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1. いきなり婚姻破棄ですか?
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「王妃リリアス、婚姻の破棄を申し渡す。この国から去れ」
夫である国王の口から放たれた無慈悲な言葉に、王妃はすぐに言葉を返せなかった。
王の戴冠記念日に合わせて行われていた祝賀行事の最中だった。広間に居あわせた出席者達が騒めきだす。春たけなわ、あたたかい日差しが窓から入ってくるが、広間の中は重くるしい雰囲気に覆われた。
「……何をおっしゃっているのですか?」
王妃の訝しげに問う声は、より大きな声にかき消される。
「貴方気でも狂ったの?」
言ったのは美しく着飾った若い女性だ。胸下から切り替えのある軽やかなドレスに豪華な刺繍のされた赤い上衣を重ねている。
「姉上は黙っていて頂こう」
王は姉を見る事もなく冷たく言った。
「何ですって⁉︎」
「……ご説明頂けますか?」
不満を口にする王姉を横に、王妃が落ち着いて問う。
「そなたの、ここにいるエリナへの振る舞い、許し難い」
王はそう言って、自分のすぐ後ろに立っていた若い娘を見やった。可憐な乳白色のドレスを身につけたその娘は、大きな薄青色の瞳に涙を溜めている。
「何をおっしゃられているのか分かりません」
「そなたが行った数々の嫌がらせを知らないとでも思っていたか。それでも王妃である身ゆえ、一時的なことだろうと目を瞑っていたが、先日の事件は看過し難い。我慢の限界だ」
数日前、何故か城の二階のベランダの柵がいきなり壊れて、そこにもたれかかっていたエリナが危うく落ちそうになったのだった。
「私は何もしておりませんわ」
「そうよ、リリアスがそんな事できる人かどうかなんて、わかるじゃないの」
横から王姉のアストリッドが口を挟む。
「だとしても取り巻きだろう。随分、城の者に取り囲まれて楽しげだったようだからな。なあ、姉上?」
「何で私におっしゃるの?」
「私は存じ上げません」
王妃は王を真っ直ぐに見ながら再び反論した。だが、王の厳しい目つきは変わらない。
「薄々わかっていて止めないなら同じ事だ。見かけの美しさに騙されていた己が愚かしい。そなたのような者を側にはおけない、今すぐこの国から出て行け」
遠巻きに成り行きを見つめていた貴族やその令嬢達からのざわめきが大きくなる。先程まで王に祝いを述べていた温かい場がすっかり変わっていた。いや、その前、エリナが足を引きずりながら登場した時点ですでに不穏になり始めていたのだったが。
「お待ちください、陛下」
きちんと礼装を纏った若い男が王に物申す。彼の最側近で、古くからの友人でもあるエイスだった。
「証拠もなくそのように言われるのは、公平な陛下のなさる事とは思えません」
「証拠? では犠牲が出るまで待てというか」
「そうは申しませんが、王妃様とて言い分がございましょう」
「聞く気はない」
「陛下のお心はともかく、隣国の王妹である王妃様をそのような理由で婚姻破棄をすれば、いかなる争いを生むか。御再考を」
ヴィデル王の顔が歪む。
「……まさかそんな事はせぬと思っていたのだ」
「どうぞ、お考え直し下さい」
エイスが重ねて言う。王妃であるリリアスは顔から血の気が引いて青くなったまま、黙って立っていた。隣から再び王姉が口を挟もうとしたのを黙らせるように、王が口を開いた。
「では、王妃に改めて申し渡す。自室をそのまま与える故、そこから出る事を禁ずる。今この時より私の前に顔を見せるな。二度と騒ぎを起こすことは許さぬ」
「……それが王命であるならば従いましょう」
王妃は静かにそう言うと、優雅に一礼して堂々とその場を後にした。
そもそもの始まりは、王が春先に地方巡回に出た事に遡る。
現在のヴィデル王になって以降、冬が終わった頃に地方を回るのが慣習になった。妃を迎えて初めての春だった今年、王妃も伴う事になり訪問先の各地では祝賀をしようと浮き立っていた。しかしその矢先に王国の西で旧王太子側の勢力と衝突が起きた。内乱になるほどの大きな争いにはならず、王自身が出向くこともなく終わり、巡回も予定通り行われる事になった。だが念のため王妃を帯同することは中止となる。
幸いにも留守中に問題になるようなことは何も起きなかった。巡回先でも大きな揉め事は起きず、王は予定通り王都に帰還した。ただ一つ、エリナという名の一人の女を連れ帰ったことを除いて。
