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【本編後】蓮が咲いたら
おかえり参り
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夏の真ん中に墓参りをする。故郷を留守にしていた間は紅龍の両親が花を手向け、手を合わせたという。
地域や家庭によって色々な風習があるが、蓮橋では最後の蓮の花が散って三十日経つと、故人の魂が三日間帰ると言われている。命日などとは別に、このときに墓参りをする。
今年は花が遅かったから、おかえり参りの時期も遅くなる。およその日を推し量って、紅龍の母が添花に手紙を送ってくれていた。白緑龍でやるべき事を片付けて発つ添花は、帰郷の道を急ぐ。着く頃には晩夏で暑かったから、伸びた髪が汗で首筋に張り付いていた。
「おかえりなさい。今年は戻るって言うから、待ってたんだけど……」
蓮橋ではまず、紅龍の家に挨拶しに行く。迎えてくれた紅龍の母・映は、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「水芳地区でけっこう雨に降られて、遅くなっちゃった。待たせてごめんなさい」
「ううん、私と辰砂は先に手を合わせてきたわ。紅龍は添花と行くって」
お花は昨日そなえたばかりだから、水だけ替えれば大丈夫。そうなんだ、ありがとう。映と添花の会話は親子のようで、微笑ましい。先に帰郷していた紅龍は、家の中でその声を聞くともなく聞いていた。
「今年は紅も帰ってきたんだね」
玄関から幼なじみの呼び名が聞こえると、のんびり立ち上がって顔を出しにいく。
「お帰り、添花」
「うん、ただいま」
この夏の墓参りは、故人も喜ぶものになりそうだ。
霊魂が見える添花は、墓の下にも辺りの空気にも魂が帰って来ないことを知っている。だから、墓参りが嫌いだった。
「言ったからには帰ると思ったけど、それでも意外だったな。この時期に帰ってくるなんて」
「ああ、そうだろうね」
共同墓地までの道を歩きながら紅龍が言うことに、添花はあっさり返事をする。彼は、添花の墓参り嫌いを知っている。
「気持ちにケリがついたってのも、ある。郷に入っては何とやらとも言うし、少しは人並みの行動しようと思って」
添花はこんな風に、故郷に対して自分は浮いた存在だと示すことがある。帰る場所だと思っているはずなのに、長年染み付いた言い方はなかなか変わらない。霊が見えるのを隠していた頃は、いつ追い出されてもいいように心の準備をしていたのだ。
「まあ、大人になったんだなあ、俺達も」
癖に自覚のない幼なじみから目線を外して、紅龍は目指す墓地を見た。
手を合わせるのは、添花の家族の墓だ。家族ぐるみの付き合いがあったから、紅龍一家も毎年ここへ来ていた。
しゃがんで合わせた手のひらより、日に照らされる手の甲が熱い。頬や首筋がじりじりする。添花はこれまで、瞼の裏に故人を浮かべることはしなかった。でも今年は勝手に、頭の片隅を思い出が駆けていく。
「……なんか、今年は長かったな?」
先に目を開いた紅龍は、つい本音をこぼした。いつもは、添花がずっと早く手を合わすのをやめているのだ。
「そうかな」
首を傾げながら、確かに長かったとも思う。少し考えると理由がわかってきた。前の命日ごろ、久々にここへ来てから、だんだん考え方が変化していたのだ。松成の墓参りを経て、それは確かなものになった。
「前に、言ったよね。墓の下に魂はないから、何を祈ればいいか分からないって。今もそれは同じなんだけど」
指先で墓石の輪郭をなぞる。ざらりとした石は、長い年月をかけてすり減っていくだろう。手を離すと同時に立ち上がる。
「ここは誰それの墓だって石を置くのは、遺された人のためだけじゃなくて……亡くなった人のための、目印なのかもって思うようになったんだ。自分を想って手を合わす人が見つかるように。変かな」
紅龍を振り返り浮かべる笑みは、いくらか痛みをたたえていた。
「変じゃないよ。でも、魂は……」
「うん。ない。夏に帰る魂が、私達を見てるとしても」
うつむくと、髪が表情を隠す。
「もう私からは見えないんだね。そういうものなんだよ、きっと」
両親は六つの時に亡くしたし、兄の魂を見送ったのは今年のこと。成仏してしまった魂は、毎年来るこの三日間でも見えた事がない。偲ぶ気持ちが生んだ習慣であり、魂が帰るなど幻想なのかもしれなかった。
「遠くから私達を見てる。ってことにして、いつも元気にここへ来ればいい」
割り切れたような、割り切れないような声色だ。
(大丈夫。こうして、今を受け入れていくから)
「ね」
空を仰ぎたい気分だが、なんとなくやめた。魂を探さず、帰途につこうと紅龍を促す。添花はもう歩き出している。
照りつける太陽が雲の陰影を濃くしていた。明るい所はより白く、暗い所は雨を蓄えたように。空の色は涼やかなのに、空気は熱い。
