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第4章 世界の均等と魔族の策謀
第107話 魔の手
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城の空気が、ここ数日ずっと重い。湿った毛布をまとわりつかせられているような息苦しさが、喉の奥に残ったまま消えない。
理由はわかっていた。いや、わかっていながら、認めるのが怖かっただけだ。
――参謀殿。幼い頃から父に代わって私を導いてくれた、あの人。
その彼が、ここ最近の不自然な命令の発端なのではないか。そんな疑念が、どうしても拭えなかった。
「……参謀殿。少し、お話を聞きたい」
政務室は静まり返り、窓の外の風さえ、何かを待っているように感じた。参謀殿は振り返り、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
だが、その笑みに、ほんのわずかな“歪み”を私は見た。
「王子。ついに気づかれましたか」
その声は、まるで深い井戸の底から響く音のようで、私の心臓を冷えた手でつかんだ。
「何に……気づいたと?」
「この国が、もう持たぬということですよ」
次の瞬間、参謀殿の顔が、皮膚が、瞳が――ふつり、と別の形へ沈んでいくように変わった。
黒い鱗を持つ頬。燃えるような赤い瞳。
私は、声を出すことすら忘れていた。
「我らが目的はただ一つ。邪神テラドラックの復活。そのために、この国の混乱は必要なのです」
邪神――。
伝承の中だけの話だと思っていた。だが今、目の前の存在が告げるなら、それは現実なのだ。
「……民に伝えねば」
震える足を叱りつけ、私は扉へ向かった。
だが廊下に踏み出した瞬間、剣先が私の喉元に突きつけられた。
見知った兵士たち。けれど、彼らの目は濁り、何かを失っていた。
「遅いのですよ、王子」
背後から、魔族と化した参謀殿が歩み寄る。
私の善良さを見透かしたような声音で、彼は言った。
「あなたは人を信じすぎる。その弱さが、我らには都合が良い」
「放せ……ッ!」
私は剣を奪おうと腕を伸ばしたが、力の差は歴然だった。
兵の拳が腹にめり込み、視界がぐらりと揺れる。
床に膝をついた瞬間、私は悟った。
このままでは、王国が壊れる。
やがて私は地下牢に放り込まれ、魔力を封じる鎖が手足に絡みついた。
入り口の向こうで、魔族の声が響く。
「あなたの役割は、今日で終わりです。これよりは――私が“王子”を務めましょう」
「シュリア……! 妹には……指一本触れるな!」
叫んだ声は、暗い石壁に吸い込まれただけだった。
◆
私は足取りをゆっくりと整えながら、王城の廊下を進む。
鏡に映る顔は、完璧に“ユーア王子”そのものだった。
髪の揺れ方、まばたきの間隔、歩幅。
長い観察の末に身につけた、人間という生き物の皮。
「便利なことだ。肉体とは、こうも簡単に写し取れるのだから」
口元に笑みが浮かぶ。
これで王城の者は誰も疑わぬ。むしろ、私の言葉を王の命として受け入れるだろう。
だが、本当に重要なのは別にいる。
――シュリア王女。
王家の血に宿る“鍵”。邪神復活の儀式に必要な器。
私は、柔らかい光のこぼれる王女の居室へと歩み寄った。
扉を開けると、彼女は安堵したように微笑んだ。
「お兄様……ご無事でよかった」
「ええ、心配をかけたね」
優しい兄の声を真似て、私は王女へ歩み寄る。
その純粋な瞳は、なんの疑いもなく私を映している。
――まこと、扱いやすい。
「シュリア。君には、これから重要な役目がある」
「……役目、ですか?」
「そう。君だからこそ務まる役目だよ」
私は彼女の頭へそっと手を置き、兄らしく微笑んだ。
その指先の下で、王女は小さく頬を染めた。
知らぬままの方が、きっと幸せだろう。
だが、それは叶わない。