王と王妃のこの騒ぎは王都内に留まらず国中で噂になったが、特に王城内で働く者たちの間では口を開けばその話、といった具合だった。
「信じられないわ、王様ともあろう方が、あんなにきれいな王妃様を」
「王様とて男ってことさ。目新しいもんがいいんだろ」
城内の洗濯場で、下働きの女たちが服を洗いながら話をしている。
「そんな。王妃さまがいらしてまだ一年も経ってないのに」
若い女は不満そうに言うと、手元の布を力まかせにゴシゴシと擦り付ける。
「擦りすぎると布がいたむよ。……元々、政略結婚だったんだ、そんなもんさ」
恰幅のいい、年配の女が濡れた服を絞りながら話す。
「仲がいいって聞いてたのに」
「男と女なんてそんなもんさ、夜を跨げば気持ちなんてすぐ変わる。まして王と王妃の関係なんざ、私らにはわからないさ」
「そうだけど。もう、がっかり! せっかく素敵だって憧れてたのに」
馬鹿だねえ、と年配の女が笑う。
その時、二人に後ろから声をかける者がいた。王妃付きの若い侍女だった。
「先日、お願いした王妃さまのショールが見当たらないの。まだこっちにないかと思って。知らないかしら?」
「王妃さまの? さあ、知らんね、どんなんだい?」
「薄いピンク色のレース編みの……」
「あ、私が洗ったわ。でも取りに来た侍女に渡したわよ」
王妃付きの侍女は眉をしかめた。
「渡した? 誰に」
「知らないわよ、なんで私があんた達の事まで知ってなきゃいけないの?」
むっとした顔で返答が返される。
「ああ、この娘まだ働き出してそんなに経ってないからわかんないよ。とにかくここには無いね」
年配の女の言葉に、侍女は諦め顔で戻って行った。
「申し訳ございません」
王妃の前で若い侍女と年嵩の女官長が頭を下げる。
「わたくしの監督が行き届かなかったせいでございます。いかようなお咎めでも、お受けいたします」
女官長の言葉に、王妃はむしろ困ったように返した。
「そんな……。もう、いいわよ。気にしないで」
その言葉を聞いて、若い侍女が半泣きで言う。
「でも、王妃さまのお気に入りでしたのに。私のせいです! 直ぐに取りに行かなかったから……」
いいから、と王妃は答えた。
「たくさんあるのですもの、紛れることだってあるわ。気にしないでいいのよ」
「ですが……」
「お気に入りなら、まだあるわ」
そう言って王妃は微笑んだ。
二人は王妃に再び謝ると共に寛大な処置に礼をのべると、しおらしく部屋をあとにした。
「すみません、わたし……」
「王妃様が良いと仰ったので今回は不問にしますが、次からは気をつけるように。私も気づくのが遅かった事を反省せねばなりませんしね」
「はい……」
若い侍女は俯き鼻を啜りながら持ち場に戻っていく。
「それにしても、どこにいったのか……」
その後ろ姿を見ながら女官長は呟いた。
夫である国王の口から放たれた無慈悲な言葉に、王妃はすぐに言葉を返せなかった。
王の戴冠記念日に合わせて行われていた祝賀行事の最中だった。広間に居あわせた出席者達が騒めきだす。春たけなわ、あたたかい日差しが窓から入ってくるが、広間の中は重くるしい雰囲気に覆われた。
「……何をおっしゃっているのですか?」
王妃の訝しげに問う声は、より大きな声にかき消される。
「貴方気でも狂ったの?」
言ったのは美しく着飾った若い女性だ。胸下から切り替えのある軽やかなドレスに豪華な刺繍のされた赤い上衣を重ねている。
「姉上は黙っていて頂こう」
王は姉を見る事もなく冷たく言った。
「何ですって⁉︎」
「……ご説明頂けますか?」
不満を口にする王姉を横に、王妃が落ち着いて問う。
「そなたの、ここにいるエリナへの振る舞い、許し難い」
王はそう言って、自分のすぐ後ろに立っていた若い娘を見やった。可憐な乳白色のドレスを身につけたその娘は、大きな薄青色の瞳に涙を溜めている。
「何をおっしゃられているのか分かりません」
「そなたが行った数々の嫌がらせを知らないとでも思っていたか。それでも王妃である身ゆえ、一時的なことだろうと目を瞑っていたが、先日の事件は看過し難い。我慢の限界だ」
数日前、何故か城の二階のベランダの柵がいきなり壊れて、そこにもたれかかっていたエリナが危うく落ちそうになったのだった。
「私は何もしておりませんわ」
「そうよ、リリアスがそんな事できる人かどうかなんて、わかるじゃないの」
横から王姉のアストリッドが口を挟む。
