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第76話 二つの波紋
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倉庫。
ディミトリたちが部屋を出てすぐに銃弾が飛んできた。外で待ち構えていたのだろう。
物陰に隠れながらディミトリは銃を打ち返した。
ディミトリとしては先に進みたかった。一箇所に留まっていると、不利になるのは目に見えているからだ。
だが、廊下には目印が無いので出口が分からないでいた。
「どっちに向かえば良い?」
部屋に連れてこられたアオイに聞いた。ディミトリは気を失っていたので覚えていないせいだ。
相手は壁に隠れながら銃を撃ってくる。
ふと、見ると荷物を運ぶ台車があった。ディミトリはそれに上着をかぶせた椅子を載せて押し出した。
(引っ掛かってくれよ……)
急に走ってきた台車に男は反応した。銃を向けたのだ。
壁に隠れた相手は台車に向かって射撃をし続けた。そこを背後からディミトリが銃で撃ち、相手を倒した。
(よしっ! まずは一人……)
「出口はどっちだった?」
「あっちから連れてこられたわ」
アオイは建物に入ってきた出入り口を指し示した。他の出入り口は知らないのだという。
玄関先にはジャンたちが立ち塞がっていた。
ディミトリも放置された荷物の影に隠れて応戦していた。一発撃つと十発以上打ち返されてしまう状況だ。
(裏に回られたら詰んでしまうな……)
すると、ジャンの部下の何人かが建物の外へ走り出していた。ディミトリが懸念した通りに事が運びそうな雰囲気だ。
それに気が付いたのか博士が逃げ出そうとした。だが、ジャンたちは博士が居るのにも関わらずに銃撃して来た。
「よさんかっ! わしが居るのが見えないのかっ!」
博士がジャンたちに向かって怒鳴った。しかし、彼らの返礼は銃弾だった。
「ひぃー……」
博士は荷物の影に再び隠れた。
「何故にわしを撃つんだ……」
「もう必要が無くなったんだろ」
ディミトリは自分が本人である事を認めたので、博士の役割が終わったのだろうと推測したのだ。
「貴重なサンプルなのだから殺すなと言っておいたのに……」
博士としては成功した理由を明らかにしたかったのだ。
だが、ジャンたちの目的が科学者特有の知的な好奇心では無いのは明白だ。
それは、ディミトリが握っている麻薬組織の巨額な資金なのだ。
クラックコアが有効な方法であると分かったのなら、今の反抗的なワカモリタダヤスに入っているディミトリは不要だ。
『従順なディミトリを再び作れば良い……』
こう、結論付けるのも無理は無い。
自分でもそうするとディミトリは考えるし、何より彼らが焦りだした理由のほうに興味があった。
「くそっ逃げ道が無い!」
反撃しているが銃弾の残りも心細くなってきた。このままでは拙い事は確かだ。
「おい…… 屋上にヘリコプターが有るぞ!」
博士が銃撃音に負けないように大声で教えた。
「……」
「分かった屋上に向かおう!」
ディミトリは暫し考え、騒音に負けないように怒鳴り返した。
(操縦出来る奴であれば良いが……)
撃たれないように頭を低くして通路を素早く走り抜ける。その間も、走る後ろに向かって牽制の射撃は忘れない。こうすると、相手の追撃が鈍るのは経験済みだからだ。
博士も仕方無しに付いてきてるようだ。残ってもジャンたちに殺されると思っているのかも知れない。
ふと見ると撃たれて倒れている男がいた。ジャンの部下であろう。懐からスマートフォンが見えていた。
(これを使わせてもらうか……)
ディミトリはスマートフォンを手に持ち録画状態にした。自分の射撃する音を録音させる為だ。
そして、アプリを使って無限ループで再生するようセットした。これを使ってジャンたちの気を逸らすためだ。上手くすれば何分かの時間稼ぎが出来るはず。
ディミトリもヘリコプターのエンジンの掛け方ぐらいは知っている。そして、手順が厄介なのも知っていた。
