蓮の呼び声

こま

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【本編後】蓮が咲いたら

岩龍地区へ 3

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 思ったより早く話が済んだので、そんなには宍戸を待たせていない。宿泊に使う部屋を確かめて、すぐに彼の待つ第六修練室に向かう。変に焦らすようなことは避けたい。
 というのも、かつて半身の添花は宍戸と何とも言えない関係だったのだ。気があるのやらないのやら、駆け引きのようなことをしていた。今はそういう気分ではない。
「宍戸、お待たせ。意外と早く済んだよ」
「……ああ、添花。なんだろ、顔はそうなんだけど……すごく雰囲気が違うな?」
「色々あってね。その辺のことも、ちょっと話そう」
 処遇も決まった事だから、添花の身に起きたあれこれは多少は話しても構わないと言われている。しかし場所は移さない方がいい。添花はそのまま修練室の床にあぐらをかいて、少し考えると苦笑いした。
「前はこんな座り方しなかったか。簡単に言うとさ、私しばらく魂が割れてたんだよね。この地区に落っこちてたのは私の半分」
「魂割れ……そんなこと、本当に起こるのか」
 疑いの言葉がこぼれても、否定まではできないようだ。宍戸は町の外に倒れていた添花が拾われてきた当時を見ている。何も持っていない割には綺麗に怪我なく居たので、不可思議な人と思った。
「鷸族の語りを元に、ここで研究してるでしょ。実例は少ないけど。そこからの生還っていうと、どうやら私が初めてみたい」
 その過程で自分とはいえ人に針を向けたこと、その償いとして白緑龍の研究に協力することをかいつまんで話す。
「そうか、魂って割れちまうもんなんだ。どうにもならない何かに、ぶち当たった時……」
「割れそうな人を見たことあるの?」
「うん、可愛がってくれた準師範がな……行方不明になってさ、もう何年も経つ……この前、やっと帰ってきた」
 魂が割れた末に、帰っても消えてしまったのだろうか。帰った時には話せる状態ではなかったのだろうか。宍戸の声は暗い。
 まさか。鼓動が痛いこの感じを覚えている。
「私、その人のこと知ってるかな」
「いや、松成さんが居なくなった後だからなあ、添花が来たの」
「松成さん!?……って、飛竜便で帰ってきた? 白扇から?」
 同名の別人ということもあり得る。でも、白緑龍の手練れで最近帰ったなんて。つい声が大きくなった添花は身を乗り出している。宍戸は訝しげに表情を歪めた。
「どうして知ってるんだ」
「たまたま、もう半分の私が松成さんに会って。その次の日だったんだ、松成さんが亡くなったの。だからあんまり詳しい事は分かんない」
 彼が針を人に向けていた事実は伏せた。こうして慕う門下生がいるのに、わざわざ名誉を貶める必要があるだろうか。添花が聞いた松成の旅を知れば、きっと宍戸は傷つく。
「そうだ、確か松成さんの知人が飛竜を呼びに行ってくれたって。添花だったのか?」
「うん……まあ、そうなんだけど。他の人に言いふらさないでね。なんでどうしてって色んな人に聞かれるの嫌だからさ」
 この話を繰り返すうちにボロが出そうだし、魂割れは弱さが招いた事態だからぺらぺら話したくない。それなりに親しい宍戸だから明かした。
「それで、松成さんの……お墓って?」
 自分の口から出た言葉を、添花は驚きを持って聞いた。ごく普通の話の流れだから、宍戸は自然に答える。
「灰簾(かいれん)の区画にあるよ。行く?」
「うん」
 つい最近まで、自ら墓参りに行こうなんて考えなかった。松成の場合は帰れたことを目で確かめたいのもあるが、今「その人に会う」気持ちで歩くのが不思議な気分だ。世間一般の墓参りはこういうものなのだろうか。
