天使は金の瞳で毒を盛る

藤野ひま

文字の大きさ
上 下
27 / 50

9. 心外な出来事 ②

しおりを挟む
なんだか温かいなと思った。パシャっと音が反響する。

なんだろう、水?お湯?溺れる?

手足を伸ばして何かに捕まろうとする。と、ぎゅっと体を支えるものに気づいた。

ああ、大丈夫だ、溺れない。

ホッとする。温かくて気持ちがいい。時々水音がする以外静かだ。

これ、夢かな。私、寝てるんだ。だって、ものすごく眠いし。

頬に触れている何かに気づいた。何かな、これ……。

「俺の腕を噛まない、一花」

声が反響していた。細く目を開ける。明かりが目に入ってくる。それから、人のシルエット。

眠くて目を開けていることができず、すぐに閉じた。

柔らかい何かが唇を塞ぐのがわかった。

「大人しく待っていてあげるのも、そろそろ限界ですからね?お嬢様」

「ん……」

答える間も無くまた唇が塞がれる、やさしく、ゆっくり。

水音がきこえた。






眩しくて目が覚めた。ブラインドが開いていて光が部屋に入ってきていた。

ぼんやりと視線を動かす。白いシーツが目に入る。それから……。

「おはようございます、お嬢様」

にっこり笑った榛瑠の顔がほんの数センチ先にあった。

……え。

……ちょっとまって。なんで? 私、昨日……。

色々思い出す。そして色々思い出せない!えっと、何があった、私⁉︎

体があちこち痛む。とにかく起きなくちゃ。

そうして、巻きつけるようにして寝ていた毛布から体を起こして、……思考が一瞬止まった。

どうして私、何にも着てないの??

一瞬の空白の後、慌てて毛布を手繰り寄せて体に巻きつける。

心臓がおかしなくらいバクバク言っている。ちらっと榛瑠を見ると、何事もないかのようにベットの上に座っていた。

「な、なんで……」

「何がですか」

何がって、すべてよ!待って、私、昨日飲みに行って、なんか途中からおかしくなって、誰かに助けられて。

何が起こったのか、まず、一つずつ聞くべき?それともいきなり聞くべき?どうして裸でしょうかって。

……それ、無理。ゆっくりいこう。

「あの、昨日、私」

「はい」

「なんかしでかしました?」

だよね、きっと。

「ほんの少し馬鹿だっただけですよ。正確には脇どころか全面的に甘くて嵌められただけです」

「……それであの、助けていただいたのでしょうか」

ぼんやりと榛瑠と電話した記憶がある。それから優しい声と、あと、黒い人影。

「私と、もう一人でね」

「……あの、彼は?」

私に何か飲ませたであろう人の名を言いたくなかった。でも、気にはなる。

「さあ?」

榛瑠の返事はそっけなかった。

まあいいや、さすがに私も、今はそれどころじゃない。

ちょっとまってよ、車に乗せられた記憶はなんとなくある。で、多分ここまで来て……。

ドウシテハダカ?

口を開いたまま次の言葉が出ない私を見て榛瑠が言った。

「誤解のないよう言っておきますが、服を脱いだのはあなた自身です。私が脱がせた訳ではありませんから」

「……え……」

なんでそんなことした、私?人生やめるつもり?

「あ、でも、お風呂に入れたのは私ですけど。入るってきかなかったので」

水音……、聞いた……。お風呂って、いれたって、ハダカって……。

私は頭から毛布を被ってその場で丸まった。顔がめちゃくちゃあつい。耐えられない!

見られたどころじゃないわよ、どうしてくれるの、私!

なんとなく、覚えている。髪とか撫でてもらったし、ドライヤーの音とか聞いた気がするし。

それに、……それに、なんだかすごい気持ちよかったような……。

そう思った時、心臓が飛び出た、と思った。

ついでに涙も滲んだ。

「すごく恥ずかしがっているみたいですが、あなたがお小さい時、着替えさせたりしてたの私ですからね」

「……一応、もう五歳児ではないもので」

私はボソボソ言ってみる。

「御心配なく。言うほど変わりません」

「……酷い」

「違うというなら、試して見ましょうか?」

え?

ぎしっとベットマットが揺れるのがわかった。思わず顔を上げる。

榛瑠が近寄ってくる。私は身動きも出来ず、ただ思いっきりぎゅっと目をつぶった。

そして、私は身を思いっきりよじった。

「ちょっと、やだ、やめて!お願い!ごめんなさい!やだってば!」

人が脇腹弱いの知ってて!

榛瑠は私の脇腹をくすぐるのをやめてそのままベットを下りた。

「ほら、子供の時と変わらないじゃないですか」

涼しい声が頭の上から降ってくる。私は悪魔みたいな声の主を見上げた。

無表情な金色の目が私を見下ろしていた。

「ねえ、もしかして、榛瑠怒ってる?」

榛瑠はわたしを見下ろして婉然と微笑んだ。

だめだ、これはかなり怒ってる。

そう思ったら急に悲しくなった。私は毛布をまた頭から被った。

なんで怒るの?そりゃあ、私も油断したと思うよ?でも、同僚と飲んだだけじゃない?私のせいなの?やだ、もう。

横に榛瑠が座る気配がした。体に力が入って縮めてしまう。と、毛布の上から頭にそっと手が置かれた。

「何か、食べられそうですか?」

私は毛布にもぐったまま首を横に振った。

「じゃあ、温かい飲み物でもいれましょうね。ゆっくりでいいので、起きて来て下さい」

そう言った後、部屋から出て行く音がした。私はそっと顔を挙げた。誰もいない。

着替えは部屋のスツールの上に畳んで置いてあった。

毛布を引きずりながら取りに行く。昨日着ていた服全て、きちんと洗濯しておいてあった。……下着も。

恥ずかしいのと、悲しいのとで、その場に座り込んでしまった。

もう、いいや。もう、お嫁にいけない。覚悟を決めて榛瑠にもらってもらおうかな。

彼にだってメリットはあるんだし。もういいや、それで。
もう、どうでもいい気がしてきた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】私の担当は、永遠にリア恋です!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:120pt お気に入り:376

【R18】あんなこと……イケメンとじゃなきゃヤれない!!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:59

真面目だと思っていた幼馴染は変態かもしれない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:373

御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:425

勇者のこども

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:873pt お気に入り:1

悪役令嬢を召喚したら、可愛すぎて色々無理

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:145

嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す

BL / 連載中 24h.ポイント:2,876pt お気に入り:4,662

処理中です...