何しろヘリコプターは車と違って直ぐには飛べない乗り物だ。どんなに巧くやっても、最短で二分はかかってしまったのを覚えている。
一般にヘリコプターの操縦が出来るようになるには一年近くかかると言われている。車のようにアクセルを踏めば運転できるのとは訳が違う。かなり特殊な技能が必要なのだ。
屋上に出て駐機しているヘリコプターを見たディミトリは安心した。
「ヒューイか…… これなら何とかなるな……」
かつて軍に居た時に飛ばしたことがある機体なのだ。操縦方法が各機種一緒だとは言え、計器パネルの扱い方・見方が違う。
最も『二度と操縦するな!』と教官を激怒させたのは内緒だ。
操縦がからきし駄目だったのだ。無地に着陸できた時には、教官を始めとして同乗者全員が嘔吐していた。
ヘリコプターはホンの少しの操作で上下動してしまう。それは手酷い船酔いを誘発するのだ。つまり、乗っている間は船酔いで起こる嘔吐感との格闘が彼らを襲ったのだ。
「若森君はヘリコプターの操縦が出来るの?」
アオイが聞いてきた。彼女にはこれから自身を襲う悲劇については言わないほうが懸命であるのは分かっている。
「ああ、何とかね…… 左手が動かないからかなりシンドイ事になるけど……」
「……」
他に逃げ道が無さそうだ。
「エンジンをかける時間が欲しい。 屋上の入り口に行って、銃を単発で撃って欲しい……」
「え? 銃なんか撃ったことが無いけど……」
「引き金を引けば弾が出る」
アオイに自分の銃を渡した。
「当てなくても良いよ。 足止めするのが目的だからね」
「わかった……」
アオイは不安そうなまま、手に持った銃の安全装置を外した。
「それと弾が無くなったら、これの再生ボタンを押してね」
先程、拾ったスマートフォンを渡した。自分の射撃音を録画させた奴だ。
「その後で、入り口をこれで塞ぐんだ」
アオイに鉄パイプ状のものを渡した。
屋上への出入り口を鉄パイプ状のもので塞げば容易に突破出来ない。
(これで、時間が稼げるだろう)
ディミトリは操縦席に乗り込んだ。ここからは時間との勝負だ。
(まず、バッテリースイッチを入れてスタートに必要なスイッチをONにして電源を入れる……)
昔教わった手順を思い出しながら、次々とスイッチを入れていった。その間も入り口の方から銃撃音が聞こえる。
銃弾を撃ち終えたアオイがヘリコプターに乗ってきた。博士もちゃっかり乗っかっている。
「側面ドアを紐か何かで結んでおいて!」
容易に乗り込めないように紐で結んで固定させてしまうのだ。少しは時間が稼げる。
(エンジンスタートスイッチを入れてスターターを回し空気圧縮開始……)
覚えている手順を口の中で反芻しながら計器を見つめていた。
ここで駄目なようだったら最初からやり直しだ。だが、その時間は無さそうだ。
『くそっガキがあ~』
『なめてんじゃねぇぞ!』
ドアを叩きながら怒鳴り声を上げているのが聞こえた。
どうやら、ディミトリが用意したスマートフォンのトラップが見破られたらしい。
(確か、この回転数…… エンジン点火……)
ジェットエンジン特有の甲高い音が響き始めた。エンジン始動は巧く行ったようだ。
銃声が聞こえ始めた。どうやら、鍵がかかっていると思い始めたのだろう。
ドアノブの周りに穴が空き始めた。
「急げっ! 急げっ!」
ディミトリがエンジンの回転数を見ながら声を上げていた。
(回れまわれ!)
ヘリコプターのメインローターがゆっくりと回り始めた。そして、十秒もしない内に回転速度を早めていった。
やがて、ヒューイ独特の風切り音もし始める。
『え?』
『え?』
『ヘリを動かしてるのか?』
『ふっざけんじゃねぇぞぉぉぉぉ!』
ジャンたちも漸く自体が飲み込めたらしい。追い詰めたと思ったのにまさかの逃走手段を使っているのだ。
(よしっ! イケる)
ディミトリはコレクティレバーを引いた。これで揚力を制御して浮き上がるのだ。
(ふふふ、俺ってばクールだぜ!)