「だとしても取り巻きだろう。随分、城の者に取り囲まれて楽しげだったようだからな。なあ、姉上?」
「何で私におっしゃるの?」
「私は存じ上げません」
王妃は王を真っ直ぐに見ながら再び反論した。だが、王の厳しい目つきは変わらない。
「薄々わかっていて止めないなら同じ事だ。見かけの美しさに騙されていた己が愚かしい。そなたのような者を側にはおけない、今すぐこの国から出て行け」
遠巻きに成り行きを見つめていた貴族やその令嬢達からのざわめきが大きくなる。先程まで王に祝いを述べていた温かい場がすっかり変わっていた。いや、その前、エリナが足を引きずりながら登場した時点ですでに不穏になり始めていたのだったが。
「お待ちください、陛下」
きちんと礼装を纏った若い男が王に物申す。彼の最側近で、古くからの友人でもあるエイスだった。
「証拠もなくそのように言われるのは、公平な陛下のなさる事とは思えません」
「証拠? では犠牲が出るまで待てというか」
「そうは申しませんが、王妃様とて言い分がございましょう」
「聞く気はない」
「陛下のお心はともかく、隣国の王妹である王妃様をそのような理由で婚姻破棄をすれば、いかなる争いを生むか。御再考を」
ヴィデル王の顔が歪む。
「……まさかそんな事はせぬと思っていたのだ」
「どうぞ、お考え直し下さい」
エイスが重ねて言う。王妃であるリリアスは顔から血の気が引いて青くなったまま、黙って立っていた。隣から再び王姉が口を挟もうとしたのを黙らせるように、王が口を開いた。
「では、王妃に改めて申し渡す。自室をそのまま与える故、そこから出る事を禁ずる。今この時より私の前に顔を見せるな。二度と騒ぎを起こすことは許さぬ」
「……それが王命であるならば従いましょう」
王妃は静かにそう言うと、優雅に一礼して堂々とその場を後にした。
そもそもの始まりは、王が春先に地方巡回に出た事に遡る。
現在のヴィデル王になって以降、冬が終わった頃に地方を回るのが慣習になった。妃を迎えて初めての春だった今年、王妃も伴う事になり訪問先の各地では祝賀をしようと浮き立っていた。しかしその矢先に王国の西で旧王太子側の勢力と衝突が起きた。内乱になるほどの大きな争いにはならず、王自身が出向くこともなく終わり、巡回も予定通り行われる事になった。だが念のため王妃を帯同することは中止となる。
幸いにも留守中に問題になるようなことは何も起きなかった。巡回先でも大きな揉め事は起きず、王は予定通り王都に帰還した。ただ一つ、エリナという名の一人の女を連れ帰ったことを除いて。
王と王妃のこの騒ぎは王都内に留まらず国中で噂になったが、特に王城内で働く者たちの間では口を開けばその話、といった具合だった。
「信じられないわ、王様ともあろう方が、あんなにきれいな王妃様を」
「王様とて男ってことさ。目新しいもんがいいんだろ」
城内の洗濯場で、下働きの女たちが服を洗いながら話をしている。
「そんな。王妃さまがいらしてまだ一年も経ってないのに」
若い女は不満そうに言うと、手元の布を力まかせにゴシゴシと擦り付ける。
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恰幅のいい、年配の女が濡れた服を絞りながら話す。
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その時、二人に後ろから声をかける者がいた。王妃付きの若い侍女だった。
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その言葉を聞いて、若い侍女が半泣きで言う。
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いいから、と王妃は答えた。
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「ですが……」
「お気に入りなら、まだあるわ」
そう言って王妃は微笑んだ。
二人は王妃に再び謝ると共に寛大な処置に礼をのべると、しおらしく部屋をあとにした。
「すみません、わたし……」
「王妃様が良いと仰ったので今回は不問にしますが、次からは気をつけるように。私も気づくのが遅かった事を反省せねばなりませんしね」
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