線ですが」

 地図の前に立つ参謀が、棒で境界線を示す。

「停戦に持ち込める可能性が高いと見ています」

 室内が、わずかにざわついた。

 理由は明白だった。
 ランジェル帝国のさらに北には、魔王領がある。
 帝国はそちらとも激しく対立しており、こちらとの戦争に戦力を割き続ける余裕がない。

 正直、少しだけほっとした。
 僕が指揮を執らずに済む可能性が高まったからだ。

 だが、安堵は長くは続かない。

「しかし、我が国も同様です」

 別の参謀が続ける。

「東のヒガケー海にて、強力な魔物の目撃情報が後を絶ちません」

 地図の東側が指し示される。

「街の冒険者だけでは、対処が困難な規模です」

 ……ああ。
 そうだった。世界はそんなに優しくない。

 さらに報告は続く。

「南側。ドワーフと同盟を結んだストロース王国は静観の構え」

「エルフをはじめとする妖精種のエスティ妖精国も、未だ沈黙を保っています」

 沈黙。
 それは、安心材料ではない。

 ドワーフと手を組んだ王国を、妖精国が黙って見過ごすとは思えなかった。
 均衡は、いつ崩れてもおかしくない。

 会議室の空気は、どんどん重くなっていく。

 皆が真剣な表情で地図と睨み合い、未来の戦場を想像している。

 そんな中で、僕は。

 ……お腹が減っていた。

 朝から何も食べていない。
 緊張と疲労で忘れていたけれど、胃は正直だ。

 ぐう、と鳴らなかったのが奇跡だと思う。

 この場で、僕に求められているのは英断なのだろう。
 団長らしい決断。歴史に残る一言。

 でも、今の僕の脳内を占めているのは、
 パンか、スープか、それとも肉か。

 戦術会議は続く。
 僕は頷き、沈黙し、団長らしく見えるよう努力しながら、ただ座っていた。

 早く、昼にならないかな。



 会議室に沈黙が落ちた。

 重たい沈黙だった。
 地図の上に描かれた無数の線と駒が、まるで未来の死者数を示しているかのように見えて、息が詰まる。

「……団長のご意見は?」

 その沈黙を破ったのは、副団長であるマルタだった。

 彼女は真っ直ぐに僕を見ている。
 信頼と期待が混じった、逃げ場のない視線。

 まずい。
 非常にまずい。

 僕は団長席に座ったまま、内心で全力疾走を始めた。

 何か言わなきゃ。
 団長なんだから、何か言わなきゃ。

 だが、思考が空回りする。

 地政学。
 兵站。
 士気。

 さっきまで耳に入っていた単語たちが、頭の中で霧散していく。

 ダメだ。
 お腹が減って何も考えられない……!

 空腹というのは、恐ろしい。
 人間から知性を奪い去る、最も身近な魔物だと思う。

 どうする。
 どうする僕。

 このまま黙っていたら、団長として終わる。
 いや、始まってすらいない。

 焦りと空腹が混ざり合い、思考が暴走しかけた、その瞬間。

 僕の口は、脳よりも先に動いていた。

「……それより」

 自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。

「食糧の方は、どうなっているかな?」

 完全に、昼飯のことを聞いたつもりだった。

 だが。

 会議室の空気が、一変した。

 参謀たちが一斉に息を呑み、地図へと視線を落とす。
 誰かが、かすかに唸る。

「……補給」

「兵站、ですか」

「確かに、盲点だった」

 え。
 え?