そして、ヘリコプターが浮き始めるのと、屋上のドアが開くのは同時のようだった。
中から複数の男たちが走り出しているのが見えた。中には銃を撃っているものも居た。
カンッ、キンッ、ビシッ
ヘリコプターの飛翔音に混じって異質な音が聞こえていた。サイドドアに付いている窓にヒビが入る。
「ふっ、無駄だね!」
ディミトリはヘリコプターが浮き始めるのと同時に、サイクリックスティックを右に倒して機体を右に滑らせはじめた。少しでも男たちから遠ざかる為だ。
そのまま倉庫の屋上から離れてしまおうとしたのだ。
飛び立つのに成功したと思った瞬間に機体がグラっとなった。見ると左側のスキッドに二人の男がしがみついていた。
ジャンともう一人は部下の男だろう。どうやら飛ぼうとする機体に飛びついたのだ。
「……」
何かを喚いてるらしいが聞こえない。
ジャンは片手でスキッドを抱えて、もう片方の手で銃を撃っている。しかも、操縦席目掛けてた。だが、拳銃弾では貫通することが出来ないでいた。
ディミトリは上昇しながらラダーペダルを操作してヘリコプターを回転させた。遠心力で振り落とそうとしているのだ。
ジャンの部下の男は遠心力に負けて手を離してしまった。短い悲鳴がヘリコプターの飛翔音に混じって聞こえた。
その後も、銃撃音は聞こえていた。ジャンはまだしがみついているのだ。
「ええぃ! しつこい男だなっ!」
ディミトリは叫びながらヘリを右に左にと揺らし続けた。すると、何回目かでヘリコプターが軽くなったような気がした。
腕のみでヘリコプターにしがみついていたジャンが力尽きたのだ。それと同時に機体に何か衝撃が走った。
「ん?」
ジャンが振り落とされた時には、ヘリコプターは海上に向かっている所だった。
その水面には二つの水飛沫が上がっているのが見えた。
(二つ…… メインローターの衝撃はソレだったのか……)
どうやら、振り落とそうとした際にジャンはメインローターで切断されたらしい。彼の悪運は尽きていたようだ。
(ふん……)
ディミトリは二つの波紋を一瞥して飛行し続けた。
自分の手で銃弾を叩き込みたかったが仕方がないと諦めたらしい。
「何処に向かってるの?」
アオイが聞いてきた。ヘリコプターが東京湾から川を遡上し始めたのに気が付いたからだ。
その時には高度を落とすようにした。管制レーダーを避ける為だ。
「このヘリコプターを降ろせる場所さ……」
目指すのはジャンたちが死体処理に使っていると思われる産廃処分場だ。
(俺の見立て通りなら、あそこには誰も居ないはずだ……)
そうすれば、このヘリコプターを隠す手間が省ける。
(それに、さっきから背中の汗が酷いことになっている……)
刎ねられた時にぶつけられた左肩の痛みが酷くなってきた。先程まではアドレナリンが出ていた御陰で痛みは感じられなかったが、一息つけた今になって酷くなってきたのだ。
このままでは、気を失うかも知れないと気に病んでいるのだ。
ディミトリたちが部屋を出てすぐに銃弾が飛んできた。外で待ち構えていたのだろう。
物陰に隠れながらディミトリは銃を打ち返した。
ディミトリとしては先に進みたかった。一箇所に留まっていると、不利になるのは目に見えているからだ。
だが、廊下には目印が無いので出口が分からないでいた。
「どっちに向かえば良い?」
部屋に連れてこられたアオイに聞いた。ディミトリは気を失っていたので覚えていないせいだ。
相手は壁に隠れながら銃を撃ってくる。
ふと、見ると荷物を運ぶ台車があった。ディミトリはそれに上着をかぶせた椅子を載せて押し出した。
(引っ掛かってくれよ……)
急に走ってきた台車に男は反応した。銃を向けたのだ。
壁に隠れた相手は台車に向かって射撃をし続けた。そこを背後からディミトリが銃で撃ち、相手を倒した。
(よしっ! まずは一人……)
「出口はどっちだった?」
「あっちから連れてこられたわ」
アオイは建物に入ってきた出入り口を指し示した。他の出入り口は知らないのだという。
玄関先にはジャンたちが立ち塞がっていた。
ディミトリも放置された荷物の影に隠れて応戦していた。一発撃つと十発以上打ち返されてしまう状況だ。
(裏に回られたら詰んでしまうな……)
すると、ジャンの部下の何人かが建物の外へ走り出していた。ディミトリが懸念した通りに事が運びそうな雰囲気だ。
それに気が付いたのか博士が逃げ出そうとした。だが、ジャンたちは博士が居るのにも関わらずに銃撃して来た。
「よさんかっ! わしが居るのが見えないのかっ!」
博士がジャンたちに向かって怒鳴った。しかし、彼らの返礼は銃弾だった。
「ひぃー……」
博士は荷物の影に再び隠れた。
「何故にわしを撃つんだ……」
「もう必要が無くなったんだろ」
ディミトリは自分が本人である事を認めたので、博士の役割が終わったのだろうと推測したのだ。
「貴重なサンプルなのだから殺すなと言っておいたのに……」
博士としては成功した理由を明らかにしたかったのだ。
だが、ジャンたちの目的が科学者特有の知的な好奇心では無いのは明白だ。
