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【本編後】蓮が咲いたら
赤と青と緑と 1
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笹熊での護衛依頼から帰り、添花は帯章を手に入れたらしい。そうなると単独で依頼を引き受けることもあるから、不在が多くなる。紅龍は彼女を心配して手紙を送るものの、本人にではなく両親への手紙に添花は元気かと書き添えた。
「お? 添花ちゃんに手紙書いてんのか」
「違うよ、いつも通り両親に。年末は帰ることにしたから……雄人、本当に〈ちゃん〉つけるのやめないと嫌われるぞ」
「わーかってるよ、本人には言わない。ふざけた時しか」
これまでさっぱり帰らなかったのに、夏前に一度帰ってから家が恋しいのかと馬鹿にする人もいる。しかし、大半は竜の紅蓮の訓練を兼ねているのを知っている。一部の者は赤と青の大師範をつなぐ役割として紅龍を重宝した。この二道場は元より上手く仲を保っているが、緑が不仲だった青に近づいて来たとなれば結びつきを強めておきたいのだ。他にも事情があるから、いつの間にやら紅龍の立場は複雑になった。明日も鍛錬の後に大師範に呼ばれている。
「どうしたもんかな……」
手紙を書き終えて、雄人が去った後にひとりぼやく。以前であれば言葉の通り迷っていたが、頭の中ではやるべきことが列挙できる。これなら何とかなるかもしれない。
一度でも紅蓮を故郷に連れて行ったからか、紅龍との信頼がまた深まったようだ。人竜一体の飛行で狭い場所も難なく通り抜ける。入門からの期間を考えると、他に類を見ないほど息が合っている。
「紅龍、お前そろそろ他の竜にも乗れるんじゃないか」
大師範の話とは、どうやらこのことらしい。呼び出された応接間で、紅龍は少し唇を噛む。
入門したての頃は、優しい性格が災いして竜を手懐けることが出来なかった。上下関係をはっきりして言うことを聞かせる、というのがどうも苦手なのだ。紅蓮は育児放棄された孤児竜で、元は野生だ。気性が荒く手が付けられなかった。あえて赤暁龍道場のやり方に馴染めない紅龍に預けた結果、兄弟のような信頼を積み重ねてきている。
「身体のでかい紅蓮に乗ってるから、他の竜からの見え方も変わったとは思います。入門当初よりは乗せてくれるでしょう。でも、紅蓮が何て言うか」
「紅蓮にも他の竜使いを乗せてみようと思う。竜の寿命は長い、いつまでも専任というわけにはいかんのだ。お前には青の道場という選択肢もあるわけだし。まあ本音、ゆくゆく竜使いの指導に回って欲しいがな」
新しい関係構築と、古くからのやり方と。両方出来るようになれば、紅龍は優秀な人材だ。
「それは気の早い話じゃないですか?」
「ゆくゆくだ、ゆくゆく。経験はこれから積める。蓮橋で気の強い嫁を貰ったら、連れてかれちまいそうなんでな。先回りすることにした」
「嫁貰う予定こそないけど……分かりました。紅蓮とも話してみます」
他の竜にも乗って、道場のやり方を覚えること。紅蓮の気持ちを汲み取りながら、ここで生きるか野生に帰すか考えていくこと。帰郷した時は青藍龍の鍛錬に参加する。自分がどうなりたいかを追求するが、紅蓮を育てた責任は絶対に放棄しない。もう家庭があってもおかしくない年齢なのに、将来像はぼんやりしている。
まずはやるべきことをひとつずつやっていこう。ぴんと伸ばした背筋を見ながら、大師範ほか何人かは首を傾げた。あの幼馴染みは嫁になる予定じゃないのか?
外部から竜鱗に来ている門下生が帰郷する年末までの間、紅龍は他の竜に、紅蓮は他の竜使いに慣れる訓練をしてみた。前者は想定より順調で、師範達の見立てでは「以前は自信のなさがばれていた」とのこと。どうやら、紅龍についた自信は本物らしい。
紅蓮も、人を選ぶが少しずつ他の竜使いに慣れていく。相手の性格というよりは、相手と紅龍の関係を見て認めるか否かを決めているようだ。今のところ、背に乗せて飛んだのは雄人だけ。
訓練の後は、必ず紅龍が紅蓮を竜舎に連れていく。餌をやったり洗ったり、なんとなく話したり。いつもより寂しい思いをさせているはずだから構ってやりたい。
「……なあ、紅蓮。お前、山に帰りたいと思ったことあるか?」
「ギャァ」
竜は人の言葉を話せないし、人は竜の言葉を知らない。それでも自分の言葉に気持ちは乗ると信じているから、紅龍はよく紅蓮に話しかけた。返ってくるのは甘えたような鳴き声で、少し遠い目をしてから相棒に頬擦り。たぶん、山に帰りたいと思ったことはない。
「ちょっとまだ早かったか」
当たり前といえばそうだ。この子は山に暮らした記憶がほとんどない。抱っこ出来るような赤ちゃんのうちから竜鱗にいる。身体は他の飛竜の成体より大きくなったが、まだ子どもなのだ。紅龍と一緒にいられるならいい、と言われた気がする。
とはいえ、この調子だとそのうち入れる寝床がなくなってしまう。身の振り方は早いうちから考えておきたい。もちろん、ふたりで。
「年末の蓮橋は山からの吹き下ろしで乾燥する。寒さに気をつければ、夏よりは良いと思うんだ。また一緒に行こうな」
「フギャ」
