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第2章 テラドラックの怒り
第71話 人の心と想い
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「お世話になりました」
深々と頭を下げるが、上官は労いの言葉をかけるわけでも、これからの人生を祈念するわけでもなく、ただ手に持った書類を見るばかり。
組織への不満は前々から感じてはいた。だが、それと同時にやりがいも感じていたのだ。
自分がこの国を守っているのだ――と。
親友《バルト》のスパイを命じられたあの瞬間から、本当のボクを見失っていた気がする。いや、もっと前からか。
今ならリラ元中尉の気持ちが少しは分かる。彼女の抱えていた“病の種”が、今ボクの心に芽を出そうとしている。
「あの人は、何をしているのだろう……」
◇◇◇◇◇
「仲直りできたのか?」
長い勤務が明け、久しぶりの2連休は実家で過ごそうと荷物をまとめていた時、ダリウス少尉が僕の肩を叩いた。
「それが、どこにも居なくて……謝る機会を逃しちゃいました」
兵舎で「スパイか」と問い詰めたあの日から、僕はダリオンと言葉を交わしていない。僕が遠ざけていたというのもあるけど、しばらく時間を置いて冷静になった時、自分が思春期の子どものようで、酷く恥ずかしくなった。
彼は自分の任務をこなしただけ。僕はそれに協力する必要があったのに、それを一方的に跳ね除けて親友を突き放した。
はあ、と自分へ向かって大きく溜息を吐いたら、部屋の扉が3度鳴った。
「ええっと、あの、バルト・クラスト少尉はいらっしゃいますか?」
「はい、ここに」
恐る恐る入ってきたのは兵舎受付の事務員だった。彼女はしどろもどろに……というか、かなり焦っているように見える。
「あの、えっと、イザベラ海将が至急の要件があるとのことで」
海将が僕を呼び出すことは少なくないけど、至急の要件というのは珍しい。魔物のことか、もしくは――
「これは一体どういうことだ!!」
怒られた。
訳が分からず、とりあえず「申し訳ありません!!」とだけ返したが、海将はそのまま机に突っ伏してしまった。
「あ、あの、海将……」
「着いてこい」
向かった先は団長室の又隣。来賓室と札の下がった部屋だった。
海将は人差し指を唇の前に立てると、その来賓室の小窓をゆっくりと開けた。すると、中には王家の家紋が刺繍された重そうなドレスに身を包んだ、美しく小さな少女がこちらに背を向けるように座っていた。
「ええっと、まさか……」
まさかも何もこの御方が誰かなんて見れば分かる。我がインヒター王国第一王女、シュリア・リッチ・インヒター。だけど何故か、現実逃避したくて堪らない。
「団長室に乗り込んでくるや否や『バルト・クラストを呼んで下さい』とだけ言って、現在まで一言も喋らない」
心当たりしかない。
それは僕が王宮から勲章を得、昇進をした式典後に遡る。
ダリオンの一件で少しばかり荒れていた僕は、シュリア王女から声をかけられ、更にはお茶にまで誘ってもらったというのに、それを尽く拒絶していたのだ。
「私は知らないからな。監督責任とか負いたくないからな?!」
あの海将がここまで怖気ずくほど怒っている。
国家反逆罪、いや死罪か。
「ようやく来たようですね」
脳内に鳴り響く殺気の混じった念話。間違いなく彼女のスキルだ。
神妙に扉を開ける。
「し、失礼致しまする」
緊張と恐怖で語尾がおかしくなったのにも気づかなかった。
「どうぞこちらへ。あ、海将もどうぞ」
忍足《しのびあし》で去ろうとしたイザベラ海将にも声がかかり、まるでブリキの人形のようにガクガクと膝をいわせながら共に入室。
雲のように柔らかなソファに浅く腰を下ろすと、王女はまず、僕ではなく海将へ目を向けた。
「バルト・クラスト少尉は、本日付で王国近衛騎士団へ異動していただきます」
「「へ?」」
間の抜けた2人の声は儚く消えてゆく。
「海洋騎士団での彼の功績は計り知れないもの。しかし、このままここに居ても成長は見込めません。ですから、王家権限で騎士団本部へ通告、本部も近衛騎士団長も了承済みです」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。異動の時期はまだ半年後。しかも、バルト少尉はまだ着任してからまだ二年も経っていません」
