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うさぎは跳ねる、跳ねるはうさぎ

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 学校の授業で、LGBTQについて習うじゃん。みんな口先では、「色んな立場の人がいるので、その人の考えを尊重したいと思います」とか言うじゃん。
 だけど実際クラスの中にそう言う人がいたら、みんな口を合わせてからかうんだよ。
 世間の奴らなんて、そんなもんだよ。

 みなさん、こんにちは。一ノ瀬蒼12歳、ホモじゃない…と思います。多分。最近色々とあり過ぎて、自分でも自分の事がよく分からなくなってきた。だけどおれがどう言う人間だって、他人にどうこう言われる覚えはないと思う。同じようにおれも、よく知りもしない他人を頭ごなしに否定する事は避けたいものだ。
 …なんてとりとめのない事を、最近よく考えるようになった。授業中とか、ランニングをしている最中とか。考えたって、答えが出る訳でもないのだけれど。まぁ今日くらい、小難しい問答はやめておこう。何せ、待ちに待った遠足の日なのだから。雪兎の言った通り何日か雨が続いたんだけど、すっかり晴れて絶好の遠足日和となりました。
 ちなみに作者は群馬県在住ではないので、小学校の遠足でどこの山に登るかなんて知識はありません。適当に検索して、観音山のハイキングコースにやって来た事にしました。あり得なそうな行き先なら、後でしれっと変えときます。
 お気に入りの雪兎と二人で、さぞかし楽しい遠足だったかって?おれも、始まる前まではそう思ってたんだけど…。
 「おい、おまえ!あんまり、雪兎おにいちゃんにベタベタすんなよな!雪兎おにいちゃんの『ばでー』は、おれなんだからな!」
 …はい。我が小学校独自の制度で、その名も「バディ制度」と呼ぶんだそうな。6年生のお兄さんお姉さんは、同じ性別の1年生の子と。順繰りに、5年生は2年生と。ペアって言うのか、バディ?を組んで、こう言った遠足などの行事の際に一緒に行動させるって制度です。
 要は、低学年の世話を上級生に押し付けて教師らが楽をしようって魂胆ですね。前の学校でも、ここまで露骨じゃないけど似たような制度がありました。ネーミングがほのかに腐っている気がするのは、教職員の中に腐男子か腐女子でもいたものか。
 そしてこの小生意気なガキは、雪兎のバディにして1年生男子の梢くんです。名字なのか、名前なのかは知らん。たぶん、名前の方でしょ。
 新学期が始まってすぐに雪兎と出会って以来、熱烈に慕っているんだそうな。上級生とのお手紙交換で、「ぼくは ゆきとおにいちゃんが だいすきです」みたいな文面を送ったってよ。あいたたた。
 しかしまぁ、こんな所でも男をタラしてるんだな。雪兎の野郎。ちょっとばかし顔と性格と成績がいいのかも知れないが、骨抜きにされる奴の顔が見てみたいもんだ。
 ところで、当のおれには「バディ」がいないのかって?学期の途中で転校して来たから、相手になる子がいないんだそうで。これまた、嘘くさい話だなぁ。数としては低学年の方が多いから、余ってるとも聞くぞ。
 仕方ないから雪兎と梢の二人に交じって、仲良く行動しといてね♡って事らしい。学校側が、問題児のおれの世話を雪兎に押し付けたものと見える。クラスメートからは「子連れの夫婦」とか冷やかされるし、朝からいささか不愉快なんだ。
 まぁ何やかんやで、昼飯はそこら辺にシート敷いて三人で弁当食ったさ。おれの弁当は、厄介になっているお祖母ちゃんに作ってもらったんだよ。ちょっと全体的に茶色いけど、味はなかなかだった。
 でも、雪兎の弁当は本当に凄かったな。見た目も綺麗だけど、味もプロ級だった。母親が料理好きで、こう言うのめっちゃ拘るんだってさ。全くもって、羨ましい話だねぇ。
 そんなこんなで、昼飯自体は楽しかったんだ。ただその後で雪兎がトイレに行ってる間、梢がめっちゃ噛みついてきた。仲良く弁当のおかずを交換するおれたちの姿を見て、嫉妬してきたんだろう。本来は自分と二人きりだったろうから、気持ちは分からんでもないわ。
 ただ、その言い分ってのが…。雪兎の弁当に対して、おれのは年寄り臭いから等価交換じゃないとかそんな感じ。仕方ないじゃん!実際に、年寄りである祖母さんが作ったんだからさ!味は、決して負けてないと思うよ!そこまでは、まぁ笑って聞き流せたんだけど…。
 「あぁでも、お母さんが『だぶるふりん』だからしかたないね。お祖母さんに、お弁当作ってもらわないといけなんだね~」
