コリン坊っちゃまの秘密の花園

あきら

文字の大きさ
7 / 13
お母さんがわたしを殺した

自分のことァどんくらい好きなの?

しおりを挟む
 お母さんがわたしを殺して
 お父さんがわたしを食べたの
 兄弟たちはテーブルの下にいて
 わたしの骨を拾って床下に埋めたの

 みなさんこんにちは。コリン改め、メアリー・レノックス…?いや、コリン・クレイヴンだったのかな。自分でも、自分の事がよく分からなくなってきた。
 あの後、家政婦長のミセス・メドロックを問い詰めたよ。僕は、かつてこの屋敷にて生を受けた。正真正銘、アーチボルト・クレイヴンの実子である。物心つく前に母が亡くなり、彼女の妹の元に預けられた。そうして、メアリーとは姉弟の関係となった。いや、昨日まで姉弟の関係だと思っていた。
 母は庭園のブランコから転落し、数日間生死の境をさ迷う。その間、気力を振り絞って書いたのが例の手紙であるらしい。母の死後、父は僕を見る事が出来なくなった…。
 日に日に母親に似ていく僕の顔を見るのが怖くなった、と言うのが表向きの理由。本当の所は真逆で、自分自身に似ていくのが怖かったんじゃないかな。もし、同じように病弱であったなら。背中の病気が、発症したなら。もう、自分より先に死んでいく身内を見るのが嫌だったからなのか。気持ちは、とてもよく分かる。分かるんだけど…。
 あまりにも、臆病で無責任ではないかな。世が世なら、僕はこの広大な屋敷を相続する後継ぎであった訳だ。別に、この世の果てみたいなこの屋敷に未練がある訳ではないけれど…。
 父と母から放置された、と僕やメアリーは思っていた。でも本当は、もっともっと以前に生まれた時から捨てられていた訳なんだな。なんだか、無性にインドに帰りたくなってきた。トラが木の下で寝転がって、象は川辺で水遊びをする。息をすれば、暑苦しい空気には味がついていて…。だけれど、もう僕が帰る場所はあの国でない。荒涼とした、この屋敷であるのだな…。
 馬鹿馬鹿しい。とは思いつつ、一応「メアリー」の格好をして表に出た。メアリー試験には合格した訳だし、伯父上…じゃなくて父が次に帰るのはいつになるか知れない。正直、こんな動きづらい服装に身を包んでいる必要はないのだけれど。…何だか、ディコンの前で本当の自分をさらけ出すのが怖い。
 会いたいな。そして、途切れ途切れて構わないから優しい言葉をかけてほしい。そう思って庭園に出ると、果たして彼はいた。いつも、だいたい同じような場所を巡って仕事しているのだから当然だけどね。
 「ご…ごきげぁっ」
 何か知らんが、僕の方が噛んでしまった。にっこりと笑って、彼が答える。
 「ご・ご機嫌よう…。と言っても、き・今日はご機嫌うるわしくないようで」
 「…そう、見えるかしら?そうなのかもね。誰も、私の事を好きではないから」
 おれだけは、あなたの事を好きですよ。とか何とか、いつもの歯が浮くような台詞を吐いてほしかった。
 「そ・そうですか?それなら、じ・自分ではどうなんです」
 「そんな事、考えた事もなかったわ」
 続けて、彼が言った。
 「お・お袋に言われたんでさ。おれが不機嫌で人の善し悪しを言っていたら、『この、意地悪息子が!んなとこに突っ立って、あの人ァ好きじゃない。この人ァ好きじゃないとか。自分のことァどんくらい好きなの?』って」
 「…」
 いい話だ。いつもなら、素敵なお母様ねとか何とか返していたのだろう。だけれど、今このタイミングでこの人からは言われたくなかった。
 「…そう。素敵なお母様ね。私にはお母様がもういないって、分かって言っているのね…」
 我ながら、今更女の子口調で答えるのも滑稽だとは思ったが。それだけ言い捨てて、彼が静止するのも構わず立ち去った。ちょっとだけ期待したが、追いかけては来ない。当然だろう。彼にも、毎日の仕事があるのだから…。
 門をくぐり抜けて敷地の外に出て、数歩踏み出した所でアホらしくなった。言ったように、屋敷の外はどこまでも広がるムーアだ。歩いて、どこに行ける訳でもなし。それに重ねて、僕の帰る場所はもうあの灼熱の国ではないんだ…。
 帰ろう、あのだだっ広い屋敷へ。そして、今まで通りにおままごとの生活を続けよう…。と思って振り返った僕の周りに、痩せっぽちでハイエナのような野犬が何頭も群れをなして取り囲んでいた。もし人間であるなら、ぐへへとでも言って笑っていた所であろう。
 …あ、これヤバくね?ってか、ヨークシャーのムーアに野犬っているの?それこそ、ヨークシャー・テリアみたいなのがキャンキャン吠え回ってるだけだと思ってたわ。だけど、実際に今こうしてここにいるのだから仕方ない。
 「キャッ…!」
 こんな時の叫び声まで女の子のそれになるとは、まこと滑稽極まる事だ。数カ月に及ぶメアリー修行で、身も心も淑女に染まってしまったものかな。
