王妃ですが都からの追放を言い渡されたので、田舎暮らしを楽しみます!

藤野ひま

文字の大きさ
1 / 11

1. いきなり婚姻破棄ですか?

しおりを挟む
「王妃リリアス、婚姻の破棄を申し渡す。この国から去れ」

 夫である国王の口から放たれた無慈悲な言葉に、王妃はすぐに言葉を返せなかった。
 
 王の戴冠記念日に合わせて行われていた祝賀行事の最中だった。広間に居あわせた出席者達が騒めきだす。春たけなわ、あたたかい日差しが窓から入ってくるが、広間の中は重くるしい雰囲気に覆われた。
 
「……何をおっしゃっているのですか?」

 王妃の訝しげに問う声は、より大きな声にかき消される。

貴方あなた気でも狂ったの?」

 言ったのは美しく着飾った若い女性だ。胸下から切り替えのある軽やかなドレスに豪華な刺繍のされた赤い上衣を重ねている。

「姉上は黙っていて頂こう」

 王は姉を見る事もなく冷たく言った。

「何ですって⁉︎」
「……ご説明頂けますか?」

 不満を口にする王姉を横に、王妃が落ち着いて問う。

「そなたの、ここにいるエリナへの振る舞い、許し難い」

 王はそう言って、自分のすぐ後ろに立っていた若い娘を見やった。可憐な乳白色のドレスを身につけたその娘は、大きな薄青色の瞳に涙を溜めている。

「何をおっしゃられているのか分かりません」
「そなたが行った数々の嫌がらせを知らないとでも思っていたか。それでも王妃である身ゆえ、一時的なことだろうと目を瞑っていたが、先日の事件は看過し難い。我慢の限界だ」

 数日前、何故か城の二階のベランダの柵がいきなり壊れて、そこにもたれかかっていたエリナが危うく落ちそうになったのだった。

「私は何もしておりませんわ」
「そうよ、リリアスがそんな事できる人かどうかなんて、わかるじゃないの」

 横から王姉のアストリッドが口を挟む。

「だとしても取り巻きだろう。随分、城の者に取り囲まれて楽しげだったようだからな。なあ、姉上?」
「何でわたくしにおっしゃるの?」
「私は存じ上げません」

 王妃は王を真っ直ぐに見ながら再び反論した。だが、王の厳しい目つきは変わらない。
 
「薄々わかっていて止めないなら同じ事だ。見かけの美しさに騙されていた己が愚かしい。そなたのような者を側にはおけない、今すぐこの国から出て行け」

 遠巻きに成り行きを見つめていた貴族やその令嬢達からのざわめきが大きくなる。先程まで王に祝いを述べていた温かい場がすっかり変わっていた。いや、その前、エリナが足を引きずりながら登場した時点ですでに不穏になり始めていたのだったが。

「お待ちください、陛下」

 きちんと礼装を纏った若い男が王に物申す。彼の最側近で、古くからの友人でもあるエイスだった。

「証拠もなくそのように言われるのは、公平な陛下のなさる事とは思えません」
「証拠? では犠牲が出るまで待てというか」
「そうは申しませんが、王妃様とて言い分がございましょう」
「聞く気はない」
「陛下のお心はともかく、隣国の王妹である王妃様をそのような理由で婚姻破棄をすれば、いかなる争いを生むか。御再考を」

 ヴィデル王の顔が歪む。

「……まさかそんな事はせぬと思っていたのだ」
「どうぞ、お考え直し下さい」

 エイスが重ねて言う。王妃であるリリアスは顔から血の気が引いて青くなったまま、黙って立っていた。隣から再び王姉が口を挟もうとしたのを黙らせるように、王が口を開いた。

「では、王妃に改めて申し渡す。自室をそのまま与える故、そこから出る事を禁ずる。今この時より私の前に顔を見せるな。二度と騒ぎを起こすことは許さぬ」
「……それが王命であるならば従いましょう」

 王妃は静かにそう言うと、優雅に一礼して堂々とその場を後にした。



 そもそもの始まりは、王が春先に地方巡回に出た事に遡る。
 現在のヴィデル王になって以降、冬が終わった頃に地方を回るのが慣習になった。妃を迎えて初めての春だった今年、王妃も伴う事になり訪問先の各地では祝賀をしようと浮き立っていた。しかしその矢先に王国の西で旧王太子側の勢力と衝突が起きた。内乱になるほどの大きな争いにはならず、王自身が出向くこともなく終わり、巡回も予定通り行われる事になった。だが念のため王妃を帯同することは中止となる。
 幸いにも留守中に問題になるようなことは何も起きなかった。巡回先でも大きな揉め事は起きず、王は予定通り王都に帰還した。ただ一つ、エリナという名の一人の女を連れ帰ったことを除いて。


