蓮の呼び声

こま

文字の大きさ
31 / 84
6章 望郷

6_②

しおりを挟む
 話す間に少しずつ人の形を取り戻し、闇色の姿も声色も落ち着いてきている。仕えた澄詞の最期を聞いて何かが消化されたとしても、やはり規白の恨みの濃さは腑に落ちない。奉じ物の転売に怒っているのか、身代わりにされたことを怒っているのか。いずれにせよ、暗殺者を追いかけるのは筋違いだ。
(もう少し話を聞いてみてもいいかな。事の真偽を見極めるにも、まだ情報が足りない)
 足を踏み入れた白扇の町は、湿地にいくつか大きな岩盤が盛り上がっていて、そこに建物を建てていた。それぞれに階段が彫られており、中には橋で岩盤同士を繋いだ所もある。添花の故郷、蓮橋と景観が似ていた。
「水芭蕉か」
 花を見て声に出すことで、ちらつく故郷を頭から追い出した。なかなかいい時期に来たらしく、群生する花は七分咲きといったところだ。上から見渡せばさぞ綺麗だろう。特別に花が好きなわけではなくても見てみたくなり、一番高い岩盤を目指して歩く。添花の行く方に、規白は意外と素直について来る。階段を上りきると理由がわかった。
「奴は……あの中に、いる」
 そこに建っていたのは大きな宿。なるほど、暗殺者が滞在している場所に近付いていたのだ。寝床を確保するには良い頃合いなので、添花は宿に入ってみることにした。
「すみません、空いている部屋はありますか?」
 受付に常駐する人員がいて、すぐに空き部屋を確認する。
「いらっしゃい。……お客さん、運がいいね。一階の角が空いてるよ。一人部屋だけど、連れはいないかい?」
「はい」
 通された部屋は、窓が大きく作られていて明るい。二階や三階ほど人気はない位置だと言うが、町を見渡せる。
 白扇の屋根瓦は灰みの青で、蓮橋の青に近い。今度は故郷の景色を振り払えず、花を楽しむ余裕がなくなった。添花は窓に背を向ける。
「あんた、さっきの話からすると、自分を身代わりにした同僚が仇になるんじゃないの?」
「そうだ、暗殺の依頼者は澄詞の遺族……彼らを恨んではいない」
「じゃあ、なんで暗殺者のほうを追いかけてるわけ」
 悪霊になりきっていないと見たが、もしや同僚は既に呪い殺したのだろうか。
「あいつは……間違いに気付いた暗殺者に、もう殺された。俺を身代わりにしてまで、生きようとしたくせに……この世に残らず、消えたんだ」
 黒い商売に手を染めるうち、殺される覚悟を決めていたというわけか。大した度胸の仇だが、それでは規白の感情に行き場がない。
「そいつの行き先が、地獄だといいけど」
 添花は地獄も極楽もあるものかと思っている。ただ非道な者に相応の罰が下ればいいと、つい口走った。何気ない一言に、規白の闇が少し薄らぐ。
「そうだといいな……しかし」
 途切れがちな暗い口調はそのままで、目も妖しく光っている。普通の霊に戻るには、まだ恨みが強すぎるらしい。
「憎む対象を失い、この世にはもう何も……ないはずなのに、あの世に行けずにいる。奴を恨むことでしか、俺は……俺の存在を認められないんだ」
(なるほど。ただ愚痴を聞くだけじゃ、成仏するのは無理だね)
 彼が霊としてこの世に留まった要因は恨みだった。仇がいなくなっても感情は消えず、今は使命感に近い形で暗殺者を恨もうとしている。生来の真面目な気質がそうさせていると見えた。
「悪霊になりかけって言っても、恨むのは義務じゃないんだよ」
「心の中の……ほとんどが、恨みの感情になってみろ。誰を睨むか、そんなことばかり考えてしまう。それに、殺しを対価に金を得る奴なんて、屑に決まっている」
(やっぱり、私と話しても埒が明かない。暗殺者と接触できれば何か変わるかな)
「その人、仕事でこの町にいるの?」
「いや、奴は、属していた組織を抜け……今は追われている」
 規白の件での失敗がばれて、立場が危うくなったのかもしれない。
「追われてるんじゃ、のんびりできないか。警戒されないように、何とか話せれば……」
「奴は、白緑龍を修めた者らしい。お前は同じ三大龍派の出なんだろう、何か、問題があるか?」
 つけまわしていただけあって、規白は暗殺者の情報を心得ていた。三大龍派の内情までは知らないか、と添花は困った顔をする。
「その道場と私の所は仲が悪くてね。ちょっと関わりにくいんだ」
 世に聞こえる三大龍派の起こりは、竜と戦う力を求めた青藍龍だ。そこから竜との共存を目指して赤暁龍が、竜の生態を研究しようと白緑龍が分かれた。変遷を経て、現在では三道場とも和解したことになっている。水面下では、どうしてもぎくしゃくするところがあった。
「ああ、一般には仲良しと思われてるなら大丈夫か。周りだけ、何とか誤摩化せないかな」
「……奴の名は、松成。人の多い所で話し掛ければ、逃げにくいだろう」
「そっか、その手があった。知り合いの振りをすればいいんだ。用件がわかれば、或いは……うん、何とかなりそうだね」
 松成の人物像がまだ分からないので、不用意な発言は控えた。規白に対して罪の意識があれば、添花を通して関わることで、姿が見えるようになるのではと考えたのだ。人が多い場所に松成が出るのは夕飯の時間、すべて分かるのはその時だ。
「ああ、勘違いのないように言っておくけど。私は仇討ちなんかしないよ。あんたのことを松成って人に話して、どうしたら成仏できるか相談してみる。それでいいよね」
「……わかった」
 会った頃と比べると、規白は人の話を聞くようになった。少し普通の霊に近付いたなら、まだ成仏する希望はある。やはり、添花は霊を放っておけないのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...