 何が起きているのか分からず、僕は瞬きを繰り返す。

 マルタでさえ、一瞬目を見開いたあと、何かに気づいたように表情を引き締めた。

「食糧……補給路……」

 参謀の一人が、地図の南側を指差した。

「南のストロース王国、そしてエスティ妖精国。彼らが帝国と接触しようとする場合、最短ルートは我が公国沿いの街道です」

 別の者が続ける。

「山を越えることも不可能ではありませんが、人も物資も限られる。大軍を動かすには現実的ではない」

 会議室が、静かに熱を帯びていく。

 僕は、内心で混乱していた。

 違う。
 僕はそんな高度なことを考えていたわけじゃない。

 ただ、お腹が減っていただけだ。

「つまり」

 マルタが言葉を引き継ぐ。

「街道を押さえることで、南側二国と帝国の連携を未然に防げる……」

「同時に」

 参謀が頷く。

「我々の兵站も安定させられます。食糧の流通を管理できる」

 誰かが、はっとしたように声を上げた。

「それなら、東のヒガケー海に出現する魔物への対処に、戦力を集中できます」

 会議室に、ざわめきが広がる。

 皆が、同じ地図を見ているはずなのに、今まで見えていなかった線が、急に浮かび上がったようだった。

 僕は、ただ座っていた。

 何も言えず、ただ成り行きを見守るしかない。

 すると、マルタが一歩前に出た。

「街道を通る者の審査を厳しくしましょう」

 力強い声だった。

「通行証の発行、物資の検査、身元確認。時間はかかりますが、それだけで南側諸国の動きは鈍ります」

「兵の配置も最小限で済む」

「士気も保てる」

 次々と意見が重なっていく。

 兵站が安定すれば、兵は安心して戦える。
 食糧が途切れないという事実は、それだけで士気を大きく左右する。

 戦わずして、戦力を削ぐ。
 前線を増やさず、守りを固める。

 結果として、東の海へ全力を向けられる。

 いつの間にか、会議は一つの結論へと収束していた。

 そして。

「……団長」

 マルタが、再び僕を見た。

「この方針で、よろしいでしょうか」

 全員の視線が、僕に集まる。

 心臓が跳ねた。

 僕は、ゆっくりと息を吸う。

 何もしていない。
 何も考えていない。

 ただ、空腹だっただけだ。

 でも。

「……うん」

 僕は、頷いた。

「それで、いいと思う」

 その一言で、会議室の空気が決定的に変わった。

「さすが団長だ……」

「兵站から戦局を見るとは」

「若いのに、恐ろしい視野だ」

 ひそひそと、称賛の声が漏れる。

 違う。
 本当に違う。

 僕はただ、昼ごはんの心配をしただけなのに。

 会議が終わり、人々が退出していく中、マルタが隣に来た。

「……お見事でした、団長」

 誇らしげな笑顔。

 僕は、言葉を失った。

「いえ、あの」

「兵站と士気、そして地政学を一言で繋げるなんて、なかなか出来ることではありません」

 完全に誤解されている。

 でも、今さら訂正できるはずもなかった。

 僕はただ、静かに思った。

 次の会議までには、
 絶対に何か食べておこう。

 空腹は、危険すぎる。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした

たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。 だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。 自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。 勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!

借金5億で異世界転移、よりによって金本位制の世界だった

夜明け一葉
ファンタジー
32歳の個人トレーダー・佐藤慧は、5年間の雪辱を賭けたトレードで5億円の借金を抱え、意識を失った。目覚めると、そこは剣と魔法が存在する見知らぬ世界だった。常識が通じない異世界で、金貨を見るだけで嘔吐する「金アレルギー」を抱えながら、若き冒険者リナと出会い、生き延びる術を探し始める。諦めることだけができなかった男が、新たな世界で再び立ち上がる異世界サバイバル譚。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

無自覚に世界最強だった俺、追放後にチートがバレて全員ざまぁされる件

fuwamofu
ファンタジー
冒険者団から「役立たず」と追放された青年リオ。 実は彼のスキル《創造》は、世界の理を作り替える最強の能力だった。 追放後、孤独な旅に出るリオは、自身の無自覚な力で人々を救い、国を救い、やがて世界の中心に立つ。 そんな彼の元には、かつて彼を見下していた美少女たちが次々と跪いていく──。 これは、無自覚に世界を変えてしまう青年の、ざまぁと覇道の物語。

追放された村人A、実は神々が恐れる規格外の英雄だった ~無自覚のまま世界最強に成り上がる村人、気づけばハーレムを築いていた件~

にゃ-さん
ファンタジー
村人として静かに暮らしていた青年レイルは、能力査定で「最弱」と評され、仲間から追放されてしまう。だがその能力「小さな加護」は、神々すら知らぬ万能の力の一端に過ぎなかった。 無自覚なまま溢れる力を振るい、魔王軍の計画を打ち砕き、気づけば人々から「奇跡の英雄」と崇められていく。 これは、本人だけが自分を平凡だと思い込んでいる最強村人の物語。勘違いされながらも、人々を救い、仲間を増やしていく、ざまぁと笑いと胸熱が交差する異世界ファンタジー。

処理中です...