天使は金の瞳で毒を盛る

藤野ひま

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9. 心外な出来事 ①

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なんだか随分ぼんやりしている。 暗いし気持ちが悪い。

「大丈夫?少しだけ頑張って歩いてね」

ああ、私歩いてるんだ。この声わかる、名前、なんだっけ。えっと、おざ……、

目が開かない。いや、開いてるのかな、よくわからない。車の音がする。外?気持ち悪い。

あたし、動いちゃいけないって言われてたのになんで歩いてるの?止まらなくちゃ。

「足動かして、一花さん、すぐ休めるから」

でも、止まりたいのよ……。お願い、止まって。

「ちょっと、あんた、その子どうしたの?どこ連れてく気?」

急に違う声がした。太い声なのになんだか明るくて 光みたいな……。ああ、私、今の今まで怖かったんだ、と思った。

でも、誰?見えないよ。

「ちょっと酔っちゃったみたいで。でも、面倒見ますし、大丈夫ですから」

「それにしては変ね。救急車呼べば?」

「いいから、そこどいて」

私に肩を貸している人がまた歩き出す。やめて、行きたくない。お願い。

でも、声に出せない。

そしたら、歩みが止まった。

「悪いけど、行かせらんない。あ、悪くないわ、悪いのはあんただもんね」

「どけよ」

「その子置いていくなら考えるわ。仏心で言ってあげるけど、その方があんたのためよ」

「ふざけるな」

「あーあ、でも、もう遅いかあ、とにかくその子置きなよ。辛そうよ、随分」

「おい、なにを!」

誰かに抱きかかえられた。大きい、女の人?香水の香りがする。温かい。包み込まれるみたいな……。

それから地面に降ろされたのがわかる。座ってられなくて横倒しになる。硬くて、冷たい。でも、楽になる。

その時、片腕を強くつかまれて引っ張りあげられようとした。痛い、離して!

「ちょっと、あんた!」

その声とほぼ同時に何か別の声がした。腕が自由になる。鈍い音がした。

「イツッ、なんだお前!」

また、鈍い音。それとは別に私に話しかける声。

「大丈夫?お嬢。なんか盛られたね。でももう大丈夫だからね」

ありがとうと言いたくて、でも声が全く出ない。

私は頑張って目を開けようとした。あ、なんか、見える。目、あけ。

ぼんやりした視界に女の人の心配そうな顔が見えた。ああ、この人、誰だったっけ……。

その向こうに誰かいる。だれ?もっと向こうに別の人が座り込んでいた。

「っ、だれだ、おまえ」

吐き出すような苦しそうな声がした。

だれ?

黒い大きな塊のような人だった。あ、違う、黒いパンツと黒いパーカー?その先の手が白い。

あれ、ごっつい指輪してるなあ、いっぱいだあ、可愛い……。

おかしくなって笑い声が出た。

「ちょっと、お嬢、大丈夫?」

黒い人がこちらを振り返った。と、その人が揺れた。

誰かがなぐりかかっていた。

フードが外れた。白い顔。それから金色の髪。

「っつ、なんでっあんたがっ」

視界がまた閉じてきた。でも、もう、きっと。

ゴンっと鈍い音がした。壁にぶつかった?まだ、音がする。

「もうやめなよ、それ以上やると内臓いくよ、その男」

「……だから?」

「あたしに凄まないでよ、マジに怖いんだから。それよりこのお嬢さんを介抱する方が優先じゃないの?」

足音が近づいてきた。すぐそばに気配がある。小さく舌打ちする音と、つぶやき声が聞こえた。

「最低な泣き顔しやがって」

私?泣いてた?

そっと、頰に触れる手があった。

それからおもむろに荒々しく横向きに抱きかかえられた。

「ちょっと、もう少し優しくしてあげなよ」

「知るか」

「八つ当たりしない。傷に塩塗るマネはやめなよ」

「……助かったよ、サト。礼はまたそのうち」

私は車に乗せられるのがわかった。

「いい?ちゃんと優しくしなさい!ハル!嫌われたくなければね!」

その声のあとの記憶がない。






「吐いて」

冷静な低い声で言われながら、喉の奥に指をいれられた。

最低だ。泣いて顔がぐちゃぐちゃになっているのを感じる。

ひと通り吐いて落ち着くと、ソファの上に寝転がされた。

「眠れば楽になる。顔だけでも拭くか。待ってろ」

榛瑠の声が冷たく耳に入ってくる。気持ち悪い。いつから私ここにこうしているんだろう。

なんだかよくわからない。暗闇のなかに落ちていきそうだ。

でも、その前に……。

「一花、何やって!」

私は向きを変えようとしてソファから転がり落ちた。そして抱き起こそうとする手を拒んで言った。

「お風呂、入る……」

「まだ無理です。溺れますよ」

目もきちんと開けてられない。グラグラする。

「やだ……入る……」

気持ち悪い。体全体が嫌でしょうがない。なんとか手足に力を入れて這って行こうとした。

「無理だと言っている」

低い声。怒ってる。そのままその場に倒れこんだ。涙が出てきた。もう嫌だ。

「もうやだ、大っきらい」

「なんのことですか」

「お風呂はいる、はるなんてきらい、いじわるばっかり」

「なんでそんな状態のあなたに言われないといけないんだか……」

涙が止まらない。私が悪いの?なんでこんなに最悪の気分なの?

隣でため息をつくのが聞こえた。

「仕方ない、とりあえず準備だけはするから、そこで寝てて」

そう言うと部屋を出て行く。

ああ、一人になっちゃった。

私はソファの横に転がったままぼんやりと思う。

頭いたいな。服、今のうちに脱いでおこう……。

そう思って着ていたブラウスのボタンをはずす。つらくて眠くて目は閉じたまま。

細かい動きがうまくできない。ゆっくりやればいいや……。ゆっくり、やれば……。









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