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【本編後】蓮が咲いたら
誰そ彼どきから 2
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師範や医師に協力して魂の経過観察をする中で、添花と宍戸は何度か会った。他の門下生も一緒の場合もあれば、ふたりきりの場合もある。
だいたいの人は添花の食べっぷりに驚く。以前は霞を食って生きているのかというほど少食だったし、具合が悪いと言って部屋に引っ込むことが多かった。
「当然、元に戻ってからは体が煙になってしまうこともないのでしょうね?」
「ええ。あれをだいたい思い通りに抑えるのは大変でした。当時は具合悪いって隠れてばかりで、病弱な人みたいになってましたね」
大師範の問いに受け答えする態度は、丁寧で明るい。愛想がいいわけではないけれど、相手による落差が小さいように感じる。添花のそうした様子を見ていて、宍戸は一層気持ちが揺れる。新鮮な表情をもっと見たいと思うのに、他の人にも見せているのが面白くない。だから、会話の内容が聞こえるほど近くには寄らず通り過ぎた。近くに行ったら話を途中でやめて、その他大勢の門下生に聞こえていい内容を話し出すのだろう。
人の耳が遠いのを確かめて、大師範は話を続ける。
「傷を負った時は、煙の方が楽だったそうですね。治癒が早まるのだろうか……はじめは、縫うような深さだったの?」
「そうですね、ぎりぎり腱は無事という所です。煙になったり戻ったりを繰り返すうちに、本気できつく包帯巻けばいいかな、くらいに」
「その時、何を考えていました?」
「なんでしょうね。頭の中は常にほとんど、私こそが添花なのにって思いで埋まってましたから」
「ふむ……戻りたい己の姿を強く描いたことが、傷に作用した? 恨みに助けられたのやもしれませんね。肉体の傷は不十分な手当てでは悪くなる。いや……肉体ならばそうでしょうが、霊体と仮定すれば」
考え事が口から垂れ流しになっているので、添花は少し周りを気にした。それで大師範も場所を移す気になり、できたての仮説を話すために師範を集めると言い出した。
添花が師範を呼びに道場を走り回っている途中、宍戸はまた一緒に食事をする予定をとりつけた。機を見て誘っているのもあるが、一度も断られないのはなぜだろう。好意的な答えを期待して、食事の時に聞いてみた。
「いつも誘うと乗ってくれるよな」
「黄玉じゃ、他に誘ってくる人いないし」
半分の私の方が良かったかと問われた時以来、添花は以前のような顔を見せない。気がありそうな言葉でからかうとか、ふと目があった瞬間に微笑むとか。今のさっぱりした物言いも心地よいと感じつつ、宍戸はしきりに自分の顎をなでる。色恋の駆け引きと違う感覚の正体を探っていた。
「針気功に熱中してて、あんま他の人と関わらなかったもんな。抜け出す前くらいには少し打ち解けてたから、誰かに取られやしないかと焦ったもんだ」
「……これだから、ちゃんと向き合っておかないと色々すっきりしない」
首を傾けて上目遣いに見つめてくる顔が好きだった。曲がっているからこそ、正面を知りたくなるから。今の添花は向かい合わせの席につき、背筋を伸ばしてまっすぐ宍戸の目を捉えている。
「ごめん。あの時の私は誰かが認めていてくれないと消えそうで……怖かったんだ。ちょうど近くにいたから、宍戸を頼りにした」
隠して置いたっていいのに、苦しそうに半分の魂を語る。宍戸にとってはその誠意がかえって辛い。少しくらい仕返しをしても、いいか。
「そんなだから、兄貴に心配されちまうんだ。元の添花は不器用なんだな。思い出は精算するもんじゃないし、簡単にできないって覚えとけよ」
「べつに、そんなつもりは」
「すっきりしたいんだろ」
虚勢を張っても弱い面のある添花を、守ってみたかった。誰かを一心に恨む激情が自分への好意に変わったら面白いと思っていた。今の態度からすると、どうやらどちらも叶わない。
「宍戸をすっきりさせたいんだよ。それには、今の私としていなくちゃ」
「わかってる、少し困らせたかっただけさ。なんか頑固なところ、あの人に似てるよな」
場所柄、あまり松成の名前を大きな声では言えない。宍戸の声は笑っているが、口の端は悲しげに歪む。
「俺もざっくりケリはついてる。あれはあれ、今は今だ。男に甘えるなんて性に合わないんだろ」
「うん。宍戸は甘えてこない女じゃつまらないでしょ」
「そう。あの人の方が俺たちの関係を正しく見てたな」
松成を失って悲しいことも、彼を慕う気持ちも分かってくれる。心強い友がいるから大丈夫だ。そのうち大丈夫になっていくのだ。