それは、ディミトリが握っている麻薬組織の巨額な資金なのだ。
クラックコアが有効な方法であると分かったのなら、今の反抗的なワカモリタダヤスに入っているディミトリは不要だ。
『従順なディミトリを再び作れば良い……』
こう、結論付けるのも無理は無い。
自分でもそうするとディミトリは考えるし、何より彼らが焦りだした理由のほうに興味があった。
「くそっ逃げ道が無い!」
反撃しているが銃弾の残りも心細くなってきた。このままでは拙い事は確かだ。
「おい…… 屋上にヘリコプターが有るぞ!」
博士が銃撃音に負けないように大声で教えた。
「……」
「分かった屋上に向かおう!」
ディミトリは暫し考え、騒音に負けないように怒鳴り返した。
(操縦出来る奴であれば良いが……)
撃たれないように頭を低くして通路を素早く走り抜ける。その間も、走る後ろに向かって牽制の射撃は忘れない。こうすると、相手の追撃が鈍るのは経験済みだからだ。
博士も仕方無しに付いてきてるようだ。残ってもジャンたちに殺されると思っているのかも知れない。
ふと見ると撃たれて倒れている男がいた。ジャンの部下であろう。懐からスマートフォンが見えていた。
(これを使わせてもらうか……)
ディミトリはスマートフォンを手に持ち録画状態にした。自分の射撃する音を録音させる為だ。
そして、アプリを使って無限ループで再生するようセットした。これを使ってジャンたちの気を逸らすためだ。上手くすれば何分かの時間稼ぎが出来るはず。
ディミトリもヘリコプターのエンジンの掛け方ぐらいは知っている。そして、手順が厄介なのも知っていた。
何しろヘリコプターは車と違って直ぐには飛べない乗り物だ。どんなに巧くやっても、最短で二分はかかってしまったのを覚えている。
一般にヘリコプターの操縦が出来るようになるには一年近くかかると言われている。車のようにアクセルを踏めば運転できるのとは訳が違う。かなり特殊な技能が必要なのだ。
屋上に出て駐機しているヘリコプターを見たディミトリは安心した。
「ヒューイか…… これなら何とかなるな……」
かつて軍に居た時に飛ばしたことがある機体なのだ。操縦方法が各機種一緒だとは言え、計器パネルの扱い方・見方が違う。
最も『二度と操縦するな!』と教官を激怒させたのは内緒だ。
操縦がからきし駄目だったのだ。無地に着陸できた時には、教官を始めとして同乗者全員が嘔吐していた。
ヘリコプターはホンの少しの操作で上下動してしまう。それは手酷い船酔いを誘発するのだ。つまり、乗っている間は船酔いで起こる嘔吐感との格闘が彼らを襲ったのだ。
「若森君はヘリコプターの操縦が出来るの?」
アオイが聞いてきた。彼女にはこれから自身を襲う悲劇については言わないほうが懸命であるのは分かっている。
「ああ、何とかね…… 左手が動かないからかなりシンドイ事になるけど……」
「……」
他に逃げ道が無さそうだ。
「エンジンをかける時間が欲しい。 屋上の入り口に行って、銃を単発で撃って欲しい……」
「え? 銃なんか撃ったことが無いけど……」
「引き金を引けば弾が出る」
アオイに自分の銃を渡した。
「当てなくても良いよ。 足止めするのが目的だからね」
「わかった……」
アオイは不安そうなまま、手に持った銃の安全装置を外した。
「それと弾が無くなったら、これの再生ボタンを押してね」
先程、拾ったスマートフォンを渡した。自分の射撃音を録画させた奴だ。
「その後で、入り口をこれで塞ぐんだ」
アオイに鉄パイプ状のものを渡した。
屋上への出入り口を鉄パイプ状のもので塞げば容易に突破出来ない。
(これで、時間が稼げるだろう)
ディミトリは操縦席に乗り込んだ。ここからは時間との勝負だ。
(まず、バッテリースイッチを入れてスタートに必要なスイッチをONにして電源を入れる……)
昔教わった手順を思い出しながら、次々とスイッチを入れていった。その間も入り口の方から銃撃音が聞こえる。
銃弾を撃ち終えたアオイがヘリコプターに乗ってきた。博士もちゃっかり乗っかっている。
「側面ドアを紐か何かで結んでおいて!」
容易に乗り込めないように紐で結んで固定させてしまうのだ。少しは時間が稼げる。
(エンジンスタートスイッチを入れてスターターを回し空気圧縮開始……)
覚えている手順を口の中で反芻しながら計器を見つめていた。
ここで駄目なようだったら最初からやり直しだ。だが、その時間は無さそうだ。
『くそっガキがあ~』
『なめてんじゃねぇぞ!』
ドアを叩きながら怒鳴り声を上げているのが聞こえた。
どうやら、ディミトリが用意したスマートフォンのトラップが見破られたらしい。
(確か、この回転数…… エンジン点火……)
ジェットエンジン特有の甲高い音が響き始めた。エンジン始動は巧く行ったようだ。
銃声が聞こえ始めた。どうやら、鍵がかかっていると思い始めたのだろう。
ドアノブの周りに穴が空き始めた。
「急げっ! 急げっ!」
ディミトリがエンジンの回転数を見ながら声を上げていた。
(回れまわれ!)