邪神が目覚める時、彼女の“鍵”は必ず使われるのだから。
――さあ、儀式の準備を始めよう。
王子の顔で微笑む私は、静かに次の一手を思い描いた。
理由はわかっていた。いや、わかっていながら、認めるのが怖かっただけだ。
――参謀殿。幼い頃から父に代わって私を導いてくれた、あの人。
その彼が、ここ最近の不自然な命令の発端なのではないか。そんな疑念が、どうしても拭えなかった。
「……参謀殿。少し、お話を聞きたい」
政務室は静まり返り、窓の外の風さえ、何かを待っているように感じた。参謀殿は振り返り、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
だが、その笑みに、ほんのわずかな“歪み”を私は見た。
「王子。ついに気づかれましたか」
その声は、まるで深い井戸の底から響く音のようで、私の心臓を冷えた手でつかんだ。
「何に……気づいたと?」
「この国が、もう持たぬということですよ」
次の瞬間、参謀殿の顔が、皮膚が、瞳が――ふつり、と別の形へ沈んでいくように変わった。
黒い鱗を持つ頬。燃えるような赤い瞳。
私は、声を出すことすら忘れていた。
「我らが目的はただ一つ。邪神テラドラックの復活。そのために、この国の混乱は必要なのです」
邪神――。
伝承の中だけの話だと思っていた。だが今、目の前の存在が告げるなら、それは現実なのだ。
「……民に伝えねば」
震える足を叱りつけ、私は扉へ向かった。
だが廊下に踏み出した瞬間、剣先が私の喉元に突きつけられた。
見知った兵士たち。けれど、彼らの目は濁り、何かを失っていた。
「遅いのですよ、王子」
背後から、魔族と化した参謀殿が歩み寄る。
私の善良さを見透かしたような声音で、彼は言った。
「あなたは人を信じすぎる。その弱さが、我らには都合が良い」
「放せ……ッ!」
私は剣を奪おうと腕を伸ばしたが、力の差は歴然だった。
兵の拳が腹にめり込み、視界がぐらりと揺れる。
床に膝をついた瞬間、私は悟った。
このままでは、王国が壊れる。
やがて私は地下牢に放り込まれ、魔力を封じる鎖が手足に絡みついた。
入り口の向こうで、魔族の声が響く。
「あなたの役割は、今日で終わりです。これよりは――私が“王子”を務めましょう」
「シュリア……! 妹には……指一本触れるな!」
叫んだ声は、暗い石壁に吸い込まれただけだった。
◆
私は足取りをゆっくりと整えながら、王城の廊下を進む。
鏡に映る顔は、完璧に“ユーア王子”そのものだった。
髪の揺れ方、まばたきの間隔、歩幅。
長い観察の末に身につけた、人間という生き物の皮。
「便利なことだ。肉体とは、こうも簡単に写し取れるのだから」
口元に笑みが浮かぶ。
これで王城の者は誰も疑わぬ。むしろ、私の言葉を王の命として受け入れるだろう。
だが、本当に重要なのは別にいる。
――シュリア王女。
王家の血に宿る“鍵”。邪神復活の儀式に必要な器。
私は、柔らかい光のこぼれる王女の居室へと歩み寄った。
扉を開けると、彼女は安堵したように微笑んだ。
「お兄様……ご無事でよかった」
「ええ、心配をかけたね」
優しい兄の声を真似て、私は王女へ歩み寄る。
その純粋な瞳は、なんの疑いもなく私を映している。
――まこと、扱いやすい。
「シュリア。君には、これから重要な役目がある」
「……役目、ですか?」
「そう。君だからこそ務まる役目だよ」
私は彼女の頭へそっと手を置き、兄らしく微笑んだ。
その指先の下で、王女は小さく頬を染めた。
知らぬままの方が、きっと幸せだろう。
だが、それは叶わない。
邪神が目覚める時、彼女の“鍵”は必ず使われるのだから。
――さあ、儀式の準備を始めよう。
王子の顔で微笑む私は、静かに次の一手を思い描いた。
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