17 / 89
第一章
6. ちょっとまって
しおりを挟む
美しい場所だった。
城壁に囲まれた敷地の最奥、誰も立ち入る事のない場所にその美しい庭は作られていた。そして、その庭を愛でるためだけに作られたと言われる小さな屋敷に、私は母が亡くなってから住んでいた。
その前には母と、城から少し離れた王家の所有する森の中の、小さな泉の辺りにある城を与えられて隠れるように過ごしていた。父はなかなか訪れる事は難しいようだったが便りが頻繁にきていたし、何より母がいれば私には十分で、実際、満たされた幼少期だった。
母亡き後住んだ城の屋敷では、屋敷内とその庭以外に出歩く事を禁じられた。しかし、父王が存命の頃にはよく会いにきてくれた。
たまにはそっと正体がわからないように変装して街に連れ出してくれる事もあった。私はその時間がドキドキして楽しくて大好きだった。
父亡き後も引き続きそこに住んだ。世話をしてくれる者は少数だがいたし、兄も時々思いついたように訪れてくれていた。それから物事を教えてくれる先生と書物は十二分に与えられていて、時間潰しには困らなかった。
そう。そこに居続ける事に困っていたわけではない。むしろ、出ろと言われても出たくはなかった。人目に晒されるのが怖かった。その恐れと蔑みが混じった視線が耐えられなかったし、何より自分に殺意を持つ者がいると、父の葬儀の後に身をもって知ってからは暫くは他人を見るのも嫌だった。
私は忌み子であった。
聖なる乙女は王家を始め由緒ある貴族たちと結ばれてはいけないという教会の決まりに背いた結果、私が生まれた。
愛の内に生まれたことを疑った事はない。でも、私は呪われた子ではあったのだ。
「だいたいさ、調べてみたらあの話、後付で教会が言い出したんだろ?それを何を律儀に信じているのやら。呆れるね」
カルが言う。その通りだと思う。
ある時代に聖なる乙女を巡って鞘当て争いが起きた。男達にとって、そして権力者にとって彼女は魅力的だったらしい。結局、誰も手を出さないという事で終わったのだが、その時にできた、権力に近い者は乙女と結婚しない、という不文律を、蚊帳の外にされた教会側がいかにも自分達の戒律のように発布したのだ。
民衆は事情を知らない。そして信仰は強い。やがて何か教義上の理由があり、破ると罰が下る教えとなる。
「バカバカしいよな。信仰深すぎなんだ、お前の所の国民性は。マティアス王も手を焼くさ」
その通りかもしれない。でも、理由のない恐れ、理由のない教えは強いものだ。ただ信じればいい。
母は、”聖なる水の乙女”は”本物”だった。彼女は僅かではあったが水を操れた。そして何より愛らしく、誰もに好かれ自然と跪かれるような人だった。
その彼女が戒律を破り王の子を産んだ。何故?悪魔に騙されでもしたか?だとしたらその悪魔は?
……それは、私。
美しい聖なる乙女は悪魔に騙されて私という呪い子を産んだ。彼女が早死にしたのもそのせいだ。
ただ、そんな話を母の死後だいぶたってから知るくらいには私は守られていた。そして父王が、死去した時までは殺されるほどの事だとは思ってなかった。皆に嫌われているのはわかっていたけれど、でも。
悪い事は全部、忌み子の私のせい。それは何と明瞭で簡単な理屈だろう。
……そして、それは本当にただの狂信者の思い込みだろうか……?
