蓮の呼び声

こま

文字の大きさ
29 / 84
5章 八重紬

5_③

しおりを挟む
 とりあえず白扇方面へ進路をとり、真結達は野宿に適当な場所を探した。
 町から離れるにつれ、幼い夢が未練ではなかったと分かると、真結は少し残念に思った。まあ、せっかく出られた外の世界を満喫しようと気分を切り替える。
 三人で囲む焚き火、その温度を感じているのはひとりだけ。その疲れ気味の横顔に、少しは気を落ち着けた悪霊が話しかけた。
「添花、とかいったか……お前」
 夜の闇に半分溶けた出で立ちでも、声ははっきり耳に届く。
「盗賊共を……簡単に、片付けた」
「それで、私に仇討ちを頼もうって? ふざけるのも大概にしてよ」
 深い青の目にまっすぐ見つめられては、悪霊も二の句が継げない。黒い体と夜の境界線がもっと曖昧になる。
「細かい事情は知らないよ。でも、いきなり出てきて、自分の代わりに人を殺してくださいって言われて、いいですよって言う奴がいる?」
 蚊帳の外にいる真結が肩を縮めるほどの気迫は、さすがといったところか。逆上されそうで冷や冷やするが、今は見守るしかない。
「仮に、私があんたの仇を討ったとして。そいつが霊になるかもしれない。私が手にかけたんじゃ、成仏させることもできない。……人殺しなんかしたら、私だって……気分が悪い」
(あれ? 添花、本当に気分が悪いんじゃないの?)
 勢いを失くす声色が気になる。寒そうに膝を抱えて一度ぎゅっと目を閉じると、開いた目はまだ強い光を宿していた。
「言っておくと、あんたは悪霊になりかけてる。仇を呪い殺そうと思えば、できるはずだよ。できないなら、恨みきれてないってこと。本気でそいつを殺したいのか……一晩、よく、考えて」
 言葉を最後まで聞いたのかどうか、濃紺のもやとなって悪霊は消えた。気配が遠のいただけで、この世には留まっているようだ。
「大丈夫?」
「うん。あいつは仇を呪い殺せなかったから、生きてる奴に頼んだんだと思う。仇がいるのは白扇だろうけど、多分、行かせても大丈夫でしょ」
「ううん、あいつのことじゃなくて。添花、さっきから具合が悪そうよ」
「そう? 平気だよ、時々あることだし。大人しくしてればすぐに治るから」
 添花は一度外套を脱ぎ、袖をまくると自分の肩を焚き火で照らした。これまで気付かなかったが、包帯の巻かれた右腕は痛めているようだ。悪霊が掴んだ左肩にはくっきりと青く指の跡が残っている。やっぱり、としかめる顔から、うんざりといった感情は読み取れない。
 霊を中心に置いて旅をしていれば、多少の無理をするだろう。積もり積もって体調を崩しもする。次々に霊が寄ってきて、なしくずしで旅を続けているのだろうか? いや、彼女は自ら霊に関わりに行っている。突き動かすのが、事情というものか。
「悪いね、心配かけて」
 ぎこちない笑みを、真結は素敵だと思った。誰かのために動ける人の顔、自分にはできない表情。
「これでも、けっこう丈夫な方なんだけどさ」
「ううん、気にしないで。私こそ、何もできなくて悪いわね」
 添花を心配している今なら、自分も同じような顔をしているだろうか。真結は、仕事の他を捨ててきた心が変化するのを感じた。焚き火の温度はわからないが、胸の内が温かい。
(そうだ、生きている時は仕事をしないといられなかった。休みの日だって持て余すばかりで……今は、機から遠く離れても平気だわ。どうして?)
「あ」
 ふと、気が付いた。真結は、仕事をしないと生きて行けなかったのだ。日々の糧を得る以外にも、八重紬を織ることにはたくさんの意味があった。
 人と接する時間を削り、周りの声を掻き消して。嫌われ者になっていくことも、独りの淋しさも、そんな現実から逃げていることも、より良い八重紬を作ることで肯定してきた。開いた口が塞がらない。
 最期の作品が最上級に及ばないのも当然だ。あれは、自分のための仕事だった。
 思い残しているのは、八重紬のことではない。そこに注いだ努力を、なぜ自分を変えることに使えなかったのかという後悔が、真結をこの世に繋ぎ止めていた。
 真結の口が再び動くのを、添花は静かに待っていた。少しは体調が戻ってきたらしく、顔色はいい。
「なんで、急に緊張してんの?」
 困ったように笑われて、いくらか緊張がほぐれたものの言葉は出ない。何から言えばいいのか、そもそも何を言いたいのか。
「あの、さ。私……」
「うん」
「友達、いないんだよね」
「うん?」
 唐突な話に小首を傾げながら、聴いている添花の目は真剣だ。
「そこが心残りっていうか、その」
 やっとわかったのに、口に出すのが怖い。赤々と燃える火に目を移し、真結は心を落ち着ける。枝が爆ぜる音がしたら、続きを言おう。
 夜の空気が冷たいらしく、添花は再び外套を羽織った。近くで起きた風に火が揺れる。ぱち。
「仕事に、逃げてたの。本当は、ひとりでいるのが辛かった」
 思い切った一言に対し、新たな枝を焚き火にくべて、手の木屑を払った添花はさらりと言った。
「じゃあ、仕事に生きてきたこと、後悔してるの?」
「仕事の内容には、満足してると思う」
 自然に返ってきた言葉には、真結もすんなり答えられた。
「でも、ひとりの方が面倒じゃなくていいとか、言い訳ばっかりして……せっかく頑張った八重紬の技術だって、後の人に残せなかった」
「技術か。まあ、それは立派な作品が残ってればさ、追いつけ追い越せって研究する人がいるでしょ」
 添花にしては明るい言い草だ。
「励ましてくれるの? ありがとう」
「べつに。思ったままを言っただけだよ」
 唇を尖らせるか迷った声色。頬は赤くなってこそいないが、少しだけ膨らませたように見える。
(ふふ、変なの。こっちが素直にすると、戸惑うのね。照れ屋なのかしら)
 だんだん人となりがわかってくる。今を素直に良いと思えるから、尚のこと真結は生前の自分が恨めしい。
(体は死んだけど、こういう気持ちが知れて、よかったな)
 考えようでは、一歩踏み出す機会を人生の後に得たのは幸運だった。和やかな空気は、添花と友情を結べた証だろう。
 なんだか、安心した。すると、夜にも関わらず辺りがぼんやりと明るくなる。
(あれ? 違う、私が光ってるんだ)
 心地よい沈黙の中、体というより心が軽くなっていく。世に言う成仏をするのだろうか。ふわりと宙空に浮き上がる真結に向けて、添花は意外と柔和な微笑みを見せた。つられて真結も笑みがこぼれる。
「ねえ、添花」
「ん?」
「成仏したら、魂はどこに行くんだろうね」
 それはあの世と言うけれど、どんな所なのか、添花なら知っているような気がしたのだ。
「さあ……生まれ変わったら教えてよ」
「いいわ、覚えてたらね」
 知らないのなら、知りたいはずだ。応えた声は届いたのかどうか、添花の微笑みが光に霞む。急な眠気に襲われながら、真結は手を振った。
(じゃあ、またね……添花)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

処理中です...