ヘリコプターのメインローターがゆっくりと回り始めた。そして、十秒もしない内に回転速度を早めていった。
やがて、ヒューイ独特の風切り音もし始める。
『え?』
『え?』
『ヘリを動かしてるのか?』
『ふっざけんじゃねぇぞぉぉぉぉ!』
ジャンたちも漸く自体が飲み込めたらしい。追い詰めたと思ったのにまさかの逃走手段を使っているのだ。
(よしっ! イケる)
ディミトリはコレクティレバーを引いた。これで揚力を制御して浮き上がるのだ。
(ふふふ、俺ってばクールだぜ!)
そして、ヘリコプターが浮き始めるのと、屋上のドアが開くのは同時のようだった。
中から複数の男たちが走り出しているのが見えた。中には銃を撃っているものも居た。
カンッ、キンッ、ビシッ
ヘリコプターの飛翔音に混じって異質な音が聞こえていた。サイドドアに付いている窓にヒビが入る。
「ふっ、無駄だね!」
ディミトリはヘリコプターが浮き始めるのと同時に、サイクリックスティックを右に倒して機体を右に滑らせはじめた。少しでも男たちから遠ざかる為だ。
そのまま倉庫の屋上から離れてしまおうとしたのだ。
飛び立つのに成功したと思った瞬間に機体がグラっとなった。見ると左側のスキッドに二人の男がしがみついていた。
ジャンともう一人は部下の男だろう。どうやら飛ぼうとする機体に飛びついたのだ。
「……」
何かを喚いてるらしいが聞こえない。
ジャンは片手でスキッドを抱えて、もう片方の手で銃を撃っている。しかも、操縦席目掛けてた。だが、拳銃弾では貫通することが出来ないでいた。
ディミトリは上昇しながらラダーペダルを操作してヘリコプターを回転させた。遠心力で振り落とそうとしているのだ。
ジャンの部下の男は遠心力に負けて手を離してしまった。短い悲鳴がヘリコプターの飛翔音に混じって聞こえた。
その後も、銃撃音は聞こえていた。ジャンはまだしがみついているのだ。
「ええぃ! しつこい男だなっ!」
ディミトリは叫びながらヘリを右に左にと揺らし続けた。すると、何回目かでヘリコプターが軽くなったような気がした。
腕のみでヘリコプターにしがみついていたジャンが力尽きたのだ。それと同時に機体に何か衝撃が走った。
「ん?」
ジャンが振り落とされた時には、ヘリコプターは海上に向かっている所だった。
その水面には二つの水飛沫が上がっているのが見えた。
(二つ…… メインローターの衝撃はソレだったのか……)
どうやら、振り落とそうとした際にジャンはメインローターで切断されたらしい。彼の悪運は尽きていたようだ。
(ふん……)
ディミトリは二つの波紋を一瞥して飛行し続けた。
自分の手で銃弾を叩き込みたかったが仕方がないと諦めたらしい。
「何処に向かってるの?」
アオイが聞いてきた。ヘリコプターが東京湾から川を遡上し始めたのに気が付いたからだ。
その時には高度を落とすようにした。管制レーダーを避ける為だ。
「このヘリコプターを降ろせる場所さ……」
目指すのはジャンたちが死体処理に使っていると思われる産廃処分場だ。
(俺の見立て通りなら、あそこには誰も居ないはずだ……)
そうすれば、このヘリコプターを隠す手間が省ける。
(それに、さっきから背中の汗が酷いことになっている……)
刎ねられた時にぶつけられた左肩の痛みが酷くなってきた。先程まではアドレナリンが出ていた御陰で痛みは感じられなかったが、一息つけた今になって酷くなってきたのだ。
このままでは、気を失うかも知れないと気に病んでいるのだ。
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