「おい、どうした?」
カルの声ではっと我にかえる。
「あ、ごめんなさい」
「なーんかつまんない事考えてそうだよな」
「……王に迷惑かからないといいけど。何にしろやっぱりわからない。こんな条件の悪い王妃なんていらないはずよ」
「あーもう!マジで疑い深いな。聞きたい事教えてやるよ。何が知りたい? 全部聞け。で、忘れろ!」
カルは再び椅子に座ると怒ったように言った。
城壁に囲まれた敷地の最奥、誰も立ち入る事のない場所にその美しい庭は作られていた。そして、その庭を愛でるためだけに作られたと言われる小さな屋敷に、私は母が亡くなってから住んでいた。
その前には母と、城から少し離れた王家の所有する森の中の、小さな泉の辺りにある城を与えられて隠れるように過ごしていた。父はなかなか訪れる事は難しいようだったが便りが頻繁にきていたし、何より母がいれば私には十分で、実際、満たされた幼少期だった。
母亡き後住んだ城の屋敷では、屋敷内とその庭以外に出歩く事を禁じられた。しかし、父王が存命の頃にはよく会いにきてくれた。
たまにはそっと正体がわからないように変装して街に連れ出してくれる事もあった。私はその時間がドキドキして楽しくて大好きだった。
父亡き後も引き続きそこに住んだ。世話をしてくれる者は少数だがいたし、兄も時々思いついたように訪れてくれていた。それから物事を教えてくれる先生と書物は十二分に与えられていて、時間潰しには困らなかった。
そう。そこに居続ける事に困っていたわけではない。むしろ、出ろと言われても出たくはなかった。人目に晒されるのが怖かった。その恐れと蔑みが混じった視線が耐えられなかったし、何より自分に殺意を持つ者がいると、父の葬儀の後に身をもって知ってからは暫くは他人を見るのも嫌だった。
私は忌み子であった。
聖なる乙女は王家を始め由緒ある貴族たちと結ばれてはいけないという教会の決まりに背いた結果、私が生まれた。
愛の内に生まれたことを疑った事はない。でも、私は呪われた子ではあったのだ。
「だいたいさ、調べてみたらあの話、後付で教会が言い出したんだろ?それを何を律儀に信じているのやら。呆れるね」
カルが言う。その通りだと思う。
ある時代に聖なる乙女を巡って鞘当て争いが起きた。男達にとって、そして権力者にとって彼女は魅力的だったらしい。結局、誰も手を出さないという事で終わったのだが、その時にできた、権力に近い者は乙女と結婚しない、という不文律を、蚊帳の外にされた教会側がいかにも自分達の戒律のように発布したのだ。
民衆は事情を知らない。そして信仰は強い。やがて何か教義上の理由があり、破ると罰が下る教えとなる。
「バカバカしいよな。信仰深すぎなんだ、お前の所の国民性は。マティアス王も手を焼くさ」
その通りかもしれない。でも、理由のない恐れ、理由のない教えは強いものだ。ただ信じればいい。
母は、”聖なる水の乙女”は”本物”だった。彼女は僅かではあったが水を操れた。そして何より愛らしく、誰もに好かれ自然と跪かれるような人だった。
その彼女が戒律を破り王の子を産んだ。何故?悪魔に騙されでもしたか?だとしたらその悪魔は?
……それは、私。
美しい聖なる乙女は悪魔に騙されて私という呪い子を産んだ。彼女が早死にしたのもそのせいだ。
ただ、そんな話を母の死後だいぶたってから知るくらいには私は守られていた。そして父王が、死去した時までは殺されるほどの事だとは思ってなかった。皆に嫌われているのはわかっていたけれど、でも。
悪い事は全部、忌み子の私のせい。それは何と明瞭で簡単な理屈だろう。
……そして、それは本当にただの狂信者の思い込みだろうか……?
「おい、どうした?」
カルの声ではっと我にかえる。
「あ、ごめんなさい」
「なーんかつまんない事考えてそうだよな」
「……王に迷惑かからないといいけど。何にしろやっぱりわからない。こんな条件の悪い王妃なんていらないはずよ」
「あーもう!マジで疑い深いな。聞きたい事教えてやるよ。何が知りたい? 全部聞け。で、忘れろ!」
カルは再び椅子に座ると怒ったように言った。
16
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編)
平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
【書籍化決定】愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】
※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。
※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。
まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」
そう、第二王子に言われました。
そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…!
でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!?
☆★☆★
全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。
読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる