蓮の呼び声

こま

文字の大きさ
18 / 84
3章 暁の杼竜

3_⑦

しおりを挟む
 その日の晩、添花は道場に泊まってゆっくり休むことができた。もとより宿のない町で、来客は道場に泊める風習だ。それに、隣接する病院で働く看人(かんと)や門下生など、道場に住み込む女性は結構いて、大部屋の空いている布団を貸してもらえたのだ。それは何だか変わっていて、箱の上に布団を乗せたようなものだった。部屋の中を土足で行き来するし、床に直接敷くわけにはいかないのだろう。怪我人の手当てに備え、看人達もすぐに床についた。早々に明かりが消える。
 一方、男部屋では雄人が紅龍にちょっかいを出していた。翌日への緊張か添花への興味なのか、なかなか話が尽きない。他の門下生から陰口がこぼれていたので、単刀直入に問いかける。
「なあ、添花って強いのか?」
 討伐隊に女性が、しかも余所者がいることを不満がっていた耳も、紅龍の答えに寄ってきた。しん、と静まり返った部屋の中は妙な緊張感だ。
「強いよ、準師範だからな。……俺、勝ったことないし」
 少し投げやりに付け足した一言で、誰とはなく皆が顔を見合わせた。紅龍だけが遠い目をしていて、歯がゆさをにじませている。
 青藍龍の拳法使いとしての彼は、師範階級に及ばないまでも中々の実力者だった。幼馴染みの躍進は誇らしいが、背中を見てばかりいると情けなくなってくる。
(俺は……竜鱗に来て、ちゃんと強くなったのかな)
 見下ろした手で不安を握りつぶすようにして、顔を上げる。今は杼竜と戦うことを考えなくては。
「ほら、もう寝ようぜ。明日は早いんだ。雄人もたまには自分で起きてみろ」
「はいはい、努力します」
 言葉と裏腹に起こしてもらう気満々で、雄人が明かりを消す。暗闇に包まれると、胸の中で士気が高まっていった。

