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【本編後】蓮が咲いたら
誰そ彼どきから 1
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心強い「友」か。松成にはそう見えたらしい。少し残念な現実が宍戸の涙を拭いてくれた。だいたい、あまり女の前で泣くものじゃない。
「……帰るか」
「そうだね」
元来た道を歩いて黄玉に戻る。その間に交わす言葉は少ないが、やはり宍戸は添花の変貌ぶりが気になる。前はもっと女らしい喋り方をしていたはずだが、今は男まさりというか。意識して変えたなら詰まったり元の口調が出たりしそうだが、当たり前にさっぱりした話し方をする。
時間も時間だし、ふたりで夕飯を食べることにする。衝立で席が仕切られた店を選んだ。一般的に女性が喜びそうな甘味がない所だが、添花はそういうものを好まないはず。
「ほんの何ヶ月ぶりなのに懐かしい気がする」
厨房近い壁には、その日の品揃えが紙に書いて貼ってある。好みの品を探す横顔は、以前より柔和な表情を浮かべていた。
「鶏肉たまごとじ丼にしようかな」
「丼もの割と量あるぞ、大丈夫か?」
他の卓へ運ばれていく料理を見て、添花は自信ありげに頷く。
「うん、あの位なら」
何か麺類を注文しながら、宍戸は目の前の人が添花なのかどうか自信がなくなる。料理を待つ間に雑談する中で、思い切って気になることを聞いてみる。
「魂が元に戻ったら、ここにいた添花はもういないのか?」
問われると分かっていたのか、浮かべる笑みは少し苦い。それは、素直に笑わない以前の添花と同じだった。
「口調まで全然違うもんね。あれも確かに私なんだけど……元はこんな感じだったんだ。猫かぶってたようなものかな」
「猫……少食なフリしてたとか」
「あ、それは本当に食べられなかった。ここにいた私は、腹もそんなに減らなかったな」
その辺りのカラクリは、もっと分析しないとわからないという。魂割れを体験しても、知識が多いのは師範以上の人達だ。それに、ふたつの記憶を整理するのはなかなかに大変らしい。
「表面の性格はさ、もっと女らしくいられたらっていう願望の現れかも」
料理が運ばれてきて、ひとまず箸を手にする。添花は具と米の層を崩さぬよう、並行にした箸ですくうように食べる。ああ、ひとくちの大きさは違うが食べ方は同じだ。
「今はそう望まないんだ?」
頬張った鶏肉たまごとじ丼が飲み込めるまで考えて、これも答えてくれる。
「願望は小さくなった。兄が私に見た、小さな夢を叶えようとしてたから。あれ? 兄がいるって言ったことあったっけ」
「ああ、亡くしたばかりだって聞いた。兄妹で生きてきたから、すごく大事な人だと」
松成の墓前で区切りがついたと言っていたのは、そのことだろうか。前は何かと濁されたり、隠し事も多かった。
「でも、無理に女らしくするのは兄の望みじゃないんだよね。私がいつか嫁に行けるように心配してただけ」
感傷的な表情は変わりない。会話を重ねるほどに宍戸は混乱する。
「だから、そんなに髪を短くしたのか」
「これは地元に残った私が切った長さ。この癖だから、長いと扱いづらいんだよ。こっちの私よく耐えたな」
ちょっと自分を褒めてから、添花の目つきがすいと変わる。妖しげな笑みは、前から宍戸を惹きつけるものだ。
「あなたは半分の私の方が良かった?」
さあ、どう返すのが正解だろう。添花は順調に飯を食べ進め、汁気を含んだ米粒を上手に集めながら器を空に近づけている。どうせ頰を膨らませるなら、怒った顔より今の方が可愛らしい。心配をかけた分の誠意なのか、踏み込んだことをさらりと答えるのは肩すかし。
「意地が悪い。そんな言い方は前と同じだし、俺の気持ちはちゃんと見えてたんだよな」
言ってから、宍戸は自分の揺らぎに気が付く。秘密が多くて、何やら危なっかしい添花に惹かれたのは、心の穴と彼女の闇を重ねたからでは? 大事な人がいなくなって、大事にする人が欲しくて近付いたのかもしれない。
「今度こそ、優先順位の一番の狙いに行こうか」
すっかり変わった、いや元に戻ったはずの添花にも魅力は感じている。胸の高鳴りが本物か否か、宍戸は己の中の一番も確かめたい。