一通り研究に必要な情報を提供したら、添花は蓮橋へと帰る。それまでにも何度か宍戸と会ったが、だんだん男友達のようになった。きっと手紙のやりとりなどはしないし、また添花がここへ来たなら甘味のない店で飯を食うのだろう。
だいたいの人は添花の食べっぷりに驚く。以前は霞を食って生きているのかというほど少食だったし、具合が悪いと言って部屋に引っ込むことが多かった。
「当然、元に戻ってからは体が煙になってしまうこともないのでしょうね?」
「ええ。あれをだいたい思い通りに抑えるのは大変でした。当時は具合悪いって隠れてばかりで、病弱な人みたいになってましたね」
大師範の問いに受け答えする態度は、丁寧で明るい。愛想がいいわけではないけれど、相手による落差が小さいように感じる。添花のそうした様子を見ていて、宍戸は一層気持ちが揺れる。新鮮な表情をもっと見たいと思うのに、他の人にも見せているのが面白くない。だから、会話の内容が聞こえるほど近くには寄らず通り過ぎた。近くに行ったら話を途中でやめて、その他大勢の門下生に聞こえていい内容を話し出すのだろう。
人の耳が遠いのを確かめて、大師範は話を続ける。
「傷を負った時は、煙の方が楽だったそうですね。治癒が早まるのだろうか……はじめは、縫うような深さだったの?」
「そうですね、ぎりぎり腱は無事という所です。煙になったり戻ったりを繰り返すうちに、本気できつく包帯巻けばいいかな、くらいに」
「その時、何を考えていました?」
「なんでしょうね。頭の中は常にほとんど、私こそが添花なのにって思いで埋まってましたから」
「ふむ……戻りたい己の姿を強く描いたことが、傷に作用した? 恨みに助けられたのやもしれませんね。肉体の傷は不十分な手当てでは悪くなる。いや……肉体ならばそうでしょうが、霊体と仮定すれば」
考え事が口から垂れ流しになっているので、添花は少し周りを気にした。それで大師範も場所を移す気になり、できたての仮説を話すために師範を集めると言い出した。
添花が師範を呼びに道場を走り回っている途中、宍戸はまた一緒に食事をする予定をとりつけた。機を見て誘っているのもあるが、一度も断られないのはなぜだろう。好意的な答えを期待して、食事の時に聞いてみた。
「いつも誘うと乗ってくれるよな」
「黄玉じゃ、他に誘ってくる人いないし」
半分の私の方が良かったかと問われた時以来、添花は以前のような顔を見せない。気がありそうな言葉でからかうとか、ふと目があった瞬間に微笑むとか。今のさっぱりした物言いも心地よいと感じつつ、宍戸はしきりに自分の顎をなでる。色恋の駆け引きと違う感覚の正体を探っていた。
「針気功に熱中してて、あんま他の人と関わらなかったもんな。抜け出す前くらいには少し打ち解けてたから、誰かに取られやしないかと焦ったもんだ」
「……これだから、ちゃんと向き合っておかないと色々すっきりしない」
首を傾けて上目遣いに見つめてくる顔が好きだった。曲がっているからこそ、正面を知りたくなるから。今の添花は向かい合わせの席につき、背筋を伸ばしてまっすぐ宍戸の目を捉えている。
「ごめん。あの時の私は誰かが認めていてくれないと消えそうで……怖かったんだ。ちょうど近くにいたから、宍戸を頼りにした」
隠して置いたっていいのに、苦しそうに半分の魂を語る。宍戸にとってはその誠意がかえって辛い。少しくらい仕返しをしても、いいか。
「そんなだから、兄貴に心配されちまうんだ。元の添花は不器用なんだな。思い出は精算するもんじゃないし、簡単にできないって覚えとけよ」
「べつに、そんなつもりは」
「すっきりしたいんだろ」
虚勢を張っても弱い面のある添花を、守ってみたかった。誰かを一心に恨む激情が自分への好意に変わったら面白いと思っていた。今の態度からすると、どうやらどちらも叶わない。
「宍戸をすっきりさせたいんだよ。それには、今の私としていなくちゃ」
「わかってる、少し困らせたかっただけさ。なんか頑固なところ、あの人に似てるよな」
場所柄、あまり松成の名前を大きな声では言えない。宍戸の声は笑っているが、口の端は悲しげに歪む。
「俺もざっくりケリはついてる。あれはあれ、今は今だ。男に甘えるなんて性に合わないんだろ」
「うん。宍戸は甘えてこない女じゃつまらないでしょ」
「そう。あの人の方が俺たちの関係を正しく見てたな」
松成を失って悲しいことも、彼を慕う気持ちも分かってくれる。心強い友がいるから大丈夫だ。そのうち大丈夫になっていくのだ。
一通り研究に必要な情報を提供したら、添花は蓮橋へと帰る。それまでにも何度か宍戸と会ったが、だんだん男友達のようになった。きっと手紙のやりとりなどはしないし、また添花がここへ来たなら甘味のない店で飯を食うのだろう。
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