西洋少女と仮面卿の恋愛

ごーぐる

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序章

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ーーーカツッカツッ。
 ほんのりと暖かく光る蜜蝋から作られた蝋燭に、桂皮の安らぐ甘い香りと、整えられた落ち着きを持つ調度品たち。しかし、執務室であるこの小部屋では、その主である摩訶不思議な装飾品を顔につけた人物が不愉快そうに机を指で鳴らしていた。
「………なんだ、この不出来な決算書は」
「も、申し訳ございません………」
 低い声が更に書類を提出してきた下官を怯えさせる。しかし、その表情が窺えないのは彼………趙州候、雷 浩宇(レイ コウウ)が仮面を被っているからである。浩宇は仮面卿というあだ名で密かに呼ばれ、朝廷中で恐れられる人物であった。
「………はぁ、もうよい。今日はもう帰れ、残りは私がやる」
 ため息混じりに浩宇が言うと、下官は顔を青くしながら「すみませんっすみませんっ………」と何度も呟いて退出した。その姿に浩宇はもう一度ため息を吐く。目の前の机の木簡は山積みになっていて、今日も帰れそうにない。ふと、外を見ると月が綺麗にまんまるとしているのが見えて、散歩でもして気分を変えるかとふらりと庭に出ることにした。
 すっかり寝静まった朝廷は、しんと静まり返っており、春先の夜風がジクジクと熱く痛む頭を優しく冷やしてくれる。やはり、散歩に出て正解だったと暫しの休憩を堪能していると、誰もいないはずの庭の植え込みからガサガサと音がした。
「誰だ!!!」
 警戒心から剣を抜き、大声で叫ぶと、前栽からひょこりと金糸が飛び出した。驚いて思わず構えるが、金糸はこちらへ到着する前にばたんと倒れる、そして大きく腹の虫が鳴った。
「ぐぎゅーーー」
「………」
 少女は耳を赤くして、恥ずかしいのか倒れたまま動かない。仕方なしに浩宇は倒れたままの少女に近づき「おい」と声をかける
る。
「腹が減ったならついてくるといい。なにか、食わせてやろう」
 浩宇の言葉に金糸の少女は起き上がり、翡翠色の瞳を輝かせる。浩宇はクスッと笑うと少女がついてこれるよう、遅く歩いた。



「ん、朝か………」
 浩宇は大きく欠伸をした。僅かな重みと暖かさを感じて、掛け布団を捲ると、金糸の少女が器用に足元で器用に丸まって寝ていた。
 昨日は少女に飯を食べさせた後、なんだかとても疲れてしまって適当に仕事を片付けて寝台で眠ってしまったのだ。我ながら、こんな出会ったばかりの言葉も交わしたことのない少女と寝るなんてどうかしていると思うが、今はそれどころではない。日が登り始めたら朝廷の住人たちが動く始める。彼らに見つかる前にこの少女をどうにかしなくてはいけなかった。
「おい、起きろ」
 少女を優しく揺すると、金糸に縁取られた翡翠色の瞳がぱちりと開いた。瞳の中で虹色の宝石がころころと転がるように光る。なんとも言えない面妖な美しさに惚けていると、少女は憂えがって浩宇の頬にぴたりとその小さな手で触れた。浩宇ははっと目を覚ますと少女は「おはよう」と笑い混じりに言う。その言葉遣いは拙い。
「喋れるのか、ならば話しは早いな。何処から忍び込んだのか知らないが、此処が何処か分かっているのか?」
「ん。王様いるところで国の中枢。人いっぱいいる」
 少女の一生懸命な説明に考察を始めた浩宇に焦った少女は続けて事の経緯を話し始めた。
「私は親無し。道に迷った。そうしたら、可愛い犬いた。噛まれた。私、逃げた。ここにいた」
「……つまり、お前は孤児で、可愛さあまりに犬に近づいて、噛まれそうになって逃げて、ここまで来たと?」
 浩宇の解釈に少女が首を縦に振る。浩宇ははぁと重いため息をついた。少女が西胡人なのも問題だが、それ以前にそんな少女が容易に入ることができるここの警備にも問題がありそうだ。
「とりあえず今日はここで大人していろ。朝廷は常に警備が巡回しているからな、見つかったら只じゃすまされないぞ」
 少女の顔色が青くなるのが分かる。もちろん異国の娘とはいえ、孤児ならば見つかっても軽い詰問後説教され追い出される位だろうが、新王がその椅子に座ったばかりの今の朝廷はピリピリとした緊張状態なので、念のためだ。
「大人しくしてる」
 激しく首を上下に動かして、青ざめたままそう言った。浩宇は満足げにその金糸を撫でてこう続ける。
「誰が来ても私が戻ってくるまでは扉を開けるんじゃないぞ。もし、誰か来たら隠れていろ。昼食は女官に運ばせておくから、下女が去ってから寝台から出ろ。………私は頭が悪い奴は嫌いだ。だからいい子にしていろ」
 浩宇はそれだけ言うと寝台を降りて衣を羽織り、室を出て朝会へと向かうのであった。

『………うまく、いったんだ』
 一人残ってしまったシナモンの香る部屋のなかで、ポツリと少女は呟いた。
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