大きな飛竜を飼育した記録を調べたり、竜鱗以外にいる竜の分布を改めて勉強したり。帰郷までに紅龍がやることは増えたが、おかげで良いことを思い付いた。これが実現可能かどうか、竜鱗にも蓮橋にも暮らした父に知恵を借りようと思う。
「お? 添花ちゃんに手紙書いてんのか」
「違うよ、いつも通り両親に。年末は帰ることにしたから……雄人、本当に〈ちゃん〉つけるのやめないと嫌われるぞ」
「わーかってるよ、本人には言わない。ふざけた時しか」
これまでさっぱり帰らなかったのに、夏前に一度帰ってから家が恋しいのかと馬鹿にする人もいる。しかし、大半は竜の紅蓮の訓練を兼ねているのを知っている。一部の者は赤と青の大師範をつなぐ役割として紅龍を重宝した。この二道場は元より上手く仲を保っているが、緑が不仲だった青に近づいて来たとなれば結びつきを強めておきたいのだ。他にも事情があるから、いつの間にやら紅龍の立場は複雑になった。明日も鍛錬の後に大師範に呼ばれている。
「どうしたもんかな……」
手紙を書き終えて、雄人が去った後にひとりぼやく。以前であれば言葉の通り迷っていたが、頭の中ではやるべきことが列挙できる。これなら何とかなるかもしれない。
一度でも紅蓮を故郷に連れて行ったからか、紅龍との信頼がまた深まったようだ。人竜一体の飛行で狭い場所も難なく通り抜ける。入門からの期間を考えると、他に類を見ないほど息が合っている。
「紅龍、お前そろそろ他の竜にも乗れるんじゃないか」
大師範の話とは、どうやらこのことらしい。呼び出された応接間で、紅龍は少し唇を噛む。
入門したての頃は、優しい性格が災いして竜を手懐けることが出来なかった。上下関係をはっきりして言うことを聞かせる、というのがどうも苦手なのだ。紅蓮は育児放棄された孤児竜で、元は野生だ。気性が荒く手が付けられなかった。あえて赤暁龍道場のやり方に馴染めない紅龍に預けた結果、兄弟のような信頼を積み重ねてきている。
「身体のでかい紅蓮に乗ってるから、他の竜からの見え方も変わったとは思います。入門当初よりは乗せてくれるでしょう。でも、紅蓮が何て言うか」
「紅蓮にも他の竜使いを乗せてみようと思う。竜の寿命は長い、いつまでも専任というわけにはいかんのだ。お前には青の道場という選択肢もあるわけだし。まあ本音、ゆくゆく竜使いの指導に回って欲しいがな」
新しい関係構築と、古くからのやり方と。両方出来るようになれば、紅龍は優秀な人材だ。
「それは気の早い話じゃないですか?」
「ゆくゆくだ、ゆくゆく。経験はこれから積める。蓮橋で気の強い嫁を貰ったら、連れてかれちまいそうなんでな。先回りすることにした」
「嫁貰う予定こそないけど……分かりました。紅蓮とも話してみます」
他の竜にも乗って、道場のやり方を覚えること。紅蓮の気持ちを汲み取りながら、ここで生きるか野生に帰すか考えていくこと。帰郷した時は青藍龍の鍛錬に参加する。自分がどうなりたいかを追求するが、紅蓮を育てた責任は絶対に放棄しない。もう家庭があってもおかしくない年齢なのに、将来像はぼんやりしている。
まずはやるべきことをひとつずつやっていこう。ぴんと伸ばした背筋を見ながら、大師範ほか何人かは首を傾げた。あの幼馴染みは嫁になる予定じゃないのか?
外部から竜鱗に来ている門下生が帰郷する年末までの間、紅龍は他の竜に、紅蓮は他の竜使いに慣れる訓練をしてみた。前者は想定より順調で、師範達の見立てでは「以前は自信のなさがばれていた」とのこと。どうやら、紅龍についた自信は本物らしい。
紅蓮も、人を選ぶが少しずつ他の竜使いに慣れていく。相手の性格というよりは、相手と紅龍の関係を見て認めるか否かを決めているようだ。今のところ、背に乗せて飛んだのは雄人だけ。
訓練の後は、必ず紅龍が紅蓮を竜舎に連れていく。餌をやったり洗ったり、なんとなく話したり。いつもより寂しい思いをさせているはずだから構ってやりたい。
「……なあ、紅蓮。お前、山に帰りたいと思ったことあるか?」
「ギャァ」
竜は人の言葉を話せないし、人は竜の言葉を知らない。それでも自分の言葉に気持ちは乗ると信じているから、紅龍はよく紅蓮に話しかけた。返ってくるのは甘えたような鳴き声で、少し遠い目をしてから相棒に頬擦り。たぶん、山に帰りたいと思ったことはない。
「ちょっとまだ早かったか」
当たり前といえばそうだ。この子は山に暮らした記憶がほとんどない。抱っこ出来るような赤ちゃんのうちから竜鱗にいる。身体は他の飛竜の成体より大きくなったが、まだ子どもなのだ。紅龍と一緒にいられるならいい、と言われた気がする。
とはいえ、この調子だとそのうち入れる寝床がなくなってしまう。身の振り方は早いうちから考えておきたい。もちろん、ふたりで。
「年末の蓮橋は山からの吹き下ろしで乾燥する。寒さに気をつければ、夏よりは良いと思うんだ。また一緒に行こうな」
「フギャ」
大きな飛竜を飼育した記録を調べたり、竜鱗以外にいる竜の分布を改めて勉強したり。帰郷までに紅龍がやることは増えたが、おかげで良いことを思い付いた。これが実現可能かどうか、竜鱗にも蓮橋にも暮らした父に知恵を借りようと思う。
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