 翌朝。まだ薄暗い中、討伐隊員が続々と発着場に集まる。共に戦う飛竜も使い手の意気を感じ取っていた。寝ぼけ眼はひとりもいない。
 先ほどまでは寝癖のついた雄人がぼんやりしていたのだが、遅刻寸前の集合で大師範に睨まれたので、今はしゃきっとしている。
 皆が飛竜の背に乗って、大師範の号令を待つ。紅龍は、前を見たまま添花に注意を促した。
「しっかりつかまってろよ。急に方向変わったりするから」
「わかった」
 日の出と共に出撃の号令がかかると、発着場から次々に竜が飛び立つ。先陣を切って降下していくのは紅蓮だ。杼竜は爛々と光る目で、次々に降ってくる餌を待ち構えていた。
 他の個体より鮮やかな赤い皮膚は、杼竜に目移りをさせない。牙に捉えられる寸前を見計らって、紅龍は手綱を引く。紅蓮は指示に従い、自分の何倍も大きい相手を怖れず、鼻先を掠めるように飛び回った。
 谷底を目指す討伐隊員は、手加減無しに手綱を操る紅龍と、すぐに竜の動きに順応した添花に舌を巻いた。ふたりの繋がりの強さを察した大師範の人員配置は的確だったのだ。
 添花は実戦で飛竜に乗るのは初めてだが、冷静に状況を見ながら紅龍に掴まっていた。紅蓮が気を引いている間に、他の竜が杼竜の前後に降り立つ。囲み込むのは成功したようだ。そろそろ作戦は次の段階に移る。宙空に浮かんで戦況を見守る燦陽も、今が好機と頷いた。
(杼竜の警戒が谷底に向いた。今なら……でも)
 剣を抜こうとする紅龍の手に気付き、添花は羽音と竜の唸りを掻き消すくらい声を張った。ついでに背中に頭突きする。
「紅!」
 作戦の通りに、自分を杼竜の上に下ろせ。名前を呼ぶ中に込めた言葉は伝わり、紅龍が少し身を硬くした。
「本気かよ」
「当たり前でしょ。大丈夫、上手くやるから!」
 元よりそれが役割だ。紅龍と紅蓮で撹乱、添花は杼竜の目つぶし。ふたりを背に乗せていては紅蓮の動きも鈍る。添花ひとりの身を案じて討伐に失敗しては元も子もない。仕方なく、紅龍は腹を決めた。
「……わかった」
 地上部隊が硬い皮膚に剣を打ち付け、足下や尾の方に杼竜の注意が分散している。頃合いを見て、死角から顔面を掠めて紅蓮を飛ばせた。眉間に飛び降りた添花は、時折虫を払うように杼竜が振る前足を避けながら目に近付いていく。
 左目に届く所へはすぐに行けた。掌に気を集中させながら、目周りの皺を足場にして姿勢を安定させる。杼竜が瞬きし、目を開いた瞬間を狙って、青白い光を纏った掌底を突き出した。手は触れないが、気功の光が眼球を突き刺す。
(随分と頑丈だね。思ったより浅い、次はもっと強くやらないと)
 溢れ出す黄色い血液越しに見ると、眼球は傷付いてはいるが原型を留めていた。痛む目を押さえようと前足が添花に迫る。頭も振られて不安定な足場で、辛くも爪を避けた。眉間に戻って皺を掴み、一時をやり過ごす。
 地上部隊に目をやると、後ろ足や長い尾も暴れているらしく、切れ間ない攻撃が難しいと見えた。大人しくなるわけはないが、添花は残る右目を狙う。再び爪に襲われる前に、窪んだ目周りへ。
 練り上げる気功は先程よりも強く、地上部隊からもはっきりと見えた。添花の討伐参加に懐疑的だった隊員も、彼女の実力を肌で感じる。
 気功術を受けた目は、最早見えてはいないだろう。顔面にいる害虫を潰そうと前足や頭を振り、所構わず地上部隊に牙をむいた。
(役目は果たした、けどこれじゃあ……紅に拾ってもらうにも危ないね、どうやって降りようか)
 杼竜の血で足を滑らせる前に、添花は目周りの窪みを脱して、登攀さながら顔面をよじ上る。爪の届かない背中に行ければ、全体の状況が見えて行くべき方向も分かるだろう。
 しかし、途中で爪が額の方から振り下ろされる。躱すために鼻筋へと跳ぶと、着地前にふわりと体が浮いた。
「うわっ」
 どうやら、渾身の一撃は風圧だけでかなりのものらしい。幸い爪には当たらず、空中で体を捻って体勢を立て直す。地上部隊の前線より少し後ろに土ぼこりをあげる。
「大丈夫か?」
 声をかけてきたのは、雄人だった。添花は手を貸される前に立ち上がって頷き、軽く服の土を払う。目立った怪我はなく、鋭い目で杼竜を睨んだ。
「形勢は……良くも、悪くもないね」
「ああ」
 雄人の剣は僅かに刃こぼれして、杼竜の硬い皮膚にもまた、幾らか傷があった。地上部隊の全ては見えないが、傷を負った者も多いようだ。
 標的を定められず、大振りの攻撃を繰り返していた杼竜は次第に動きが鈍り、血に濡れた両の目を硬く閉じる。地面を踏みしめる四肢に無数の剣が食い込んでも、尾も振らないでじっとしていた。
(衰弱……いや、何か違う)
 ひやりと不穏な空気を感じ、添花は燦陽を見上げる。こんな状況が、かつて討伐に来た時もあったのだろうか。控えていた飛竜達は、警戒するように姿勢を落とし、低く唸っている。紅蓮に乗った紅龍が剣で鼻先を掠めて飛び回っても、杼竜は反応を示さない。
「いかん、伏せろっ!」
 燦陽の叫びを聞いたのは添花だけだ。何が起きているのか、考える前に言葉を伝える。
「伏せて!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

処理中です...