蓮の呼び声

こま

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3章 暁の杼竜

3_⑥

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 添花は燦陽に集会所への案内を頼み、一旦その場を離れることにした。討伐隊への参加を、説明の時までに紅龍に気付かれると困る。こっそり集会の隅に入り、場をしのぐつもりだ。
 踵を返すと、竜舎から竜を連れて幾人かの門下生が出てきた。どうやら掃除の時間らしい。全ての竜が外に出ると、広かった平らな空間が急に狭く感じられた。
「わっ、待てよ!」
 焦った声を合図に、ふたつの足音が添花の方に走ってきた。誰かが竜の手綱を放してしまったらしい。赤い飛竜が猛烈に駆け寄ってきたかと思うと、目の前でぴたりと止まる。大きな目で睨んでくるので、負けじと添花も睨み返した。
「紅蓮、脅かすなって! 悪いね、添花ちゃん。こいつ紅龍以外になかなか懐かなくてさ」
(このぐらいで驚きやしないっての。何? ちゃん、って)
 手綱を放した門下生は、先刻顔を合わせた雄人だった。紅蓮と呼ばれた竜と睨み合いをしているので、添花は「ふうん」とだけ淡白に言葉を返した。ちゃん付けで名を呼ばれると気持ちが悪く、文句のひとつも言いたかったが、今は紅蓮が優先だ。こういう場合、目を逸らした方の負けなのだ。
 しばらくすると、何か納得したように短い鳴き声をあげて、紅蓮の方から睨むのをやめた。
「珍しいな、自分から警戒を解くなんて。蓮橋でも竜と仲良かったの?」
 今度は逃がすまいとしっかり手綱を捕まえた雄人は、紅蓮をなでようとした。「フギャッ」と牙を剥いて威嚇された。
「え、別に……普通だけど」
 添花が鼻先をなでると嬉しそうに目を細め、紅蓮は大人しくなる。初対面でこれができた者は、紅龍を含めてひとりもいないらしく、雄人はたいそう驚いた。
(初対面? ……違うな。紅にしか懐かないなら、あいつの相棒ってことでしょ)
 谷底から、竜鱗に連れてきてくれたのが紅蓮だったのだ。添花は微笑んで、もう一度鼻先をなでる。
「さっきはありがとう。いきなり世話になっちゃったね」
 懐いたというよりは、認めたという感じだろうか。きっと、紅龍と添花の間柄を理解している。
 竜を追いかけて走り回ることもなく、暇のできた雄人は、初めて見る添花の笑顔に胸を高鳴らせていた。その表情を自分に向けてほしいと思うと、黙っていられなくなる。おしゃべり男の性だった。
 あれこれ話題が出てくる中、添花は適当に相槌を打つ。ならばと持ち出した雄人とっておきの話は、紅龍のことだった。
「俺も人のこと言えねえけどさ、紅龍って、なんでか全然もてないんだよな」
「ああ、そうだろうね。あいつ誰にでも優しいから」
 簡潔な指摘が、雄人の言葉を切り捨てる。「添花ちゃんはもてもてなんでしょ?」と続きの言葉を用意していたが、雄人は言う機会を逃した。
「そんな話ばかりして、どつかれても知らないよ?」
 添花が雄人に向けたのは、片眉を上げた冷笑だった。紅龍をからかうネタを探しているのだとしたら、気分が悪い。先刻、ちゃん付けで呼ばれた文句を言い損ねたこともある。ここらで、しょうもない雑談を終わりにしたいものだ。
 鋭い眼光に雄人が閉口したところ、ちょうど掃除を終えた紅龍達が竜舎から出てきた。紅蓮の目の前に添花を見つけ、走ってくる。
「添花、ここに来てたのか。……雄人、変な話、吹き込まなかっただろうな?」
 別に、と苦笑する雄人から手綱を受け取りつつ、添花が大師範とどんな話をしたのか、聞きたそうだ。もしかすると、討伐への参加をかけあったと、想像がついているのかもしれない。
「紅はこのあと説明だっけ」
 さも、自分は部外者のように振舞って、その場を誤魔化した。