何度も見てきた夏の空は、肌の感覚から鮮明に想像できる。見た事のない夏の魂をその向こうに思い浮かべて、紅龍も道へ踏み出した。いつまでも背中を追うばかりではいない。足跡がふたつ並んで、蓮橋へと帰っていった。
地域や家庭によって色々な風習があるが、蓮橋では最後の蓮の花が散って三十日経つと、故人の魂が三日間帰ると言われている。命日などとは別に、このときに墓参りをする。
今年は花が遅かったから、おかえり参りの時期も遅くなる。およその日を推し量って、紅龍の母が添花に手紙を送ってくれていた。白緑龍でやるべき事を片付けて発つ添花は、帰郷の道を急ぐ。着く頃には晩夏で暑かったから、伸びた髪が汗で首筋に張り付いていた。
「おかえりなさい。今年は戻るって言うから、待ってたんだけど……」
蓮橋ではまず、紅龍の家に挨拶しに行く。迎えてくれた紅龍の母・映は、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「水芳地区でけっこう雨に降られて、遅くなっちゃった。待たせてごめんなさい」
「ううん、私と辰砂は先に手を合わせてきたわ。紅龍は添花と行くって」
お花は昨日そなえたばかりだから、水だけ替えれば大丈夫。そうなんだ、ありがとう。映と添花の会話は親子のようで、微笑ましい。先に帰郷していた紅龍は、家の中でその声を聞くともなく聞いていた。
「今年は紅も帰ってきたんだね」
玄関から幼なじみの呼び名が聞こえると、のんびり立ち上がって顔を出しにいく。
「お帰り、添花」
「うん、ただいま」
この夏の墓参りは、故人も喜ぶものになりそうだ。
霊魂が見える添花は、墓の下にも辺りの空気にも魂が帰って来ないことを知っている。だから、墓参りが嫌いだった。
「言ったからには帰ると思ったけど、それでも意外だったな。この時期に帰ってくるなんて」
「ああ、そうだろうね」
共同墓地までの道を歩きながら紅龍が言うことに、添花はあっさり返事をする。彼は、添花の墓参り嫌いを知っている。
「気持ちにケリがついたってのも、ある。郷に入っては何とやらとも言うし、少しは人並みの行動しようと思って」
添花はこんな風に、故郷に対して自分は浮いた存在だと示すことがある。帰る場所だと思っているはずなのに、長年染み付いた言い方はなかなか変わらない。霊が見えるのを隠していた頃は、いつ追い出されてもいいように心の準備をしていたのだ。
「まあ、大人になったんだなあ、俺達も」
癖に自覚のない幼なじみから目線を外して、紅龍は目指す墓地を見た。
手を合わせるのは、添花の家族の墓だ。家族ぐるみの付き合いがあったから、紅龍一家も毎年ここへ来ていた。
しゃがんで合わせた手のひらより、日に照らされる手の甲が熱い。頬や首筋がじりじりする。添花はこれまで、瞼の裏に故人を浮かべることはしなかった。でも今年は勝手に、頭の片隅を思い出が駆けていく。
「……なんか、今年は長かったな?」
先に目を開いた紅龍は、つい本音をこぼした。いつもは、添花がずっと早く手を合わすのをやめているのだ。
「そうかな」
首を傾げながら、確かに長かったとも思う。少し考えると理由がわかってきた。前の命日ごろ、久々にここへ来てから、だんだん考え方が変化していたのだ。松成の墓参りを経て、それは確かなものになった。
「前に、言ったよね。墓の下に魂はないから、何を祈ればいいか分からないって。今もそれは同じなんだけど」
指先で墓石の輪郭をなぞる。ざらりとした石は、長い年月をかけてすり減っていくだろう。手を離すと同時に立ち上がる。
「ここは誰それの墓だって石を置くのは、遺された人のためだけじゃなくて……亡くなった人のための、目印なのかもって思うようになったんだ。自分を想って手を合わす人が見つかるように。変かな」
紅龍を振り返り浮かべる笑みは、いくらか痛みをたたえていた。
「変じゃないよ。でも、魂は……」
「うん。ない。夏に帰る魂が、私達を見てるとしても」
うつむくと、髪が表情を隠す。
「もう私からは見えないんだね。そういうものなんだよ、きっと」
両親は六つの時に亡くしたし、兄の魂を見送ったのは今年のこと。成仏してしまった魂は、毎年来るこの三日間でも見えた事がない。偲ぶ気持ちが生んだ習慣であり、魂が帰るなど幻想なのかもしれなかった。
「遠くから私達を見てる。ってことにして、いつも元気にここへ来ればいい」
割り切れたような、割り切れないような声色だ。
(大丈夫。こうして、今を受け入れていくから)
「ね」
空を仰ぎたい気分だが、なんとなくやめた。魂を探さず、帰途につこうと紅龍を促す。添花はもう歩き出している。
照りつける太陽が雲の陰影を濃くしていた。明るい所はより白く、暗い所は雨を蓄えたように。空の色は涼やかなのに、空気は熱い。
何度も見てきた夏の空は、肌の感覚から鮮明に想像できる。見た事のない夏の魂をその向こうに思い浮かべて、紅龍も道へ踏み出した。いつまでも背中を追うばかりではいない。足跡がふたつ並んで、蓮橋へと帰っていった。
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