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好きって何かすら、よく分かってないから

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 うさぎがいた。
 最近では、エサを与えるでもなしに向こうから寄ってきておれに懐いてくる。
 何だこれ、楽勝じゃん。おれ本当は、めっちゃ動物から好かれる人だったんじゃないの?いやむしろ、おれレベルになると余裕。これも、人徳のなせる技ってやつかな…。そう思って、抱きしめたうさぎを覗き込むと。
 うさぎの姿が、雪兎に変わっていた。一糸まとわぬ全裸姿でしなだれかかってきて、おれに挑発するような視線をよこしてくる。
 「あお君、ぼく何だか…おかしな気持ち」
 言って、唇を重ねてくる。だけでなく、そのまま舌を絡めてそれはもういいように弄んでくる。
 え?前の学校で、キスの経験があったかって?みなさんのご想像に、お任せします。あったとしても、こんなに激しいもんじゃなかったと思うよ。
 とにかく色々と、このままじゃいけない。無理やり身体を引き剥がそうとしたが、ビクともしない。体格と腕力には、だいぶ差があると思うんだけどな。何とか隙を見て、唇を離すのがやっとだった。よく見りゃ二人の舌から、唾液の糸が伝っている。
 「ゆ、雪兎…。こんなの、駄目だよ。色々と、おかしいよ」
 そこまて言うのが、精一杯だった。雪兎はなおも発情したように、おれに言葉をかけてくる。
 「あお君。うさぎはね、寂しいと死んじゃうんだよ…」
 その時点で、目が覚めた。

 みなさん、おはようございます…。一ノ瀬蒼、12歳です。朝っぱらからロクでもない夢を見たけれど、断じておれはホモじゃないです。え?勃起してたかって?するかよ、そんなもん!
 えぇい、雑念は捨ててサッカーに集中だ!すでに、チームでの練習をしなくなって数週間。このままだと、どんどん周囲に置いてかれちまうぞ。一応、走り込みとドリブルとリフティングの練習は毎日欠かしてないんだけどな。
 いつもよりかなり早い時間帯だったが、どっちみち今日も飼育小屋の当番だしいいだろう。そう思ってシャワーを浴び、朝食もそこそこに家(厄介になってる、祖父母の家ね)を飛び出した。
 しばらく河原で練習に打ち込み、そろそろいいだろうと思って学校に向かうと雪兎から連絡があった。おれの携帯がお子様用ガラケーなんで、LIMEとかじゃなくて普通のSMSだよ。前の学校やらチームでは、よく馬鹿にされたっけ。
 
