仮面の王と風吹く国の姫君

藤野ひま

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第ニ章

9.

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 その時低いゴロゴロというような音が響いた。私は反射的に振り返った。別に何もない。木漏れ日の中を道が続いてるだけだった。

「ただの雷だ。……雨が来るかな」
「……そうね」

 カルの言葉に顔を上にあげる。木々の間から見える空は青いままだったが、確かに風が湿ってきている。

「ほら、行けよ。さっさと着けば降られずにすむぞ」

 笑顔を向ける彼に私は頷いてから背を向けて歩き出した。
 何かはわからない。わからないが、彼が嘘に乗れというのなら、そうするしか私に選択肢はない。

 カルの存在を背後に感じながら一人歩く道は、今しがた歩いてきた続きの変わらない小道なのに、ひどく別のものに感じた。何だろう、胸の奥が痛くて、呼吸が浅くなる。

「おーい」

 すぐ後ろからのんびりした声がした。

「一応さ、できればもう少し早く行って欲しいんだがな」

 その声で早歩きしようとして、足がもつれた。
 あれ? どうした? 私。

 後ろから軽い溜息と共に大股の足音が聞こえたと思ったら、片腕をつかまれてグイっと引かれた。勢いに任せて私は振り返る。

 明るい緑の瞳が私を見ていた。仮面は、ない。

「そう緊張しなくてもさ、すぐ追いつくし」
「……ええ、ああ、そう。そうね」

 我ながら返事が冴えない。
 カルが笑顔で言う。

「顔固いぞ。女は笑ってるほうがいいな。ま、あんたは綺麗だからいいけど」
「あんたって言うのもやめて。あと、からかわないで」

 心の余裕ないのに。

「からかってないぞ?」
「何?」

 私が彼を苦々しい思いで見上げると、カルは呆れたような顔をした。

「何ってさあ……。まあいいけど。とにかく、大丈夫だから、雨降る前に城まで着けるようにさっさと行け、な?」

 私は頷くと彼の顔から視線を外した。が、腕を離されなかった。戸惑って顔を上げると同時にぐっと引き寄せられた。

 え?っと思う間もなく顔が近づく。唇に柔らかいものを感じる。驚いて目を見開いた、と思うのに何が起こっているのかわからない。唇が離れる。カルの顔が、輝く緑の瞳が間近にある。綺麗だな、と、どこか頭の片隅で思う。

「生き延びろよ」

 カルが低く強い声で言った。返す言葉がでないまま彼を見つめ返すと、カルは笑顔を作り、そして強く押し出すように私の腕を離した。

「行けっ」

 その声を背に、私は走り出した。
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