 …痛みは、やって来ない。恐る恐る閉じた目を開けると、果たして彼の姿がそこにあった。
 「に・に・逃げて下せぇ。こ、ここは危険…」
 野犬たちの攻撃を一身に引き受けて、僕を逃がそうとしている。やだ、本当にイケメン…!って、ときめいてる場合じゃねぇよ!
 逡巡すること刹那。僕は素早く身を引き返し、屋敷に向かって大声で助けを呼んでいた。
 「だ・だ…誰か、助けたまえぇぇぇぇぇっ!」
 水瀬○のりと言うには、些か野太い叫び声であったかな。でももう、それを気にしている場合でも状況でもない。庭園には他にも仕事をしている連中がいるから、うち二人か三人くらいには聞こえた事であろう。
 そして、狙いはそれだけでなかった。あった。地面を見渡して、ちょうどいい長さの木の枝を拾う。言い忘れていたが、僕はフェンシングでは敵なしと言う腕前なのだよ。柄の部分がないのが、どうにも慣れないが…。贅沢は、言っていられまい。
 「せぃっ!」
 裂帛の気合いを込め、ディコンの身体に噛み付いていた野犬どもの急所に突きをくれてやる。すかさず彼が振り払って、今度は強烈な拳打を与えた。
 形勢逆転と思われたが…。ヤバいな。手負いの獣は何より恐ろしいって、乳母のアーヤも言っていたっけ。野犬はなおも僕らを取り囲み、次に襲いかかるチャンスを虎視眈々と狙っている。
 ここまでか?と諦めかけたが、屋敷の方面から何人もの応援が来た。野犬どもは少しだけ迷ったようだが、やがて諦めてムーアへと引き返して行った…。
 た、助かった…。力が抜けて地面に膝をついたが、ディコンの方は文字通り倒れ込んだ。いけない。噛まれた傷が、見た目よりも深かったんだ。それに、数えられないくらい何箇所も…!
 「で…ディコン、しっかりして。奴らは、もういないから!」
 彼の頭を膝枕して、声をかけ続ける。涙が止まらなかった。もし彼の目が覚めなかったら、僕は僕は…!
 「づ…ヅ・ヅ・ヅ」
 彼が目を開け、何かを言いたそうにした。消え入りそうな声で、いつも以上に何を言っているか分からない。
 「な…何ですって?ヅ?」

 「ヅ、ヅラが…(外れてまさァ)。そ・それと、パンツ見えてますよ…」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。 両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った叔父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。 故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!! 様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材! 僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX! ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした辺境伯婚約者オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。 うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか! 僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。 そうしてニ年後。 領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。 え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。 関係ここからやり直し?できる? Rには*ついてます。 後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。 ムーンライトにも同時投稿中

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話

さんかく
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話 基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想 からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定 (pixivにて同じ設定のちょっと違う話を公開中です「不憫受けがとことん愛される話」)

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...