 王と王妃のこの騒ぎは王都内に留まらず国中で噂になったが、特に王城内で働く者たちの間では口を開けばその話、といった具合だった。

「信じられないわ、王様ともあろう方が、あんなにきれいな王妃様を」
「王様とて男ってことさ。目新しいもんがいいんだろ」

 城内の洗濯場で、下働きの女たちが服を洗いながら話をしている。

「そんな。王妃さまがいらしてまだ一年も経ってないのに」

 若い女は不満そうに言うと、手元の布を力まかせにゴシゴシと擦り付ける。

「擦りすぎると布がいたむよ。……元々、政略結婚だったんだ、そんなもんさ」

 恰幅のいい、年配の女が濡れた服を絞りながら話す。

「仲がいいって聞いてたのに」
「男と女なんてそんなもんさ、夜を跨げば気持ちなんてすぐ変わる。まして王と王妃の関係なんざ、私らにはわからないさ」
「そうだけど。もう、がっかり! せっかく素敵だって憧れてたのに」

 馬鹿だねえ、と年配の女が笑う。
 その時、二人に後ろから声をかける者がいた。王妃付きの若い侍女だった。

「先日、お願いした王妃さまのショールが見当たらないの。まだこっちにないかと思って。知らないかしら?」
「王妃さまの? さあ、知らんね、どんなんだい?」
「薄いピンク色のレース編みの……」
「あ、私が洗ったわ。でも取りに来た侍女に渡したわよ」

 王妃付きの侍女は眉をしかめた。

「渡した? 誰に」
「知らないわよ、なんで私があんた達の事まで知ってなきゃいけないの?」

 むっとした顔で返答が返される。

「ああ、このまだ働き出してそんなに経ってないからわかんないよ。とにかくここには無いね」

 年配の女の言葉に、侍女は諦め顔で戻って行った。




「申し訳ございません」

 王妃の前で若い侍女と年嵩の女官長が頭を下げる。

「わたくしの監督が行き届かなかったせいでございます。いかようなお咎めでも、お受けいたします」

 女官長の言葉に、王妃はむしろ困ったように返した。

「そんな……。もう、いいわよ。気にしないで」

 その言葉を聞いて、若い侍女が半泣きで言う。

「でも、王妃さまのお気に入りでしたのに。私のせいです! 直ぐに取りに行かなかったから……」

 いいから、と王妃は答えた。

「たくさんあるのですもの、紛れることだってあるわ。気にしないでいいのよ」
「ですが……」
「お気に入りなら、まだあるわ」

 そう言って王妃は微笑んだ。
 二人は王妃に再び謝ると共に寛大な処置に礼をのべると、しおらしく部屋をあとにした。

「すみません、わたし……」
「王妃様が良いと仰ったので今回は不問にしますが、次からは気をつけるように。私も気づくのが遅かった事を反省せねばなりませんしね」
「はい……」

 若い侍女は俯き鼻を啜りながら持ち場に戻っていく。

「それにしても、どこにいったのか……」

 その後ろ姿を見ながら女官長は呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:女性HOT3位!】 狼獣人のエリート騎士団長ガロウと番になり、幸せの絶頂だった猫獣人のミミ。しかしある日、ガロウは「真の番が見つかった」と美しい貴族令嬢を連れ帰り、「地味なお前はもう用済みだ」とミミを一方的に追い出してしまう。 家族にも見放され、王都の片隅の食堂で働くミミの前に現れたのは、お忍びで街を訪れていた最強の獣人王・レオンハルトだった。 彼は一目でミミが、数百年ぶりの『運命の番』であることを見抜く。心の傷を負ったミミを、王は包み込むように、そして激しく溺愛していく――。 「もう誰にもお前を傷つけさせない」 一方、ミミを捨てた元夫は後悔の日々を送っていた。そんな彼の元に、次期王妃の披露パーティーの招待状が届く。そこで彼が目にしたのは、獅子王の隣で誰よりも美しく輝く、ミミの姿だった――。 これは、不遇な少女が本当の愛を見つけ、最高に幸せになるまでの逆転溺愛ストーリー。 ※気を抜くと読点だらけになることがあるので、読みづらさを感じたら教えてくれるとうれしいです。 祝:女性HOT69位!(2025年8月25日4時05分) →27位へ!(8/25 19:21)→11位へ!(8/26 22:38)→6位へ!(8月27日 20:01)→3位へ!(8月28日 2:35)

プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!

山田 バルス
恋愛
 王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。  名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。 だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。 ――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。  同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。  そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。  そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。  レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。  そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。

結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス
恋愛
 結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。  また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。  大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。  かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。  国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。  スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。  ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。  後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。  翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。  価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。 しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。 王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。 そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。 一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。 ※「小説家になろう」「カクヨム」から転載 ※3/8~ 改稿中

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

処理中です...