凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜

小林一咲

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第3章 凡人は牙を研ぐ

第99話 ダリウス

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「クッ……バルト・クラストを逃すな! そいつを殺せ!!」

 腹部を抑えながら這い出るように現れたのはリューク准尉だった。

 兵士たちの間に緊張が走る。誰も状況を把握できていない。僕もだ。
 “二人いるリューク”――その異様な光景に、周囲の空気が一瞬で凍り付いた。

「ま、まずい……! 本物の准尉殿が倒れているのなら――あれは……!」

「全員、構えろッ!」

 兵士たちは武器を抜き、ゆっくりと一歩後ずさる。
 対してダリウスは、心底楽しそうに舌なめずりをした。

「いやぁ、便利だよねぇ? 偽装魔法ってさ。君たち、まんまと騙されてくれたし」

「……どうやってここに――!」

「質問はあと。今はねぇ……」

 ダリウスは僕の背にそっと手を置いた。
 ぞわり、と体中の毛穴が総立ちになる。

「バルトを連れて行くのが優先だよ」

「な……っ!?」

『ダンナ! 危ねぇ!!』

『主人様、逃げ――』

 僕の中から聞こえる二匹の焦り声と同時に、ダリウスの周囲に黒い霧のようなものが渦を巻きはじめた。
 魔力、だ。
 それも、僕や魔物たちが触れただけで怯えるような、異質な闇。

「だ、ダリウス! 貴方、まさか……!」

 エリシアが掠れた声で叫ぶ。ダリウスはにっこり微笑みながら目を細めた。

「王女様。バルトは“必要”なんだ。ボクらに、じゃなくて――にね?」

「向こう……?」

 聞き返した瞬間だった。

「ここで死ぬのも嫌でしょ? だったら来てよ、バルト」

 ダリウスが僕の腕を強く引き寄せる。
 反射的に振り払おうとするが、力がまったく入らない。
 意識が、暗闇に沈むように遠のいていく。

「ま、待って……バルトを連れて行かせるわけには……ッ!」

 エリシアの叫びが遠ざかる。

「君は優しいから好きだよ、王女様。でも邪魔なんだ」

 ダリウスが指をひと振りすると、エリシアの足元が爆ぜ、彼女の身体が吹き飛ばされた。

「エリシア!!」

 声にならない叫びが漏れる。

『ダンナ!!』

『主人様ぁ!!』

 二匹の念話も、どんどん薄くなっていく。
 僕は――また、誰も守れないのか。
 こんなにも弱くて、何もできなくて……。

「大丈夫。ボクが連れていってあげる。バルト、君は“特別”なんだから」

 最後に聞こえたのは、救いとは程遠い、冷たい囁きだった。
 
 ――その瞬間、世界が反転した。
 
 耳鳴り、光、圧迫感。
 何か巨大な力に身体ごと引きずり込まれる。
(……またかよ……)
 自嘲が浮かんだところで、全てがぷつりと途切れた。
 
◇◇◇◇
 
 目を覚ました時、僕は――見知らぬ石造りの神殿の中央に倒れていた。
 周囲には、黒いローブを纏った複数人の影。
 その中心に立つ人物が、僕に向かってゆっくりと手を伸ばす。

「ようこそ、“鍵《キー》”の器《うつわ》よ」

 その声は、耳ではなく、脳に直接響くようだった。

『……ダンナ?』

『主人様……どこですか……』

 二匹の念話がかすかに戻る。
 でも、彼らの声は震えていた。
 ここにいる“何か”を、本能で恐れているのだ。
(ここは……どこだ……?)
 答えは誰も教えてくれない。
 ただ、胸の奥に嫌な予感だけが膨らんでいった。
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