番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎

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再会は逃走不能の距離で

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 転校初日というのは、もっと自由なものだと思っていた。
 少なくとも、こんなふうに逃げ場のない場所に立たされるとは思っていなかった。
 校門の前で、湊は立ち止まる。
  春の光に照らされた校舎は、どこにでもある普通の学園だ。白い外壁、整った花壇、通り過ぎる生徒たちのざわめき。

 ――ここなら、きっと大丈夫。

 そう思って選んだ学校だった。
 誰も自分を知らない場所。
  第二性を隠して生きても不自然にならない規模。
  そして何より――過去と完全に切り離せる距離。
 そのはずだった。

「久しぶり、湊」

 背後から呼ばれた声に、体温が一気に下がる。
 振り返らなくても分かった。
 低く落ち着いた声。静かな響き。
  記憶の奥に深く沈んでいたはずの音。
 ゆっくりと振り返る。
 そこに立っていたのは、背の高い男子生徒だった。
  整った制服の着こなし。穏やかな微笑。周囲の空気すら自然に整えてしまうような落ち着いた存在感。
 そして――金色に近い淡い瞳。

「……蓮」

 名前を呼んだ瞬間、胸の奥が嫌な音を立てた。
 幼馴染。
  かつて「番になろう」と言ったα。
  そして、湊が逃げた相手。

「転校してくるって聞いたから」

 蓮は当然のように言う。

「待ってた」

 その言葉は穏やかなのに、なぜか逃げ道を塞ぐように響いた。

「……どうして知ってるの」
「君のことだから、ここを選ぶと思った」

 迷いのない返答。
 予測されていた。
  行動を読まれていた。
 それだけで背筋が冷える。

「安心して。全部整えてあるから」
「……何を?」

 蓮は微笑んだまま、校舎を指さす。

「教室、座席、時間割。保健室の利用許可も。あと、寮の部屋は日当たりのいい場所に変更してある」

 意味が理解できなかった。
 いや、理解はできる。
  ただ、受け入れたくないだけだ。

「……なんで」
「君が困らないように」

 あまりにも自然に言われて、言葉を失う。
 まるで当然のことのように。
  まるでそれが義務のように。

「勝手に決めないで」

 ようやく絞り出した声は、思ったより弱かった。
 蓮は少しだけ首をかしげる。

「嫌だった?」
「嫌とかそういう問題じゃ――」
「じゃあ大丈夫だね」

 会話が成立していない。
 いや、成立させる気がない。
 蓮はゆっくり一歩近づく。
  距離が縮まるだけで、空気が変わる。
 α特有の圧。
  それを自覚的に抑えているのが分かるから余計に怖い。

「心配しなくていいよ」

 静かな声。

「君は普通に生活するだけでいい」
「……その“普通”を決めてるのが君なんだけど」
「違うよ」

 蓮は即答する。

「君にとって一番楽な形にしてるだけ」

 それは優しさの言葉だった。
 けれど湊には――檻の説明にしか聞こえない。
 校舎のチャイムが鳴る。

「行こうか」

 蓮が歩き出す。
  並ぶことを当然のように前提にした歩幅。
 湊は動けない。

「……俺、自分で行ける」
「うん、もちろん」

 そう言いながら、蓮は歩みを止めない。
 数歩進んで振り返る。

「でも同じ教室だから」

 逃げ場がない。
 その事実が、ゆっくりと実感として沈んでいく。
 同じ学園。
  同じ教室。
  同じ空間。
 そして――管理された環境。
 湊は奥歯を噛みしめ、歩き出した。
 距離を取ろうとしても、歩幅を変えられて並ばれる。
  少し速度を落とせば自然に合わせられる。
 偶然のふりをした完全な調整。
 昇降口に入る前、蓮が言った。

「靴箱、上から二段目」

 見なくても分かるような口調。
 開ける。
  中には新品の上履き。サイズもぴったり。
 喉が乾く。

「……測ったの?」
「前にね」

 昔の話だ。
  逃げる前の記憶。
 変わっていない。
  何も変わっていない。
 むしろ――精密になっている。

「湊」

 名前を呼ばれる。
 振り向くと、蓮がすぐ近くに立っていた。
 逃げられない距離。

「大丈夫?」

 心配そうな表情。
 本気で気遣っている顔。
 だから余計に恐ろしい。

「ここには君を傷つけるものはないよ」

 静かな断言。

「全部、排除してあるから」

 その言葉で、はっきり理解した。
 これは再会じゃない。
 これは――収容だ。
 湊はゆっくり息を吸う。
 そして決めた。
 絶対に番にはならない。
  絶対に飲み込まれない。
 この距離の中で、生き延びる。
 そう決めたはずなのに。
 蓮は穏やかに微笑んだ。

「改めてよろしく、湊」

 まるでずっと隣にいたかのように。
 まるで最初から逃げ場など存在しなかったかのように。
 学園生活初日。
 その瞬間、湊は悟った。
 自分はもう――囲まれている。
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