 カッチーン。このガキ、今おれの忍耐の限界を踏み越える発言をしやがったな。ぶん殴ってやろうかとも思ったが、一年生のガキに対して大人気のない話だろう。ここは上級生の余裕で、やんわりと叱ってあげなくては。
 「は?意味分かって言ってんのかよ、このクソガキ。ってか、お前こそ雪兎雪兎雪兎雪兎ってホモかよ。お前みてぇなホモガキにだけは、おれの母親がどうとかって言われたくない」
 多少、上級生としての余裕はなかったかも知れない。こっちもこっちで、ハラワタ煮えくり返ってたからな。これでもまだ、怒りを抑えたつもりではあるぞ。ただ梢には思った以上に応えたらしく、真っ赤な顔をしながら半泣きで言い返してしきた。
 「ち…ちげーし!おれ、ほもじゃねーし!ってか、道徳でならったもん。世の中にはえるじーびーてぃーきゅーって色んなしゅるいの人たちがいるから、かるがるしくさべつしちゃいけないんだぞ!」
 「は?そんなもん、綺麗事だろ。授業と現実は、別物だっての。どいつもこいつも、言ってる事と考えてる事は違うんだよ。みんな口に出さないだけで、自分と違う奴らをキモいと思ってる…」
 言い過ぎた、と思った時にはすでに引き返せなかった。ついさっき、「他人を頭ごなしに否定したくない」とか考えてたのにな。どっちかってと、自分自身に向けた言葉だったのかも知れない。
 ともあれ、梢は泣きながら駆け出して行ってあっという間に見えなくなった。マズったなぁ。だけど雪兎が戻れば、うまい事言って取りなしてくれるだろう…。そう考えていたが、トイレから帰ってきた雪兎は一人だった。てっきり、梢の方から泣きついてると思ってたんだけどな。
 いよいよマズい。のんびりしたハイキングコースではあるが、遠くで迷子にでもなってたらえらい事だぞ。付近を軽く探した所、山道に梢の物らしきハンカチが落ちているのを発見した。油性のサインペンで、乱暴に名前が書かれている。
 「ななはら こずえ」
 そうかそうか。やっぱり梢は名字ではなく、名前の方だったんだな…。と、落ち着いて考えてる場合じゃねぇや。これ以上は、おれたちだけでは探しようがない。悔しいけど、その辺の教師に報告しなくては。
 もともと問題児のおれは、今さら学校側にどう思われようが関係ない。だけどこの件で、もし雪兎の評判が下がりでもしたら…。いや、違うな。この件で、もし雪兎がおれの事を嫌いになったら。それは、とっても嫌な事だなぁ…。さっきから一言も喋ってないけど、やっぱりおれを怒ってるんだろうか。
 そう思っていると、雪兎が持っていた梢のハンカチを指でなぞり始めた。正確には、ハンカチに書かれた梢の名前の部分かな。そしたら、目を疑った事に…。「こ」「ず」「え」の三文字が、光輝いてくるくると回り始めた。何を言ってるか分からねぇと思うが、おれ自身にも何が起こったか理解出来なかったぜ。
 文字はそれぞれ三匹(三羽って数えるんだっけ)の真っ白なうさぎさんに変化して、雪兎の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねた。つい先日、学校の廊下や図書室で見かけた奴らだ。ちびくろサンボに出てくる虎が回転してるうちに、バターに変身しましたみたいなイメージかな?ちょっと、違うか。
 「うさぎは跳ねる、跳ねるはうさぎ。お行き。お前たちの、ご主人さまのもとへ」
 雪兎が言うと、うさぎさんたちが一方向へまっしぐらに跳び始めた。もう大体、察しはついてるかな?ハンカチの持ち主である、梢の元へだよ。そんなに離れてもいない雑木林の中、木の根元でグースカ寝てやがった。
 「泣き疲れて、眠ってしまったんだねぇ。仕様のない子」
 それぞれの役目を終えたうさぎさんたちは、ハンカチへと飛び込んで元々の三文字に戻る。雪兎がそのハンカチを使って、梢の顔を拭いてやっていた。
 「あお君、やっぱり見えていたんだね。ぼくの、マテリアルたちが」
 そんな風に、呟きながら。頭の中が疑問だらけで、勢いに任せて問い詰めてやろうと思ったが…。あいにく今は時間と、文字数が足りない。今日の所は勘弁してやるが、そのうち何もかもハッキリさせてやるぜ。覚悟してやがれ。差し当たって明日が土曜日だから、実家にでも押しかけてな…!
 休日も、雪兎に会えるのか。自分で思いついた事だが、ちょっとだけワクワクしてテンションが上がってきた。

 帰り道、梢をおんぶして雪兎と三人で歩きながら思った。今のおれたち、本当に子連れの夫婦みたいだなぁ。クラスメートにからかわれていたけど、そわなに気分の悪いもんでもないや。
 広い世の中、色んな夫婦がいるんだから…。こんな家族の形だって、なくはないんじゃないかな。いやむしろ、ありよりのありだ。
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