「回りくどい。残り半分の私を見て、いつまでそんなこと言えるだろう。今度は猫なんて被らないからね」
「……帰るか」
「そうだね」
元来た道を歩いて黄玉に戻る。その間に交わす言葉は少ないが、やはり宍戸は添花の変貌ぶりが気になる。前はもっと女らしい喋り方をしていたはずだが、今は男まさりというか。意識して変えたなら詰まったり元の口調が出たりしそうだが、当たり前にさっぱりした話し方をする。
時間も時間だし、ふたりで夕飯を食べることにする。衝立で席が仕切られた店を選んだ。一般的に女性が喜びそうな甘味がない所だが、添花はそういうものを好まないはず。
「ほんの何ヶ月ぶりなのに懐かしい気がする」
厨房近い壁には、その日の品揃えが紙に書いて貼ってある。好みの品を探す横顔は、以前より柔和な表情を浮かべていた。
「鶏肉たまごとじ丼にしようかな」
「丼もの割と量あるぞ、大丈夫か?」
他の卓へ運ばれていく料理を見て、添花は自信ありげに頷く。
「うん、あの位なら」
何か麺類を注文しながら、宍戸は目の前の人が添花なのかどうか自信がなくなる。料理を待つ間に雑談する中で、思い切って気になることを聞いてみる。
「魂が元に戻ったら、ここにいた添花はもういないのか?」
問われると分かっていたのか、浮かべる笑みは少し苦い。それは、素直に笑わない以前の添花と同じだった。
「口調まで全然違うもんね。あれも確かに私なんだけど……元はこんな感じだったんだ。猫かぶってたようなものかな」
「猫……少食なフリしてたとか」
「あ、それは本当に食べられなかった。ここにいた私は、腹もそんなに減らなかったな」
その辺りのカラクリは、もっと分析しないとわからないという。魂割れを体験しても、知識が多いのは師範以上の人達だ。それに、ふたつの記憶を整理するのはなかなかに大変らしい。
「表面の性格はさ、もっと女らしくいられたらっていう願望の現れかも」
料理が運ばれてきて、ひとまず箸を手にする。添花は具と米の層を崩さぬよう、並行にした箸ですくうように食べる。ああ、ひとくちの大きさは違うが食べ方は同じだ。
「今はそう望まないんだ?」
頬張った鶏肉たまごとじ丼が飲み込めるまで考えて、これも答えてくれる。
「願望は小さくなった。兄が私に見た、小さな夢を叶えようとしてたから。あれ? 兄がいるって言ったことあったっけ」
「ああ、亡くしたばかりだって聞いた。兄妹で生きてきたから、すごく大事な人だと」
松成の墓前で区切りがついたと言っていたのは、そのことだろうか。前は何かと濁されたり、隠し事も多かった。
「でも、無理に女らしくするのは兄の望みじゃないんだよね。私がいつか嫁に行けるように心配してただけ」
感傷的な表情は変わりない。会話を重ねるほどに宍戸は混乱する。
「だから、そんなに髪を短くしたのか」
「これは地元に残った私が切った長さ。この癖だから、長いと扱いづらいんだよ。こっちの私よく耐えたな」
ちょっと自分を褒めてから、添花の目つきがすいと変わる。妖しげな笑みは、前から宍戸を惹きつけるものだ。
「あなたは半分の私の方が良かった?」
さあ、どう返すのが正解だろう。添花は順調に飯を食べ進め、汁気を含んだ米粒を上手に集めながら器を空に近づけている。どうせ頰を膨らませるなら、怒った顔より今の方が可愛らしい。心配をかけた分の誠意なのか、踏み込んだことをさらりと答えるのは肩すかし。
「意地が悪い。そんな言い方は前と同じだし、俺の気持ちはちゃんと見えてたんだよな」
言ってから、宍戸は自分の揺らぎに気が付く。秘密が多くて、何やら危なっかしい添花に惹かれたのは、心の穴と彼女の闇を重ねたからでは? 大事な人がいなくなって、大事にする人が欲しくて近付いたのかもしれない。
「今度こそ、優先順位の一番の狙いに行こうか」
すっかり変わった、いや元に戻ったはずの添花にも魅力は感じている。胸の高鳴りが本物か否か、宍戸は己の中の一番も確かめたい。
「回りくどい。残り半分の私を見て、いつまでそんなこと言えるだろう。今度は猫なんて被らないからね」
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