 岩龍地区の墓地はぐるりを町に囲まれている。面積が限られているから、生まれた家や嫁ぎ先の墓石に名前を刻みつけていく。他の地区より墓石は大きく、名前は小さい。
「おかえり……松成さん」
 手を合わせてこぼれる言葉にまた驚く。彼の魂には会っていないのに、石の下の灰に向かってこんなこと、聞こえるわけが。
「ありがとう」
「ありがとう」
「え?」
 宍戸の礼に、もうひとつ声が重なって聞こえた。振り向くと、奥歯を噛み締めた宍戸の後ろに霊の姿。
「きちんと家の墓に埋葬はされたけど、松成さんは竜殺しの疑いがかかってたんだ。親友の敵討ちをするって町を出て……だから供えてある中に、松成さんの家族からの花はない。きっと寂しいと思うんだ。添花が来てくれて良かった」
「あ……うん。ねえ宍戸、後ろ」
「竜を殺した証拠があるわけじゃない。花くらい供えたらいいのに。代々道場で実績残してる家だからって変なところ堅いんだよな」
 熱くなると人の話を聞かないから、宍戸は振り向かない。霊はくすりと笑った。
「我が家は研究で大成する者が多いからな、私のように実戦で立場を得ても喜ばれないのだ」
 宍戸も少しは見える質だ、霊の手は肩に触れられる。それでやっと気付いて、手の主のほうへ首を回した。
「松成……さん」
「ふたりが知り合いだとはな。世間は狭く、縁は深いものだ」
 涙を流さないよう堪えたら、宍戸は何も言えなくなる。その間に松成は添花と目を合わせた。
「勝手に故郷に帰しちゃったけど、松成さんはこれで良かったんですか」
「もちろん。あの時、添花の呼びかけは聞こえていたが……霊のためなれば無茶をする気がしてな、応えなんだ。誰の頼みでもなく手を尽くしてくれたことには、申し訳なく思うと共に、とても嬉しかった」
「それなら、私も嬉しいです」
 直接会って聞けるとは思わなかった。これで添花の胸のつかえも取れる。
「ふむ、添花もそのように笑えるのだな。何やら気の質が違う……きっと、良い方に」
「はい。私もあのあと帰郷して、幾らか区切りがつきましたから」
 松成と添花の会話を聞いていて、少し落ち着きを取り戻した宍戸は首をかしげた。
「あれ? 添花って見える人だっけ」
「ここにいた時は見えなかったよ。べそかかないで済みそうなら何か話せば? せっかくの機会なんだから」
 からかわれてムッとしたら、ややこしい話はいったん置いておく。もう会えないはずの松成が目の前にいるのだ。
「松成さん……俺、寂しかったし悔しかったんですよ」
「ああ」
「口では止めないでくれって言うのに、背中には止めて欲しいって書いてあった。その両方が本音に見えて、俺はあなたの話を聞くだけで」
 息子に向けるようなまなざしと、父にすがるようなまなざしがぶつかる。松成は静かに頷いて、聞いて貰ったぶんのお返しとばかりに宍戸の話を聞く。
「結局、何も出来ないうちに町を出られちまった。俺はどうすれば良かったんですか? この世に魂を残しているなら、何か心残りがあるんでしょう」
「そろそろ、無いかな。宍戸がその葛藤を抱えたままでは死に切れないと思っていた。添花に礼を言えたらいいと思っていた。あとはもう、友の元へ行くだけだ」
「本当に?」
 心残りなど、ない方がいい。でも、まだ何かあって欲しいと願う気持ちがある。宍戸はやっぱり泣きそうで、光を放ち始めた松成の姿に目を凝らす。
「ああ。お前にも、心強い友がいるから大丈夫だ。ふたりとも、達者でな」
「はい」
 添花は静かに返事をし、宍戸は歯を食いしばって涙を溜めたままにする。空気に溶けるまで松成を見送って、墓地はやがて夕闇に包まれた。
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