「ああ。まあ、飯の後だけど。一緒に食う?」
「うん」
 発着場と道場の中ほどにある食堂でも、添花は紅龍の友人達から質問攻めにされたので、討伐隊の話は出なかった。
(こういう時だけは、おしゃべりに感謝だね。とっつきにくい奴だけど)
 相変わらずちゃん付けで名前を呼ぶ雄人を睨みつけると、紅龍に笑われる。
「馬鹿にして言ってるんじゃないし、そんな気にすんなよ」
「……わかってる。ただ、耳が受け付けないんだよね。呼び捨ての方がいいな」
 初めて訪れた町でも、旧知の仲がひとりいると馴染みやすい。食堂を出て集会所へ向かう紅龍達を見送る時には、皆が添花に手を振った。
(さて、と)
 添花は竜舎の前にとって返し、すぐ燦陽と合流して集会所に行く。時間差ができたことと、屈強な男達の中にあっては小柄なため、説明が始まるまで紅龍に気付かれることはなかった。
 討伐隊員の候補は五十余名。紅龍を始めとした優秀な竜使いと、剣の腕に優れた者達だ。表情を引き締めた雄人の姿もある。
 大師範が封印を調べに降りた当初、約六日とされていた猶予は、燦陽の証言を受けて半分になった。作戦は急遽組み立てたもので、まだ大まかな動きしか決まっていないらしい。現状、誰にどんな役回りを任せるかを説明し、力不足を感じる者は日没までに辞退を申し出ろというのだ。それから、やっと討伐の動きが詳しく決まる。
 中には、既にやることが決まっている者もいた。添花達がそれにあたり、幼馴染みの名を呼ぶ大師範の視線をたどった紅龍は、目を見開いた。しかし状況が口を開くことを許さず、前に向き直って話の続きを聞いていた。ふたりは共に行動し、飛竜で撹乱したり、杼竜の目を奪ったりする、要の役割を担う。
(今のところは大丈夫だね……まあ、解散したら黙ってはいないんだろうな)
「出撃する者は明朝、夜明け前に発着場に集合してくれ」
「はい!」
 集会の締めくくりは、門下生達の地響きのような返事だった。添花も含め、皆の意思がひとつの方向を向いてまとまっている。
 解散となり、集会場を後にする人の波を縫って、紅龍が添花の所にやってきた。怒ったような拗ねたような顔は、蓮橋にいる彼の父親を想起させる。
「添花、お前、いつの間にそんな話になってんだよ?」
「いつの間だかは分かるでしょ。私がどんな性格かもね」
 つい幼馴染みの心配をはねつけてしまう。添花に言わせれば紅龍は過保護なのだ。彼は考え方も父親似で、兄弟同然に育った添花を危険から遠ざけたがる。
「……うちの親が竜鱗を離れた理由、知ってるよな」
 小さな呟きを聞き、こっそり様子をうかがっていた雄人は驚いた。普段の紅龍が自分からは絶対に口にしない過去の話だからだ。
「それほどの相手なんだ、あの竜は」
 添花はうなずき、まっすぐに紅龍をみつめる。
「わがまま言って悪いとは思ってる。でも降りないよ。絶対に」
 杼竜の脅威から逃れ、蓮橋へ渡ることを決めた紅龍の父親。竜の鞍職人として暮らす傍ら、道場では優れた竜使いだったと聞く。討伐隊に召集されながらも辞退したため、臆病者の烙印を押された。
 事情を知っているから、紅龍も冷たい目に晒されたのだと添花にも想像がついた。このことは話題に上せたくなかったはずだ。
(そうまでして止めたいんだね。本当に過保護なんだから)
 溜息は胸の内に押し留める。紅龍のような存在はありがたいが、添花だって譲れない。
 沈黙の中、ふたりは目を通して互いの気持ちを理解した。溜息をついたのは紅龍のほうだ。
「……相変わらず、言い出したら押し通すんだな。無茶はしないって約束しろよ」
「うん」
 軽く拳をぶつけ合って、ようやく場の緊張が解かれた。
 いつの間にか燦陽は定位置に戻り、険しい顔で慰霊碑を見つめていた。
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