焦る海将を他所に、僕は心此処に在らずだった。
深々と頭を下げるが、上官は労いの言葉をかけるわけでも、これからの人生を祈念するわけでもなく、ただ手に持った書類を見るばかり。
組織への不満は前々から感じてはいた。だが、それと同時にやりがいも感じていたのだ。
自分がこの国を守っているのだ――と。
親友《バルト》のスパイを命じられたあの瞬間から、本当のボクを見失っていた気がする。いや、もっと前からか。
今ならリラ元中尉の気持ちが少しは分かる。彼女の抱えていた“病の種”が、今ボクの心に芽を出そうとしている。
「あの人は、何をしているのだろう……」
◇◇◇◇◇
「仲直りできたのか?」
長い勤務が明け、久しぶりの2連休は実家で過ごそうと荷物をまとめていた時、ダリウス少尉が僕の肩を叩いた。
「それが、どこにも居なくて……謝る機会を逃しちゃいました」
兵舎で「スパイか」と問い詰めたあの日から、僕はダリオンと言葉を交わしていない。僕が遠ざけていたというのもあるけど、しばらく時間を置いて冷静になった時、自分が思春期の子どものようで、酷く恥ずかしくなった。
彼は自分の任務をこなしただけ。僕はそれに協力する必要があったのに、それを一方的に跳ね除けて親友を突き放した。
はあ、と自分へ向かって大きく溜息を吐いたら、部屋の扉が3度鳴った。
「ええっと、あの、バルト・クラスト少尉はいらっしゃいますか?」
「はい、ここに」
恐る恐る入ってきたのは兵舎受付の事務員だった。彼女はしどろもどろに……というか、かなり焦っているように見える。
「あの、えっと、イザベラ海将が至急の要件があるとのことで」
海将が僕を呼び出すことは少なくないけど、至急の要件というのは珍しい。魔物のことか、もしくは――
「これは一体どういうことだ!!」
怒られた。
訳が分からず、とりあえず「申し訳ありません!!」とだけ返したが、海将はそのまま机に突っ伏してしまった。
「あ、あの、海将……」
「着いてこい」
向かった先は団長室の又隣。来賓室と札の下がった部屋だった。
海将は人差し指を唇の前に立てると、その来賓室の小窓をゆっくりと開けた。すると、中には王家の家紋が刺繍された重そうなドレスに身を包んだ、美しく小さな少女がこちらに背を向けるように座っていた。
「ええっと、まさか……」
まさかも何もこの御方が誰かなんて見れば分かる。我がインヒター王国第一王女、シュリア・リッチ・インヒター。だけど何故か、現実逃避したくて堪らない。
「団長室に乗り込んでくるや否や『バルト・クラストを呼んで下さい』とだけ言って、現在まで一言も喋らない」
心当たりしかない。
それは僕が王宮から勲章を得、昇進をした式典後に遡る。
ダリオンの一件で少しばかり荒れていた僕は、シュリア王女から声をかけられ、更にはお茶にまで誘ってもらったというのに、それを尽く拒絶していたのだ。
「私は知らないからな。監督責任とか負いたくないからな?!」
あの海将がここまで怖気ずくほど怒っている。
国家反逆罪、いや死罪か。
「ようやく来たようですね」
脳内に鳴り響く殺気の混じった念話。間違いなく彼女のスキルだ。
神妙に扉を開ける。
「し、失礼致しまする」
緊張と恐怖で語尾がおかしくなったのにも気づかなかった。
「どうぞこちらへ。あ、海将もどうぞ」
忍足《しのびあし》で去ろうとしたイザベラ海将にも声がかかり、まるでブリキの人形のようにガクガクと膝をいわせながら共に入室。
雲のように柔らかなソファに浅く腰を下ろすと、王女はまず、僕ではなく海将へ目を向けた。
「バルト・クラスト少尉は、本日付で王国近衛騎士団へ異動していただきます」
「「へ?」」
間の抜けた2人の声は儚く消えてゆく。
「海洋騎士団での彼の功績は計り知れないもの。しかし、このままここに居ても成長は見込めません。ですから、王家権限で騎士団本部へ通告、本部も近衛騎士団長も了承済みです」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。異動の時期はまだ半年後。しかも、バルト少尉はまだ着任してからまだ二年も経っていません」
焦る海将を他所に、僕は心此処に在らずだった。
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