89歳のワシが若返って、男とフラグを立てる話

あきら

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辻村颯(2)

畑の様子を見てこようと思って

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 7月7日(木)雨

 …また、雨じゃな。みなさんこんにちは。辻村颯16(89)歳じゃよ。この雨で、近くで行われる筈であった七夕祭りも文字通り流れてしまったわい。みんなで行こうと、浴衣までこさえておったのにのう。
 
 雨で…流れて…。どうにも、封印していた嫌な記憶がこみ上げてきそうになる。無いはずの傷跡は再び痛みおるし、どうにも先だってから調子が良くないわい。
 それに、以前にも増して自身の存在感が希薄になった気がする。ワシ、このまま…。消えてしまうのかのう。当然じゃな。トオイと笹川を交際せしめると言う、当初の目的は果たしたのじゃから。
 このまま、元の姿に戻るのかのう?それとも、ワシと言う人間そのものが姿を消して…。まぁどっちでも、ええわい。老兵は語らず。ただ、消え行くのみじゃな。
 結構な勢いの雨じゃが、沙都子さんを呼ぶ気にもなれぬ。逆に、彼女や雪兎くんからのLIMEが山ほど届いておったろうがどうにも確認する気になれぬ。学校帰り、いつもの道をとぼとぼと歩いておった時じゃ。
 遠目に、笹川縁がおるのが見えた。この雨の中、傘もささず一心に増水する川を眺めておる。こ、これはいわゆる一つの身投げであろうかの…?いかん!
 「は、早まるなぁっ」
 言うか早いか、自分の傘も投げ出して笹川に背後から抱きついておったわい。大人と子供のような体格差じゃが、いざとなったら大外刈りでも決めて動きを封じる所存だったぞい。
 「…ハヤテちゃん?どうして、こんな所に」
 「どうしても、こうしてもない!それは、こちらの台詞だ!貴様、こんな所で何を…」
 「…大雨降ったから、畑の様子を見てこようと思って」
 「はぁ?」
 耳を疑ったわい。大真面目な顔をしとるが、冗談で言っとるのは目に見えとる。
 「それよりハヤテちゃん、何その口調?いつもの、ショタジジイみたいな喋り方はどうしたよ」
 「話を逸らすな!口調なんぞ、どうでもいい事だ!それよりも、俺の質問に真面目に答えろ!」
 「ま、まぁ…。こんな土砂降りの中で、話し合いもなんだし。お互い傘もなくしちまったし、スマホも動かねぇし。来いよ。オレの家、すぐ近くだからさ…」
 そう言って奴は、ワシを促して歩いて行った。大丈夫かのう、これ。ホイホイ付いて行って…。えぇい、虎ケツに入らずんば虎児を得ずじゃ!岡坂宗介改め辻村颯、いざ参る!

 そうして、彼のマンションに到着した…。ってかこれ、ここいらでは伊勢嶋邸と並び知らぬ者はおらぬ高層マンションじゃ。しかも、最上階?おおう。いつぞやのラブホなど、目でもない豪華さじゃな。
 そちらで、風呂を馳走になった。二人で一緒に入ったかじゃと?ご想像に、お任せするわい。
 自分の服を乾かす間、替えのTシャツを渡されたよ。おぉ。これが本当の、彼シャツと言うやつじゃな…。何だか体中が、縁の香りに包まれておるようじゃ。世間で、彼シャツがもてはやされとる気持ちが分かるのう…。
 縁も縁で、顔には出さぬが若干の征服欲を感じ取っているようじゃ。え、えぇい。ここで、雰囲気に流される訳にはいかぬ。
 「それで?話を戻そうか。あんな大雨の中、佇んでいた訳を教えてもらおうじゃないか」
 「口調、戻らねぇんだ。…まぁ、いいや。お前には、ずっと言いたかった事があってさ。オレのひい爺さんには、若くして亡くなった兄貴がいた…。大伯父?大々伯父?呼び方、知らんけど。オレ、ガキの頃に彼の遺した手紙を見つけて…。見せた方が早いな。これだよ」
 「手紙…?」
 大昔の代物なんじゃろう。紙など変色して、今こうして残っておるのが不思議なくらいじゃ。差し出された手紙の宛名には、他ならぬワシの名前が記されてあった。

 『親愛なる友人 岡坂宗介へ』
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