 『ごめん、寝坊しちゃったよ~😭
 あお君、先に小屋に行っといてくれるかな🐇』

 そういや、元々朝に強くないとか言ってたっけ。当番があるから、無理して早起きしてるんだとか。個人的に今は顔を合わせづらかったので、遅れて来るならむしろ願ったりだ。それはそれとして、ちょっと文章が可愛いと思った…。いかんいかん、ほだされるな!これは雪兎自身じゃなくて、顔文字のせい!
 だけど唐突に、「スタンプ」とやらを使ったLIMEのやり取りがやってみたくなった。今まで、カケラの興味もなかったのにな。親父は金を使う事に無頓着だから、今度の連絡でスマホをおねだりしてみるか。
 さて、すぐに学校に到着して小屋で掃除を始めた。夢とは違って、やはり雪兎がいないとうさぎたちは怯えて小屋の隅で震えている。フッ、知ってさ。予想してたから、そんなにダメージはなかったもんね!おかげさまで、一人でもすぐに掃除が終わったってもんだ…。
 さて、どうするか。せめてエサやりくらい、雪兎の到着を待ってするかな…。そう考えていると、突然物影から一人の女子が現れて声をかけられた。うぉっ、マジでビビったし!名前も知らなかったが、どうやら新しくクラスメートになった女子らしい。そう言えば、顔に見覚えがあるようなないような。お世辞抜きで、可愛い顔した娘だとは思いますよ。
 「突然、ごめんなさい。あのね、一ノ瀬くん。あたし、あなたに初めて会った日から…」
 要は、愛の告白だったって訳ね。うわ、マジかよ。その気持ちは嬉しいけど、どこがいいんだこんな奴(※自分)。転校して、まだ数週間も過ぎてないし。その転校初日も、初対面のクラスメートと乱闘するという最悪の出だしだった訳だし。
 だけどその乱闘相手がクラス内でも嫌われ者の男子たちだったので、むしろ見ていて胸がスッとしたらしいよ。この娘に限らず、女子全員が同じ意見らしい。おれもそれを聞いて、ちょっと胸のつかえが下りた気分だ。今ここにいない奴らだけど、ざまぁ!
 まぁそんなこんなで、初対面の印象は悪くなかったのと…。登下校の際にサッカーの練習に打ち込む姿を見て、すっかり想いを募らせてしまったってさ。マジですか。自分で言うのも何だけど、もうちょいマシな男を選んだ方がいいと思いますよ。
 「ごめん。おれ今、サッカーの事しか考えられなくて。だから好きとか付き合うとか、よく分かんなくって…。ほんと、ごめん」
 とか何とか、適当にお茶を濁しつつやんわりと断っといた。相手も相手で、告白が成功するとはあんまり思ってなかった感じ。え?前の学校で告白され慣れて、断わるのも慣れてたのかって?さぁね。そこら辺はみなさんのご想像に、お任せします。
 だけど断った文句の、半分くらいは本心だよ。今はサッカーだけで、他の事とか考えられない。そりゃおれだって健全な男子だから、エッチな事の一つや二つも考えない訳じゃないよ。だけどその前提として、一人の人間を相手にして付き合うってのが…。色々と想像出来ないってか、面倒くさいなぁ。
 抱き合ったり、キスをしたり。うーん。おれはまだ、サッカー一筋でいいかな。そんな事を考えてたら、別の物影に隠れている雪兎の姿を発見した。いまのやり取りを、一部始終見られていたのかな?まぁ別に、どうでもいいっちゃいいんだけど。
 「ご…ごめんね。聞くともなしに、聞いてた。そして、見るともなしに見ていた。いやむしろ、ガン見。あ。それと掃除とかも全部任せちゃって、重ねてごめんね」
 「いいよ別に。大した手間でも、なかったから。雪兎は、好きな奴とかいるの」
 「えぇ~?なぁに、突然。いないよぉ。好きって何かすら、よく分かってないから。あお君と、同じ。だからって、あお君みたく打ち込める物がある訳でもないけど…」
 そんな風に、矢継ぎ早に答え出した。いつもおっとりと取り澄ましているので、ちょっと調子を崩された感じなのも可愛いな…。って、違う違う違うそうじやない!今朝はえらい夢を見ちゃったけど、おれの雪兎に対する感情は至極健全なものだから。小動物を愛でるとか、そんなんだから。セーフだセーフ!
 「あぁ。そう言えばサッカーの練習、頑張ってるんだってね。東京では、どっかのチームに所属してたって?凄いなぁ。ぼく、球技に限らずスポーツは全然ダメだから。その、リフティング?とかって、何回くらい出来るもんなの?」
 「リフティング?さぁ。一年生の時は300回くらい出来たけど、そこから面倒くさくて数えてねぇ。だけど別に、回数こなせりゃいいってもんでもないぞ」
 そう言い聞かせたが、雪兎は聞き入れた様子もなく大きめの瞳を輝かせて答えた。
 「そうなんだ?凄いなぁ!今度、練習してる所見せてね。それから、リフティングの回数を数えさせてね。約束だよ!」
 それから、にっこりと口を開きながら笑った。うーん、何だろう。ちょっと、ドキドキする。いや別に、抱きしめたいとかキスしたいって思った訳でもないけど…。重ねて、おれは変態じゃないからさ。

 ただこの口の中に覗く八重歯を、腕力に物を言わせて無理やり抑えつけてからめちゃくちゃに舐め回してやりたいかな。とは、ちょっとだけ思った。
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