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【本編後】蓮が咲いたら
花薄荷が咲くだいぶ前に 2
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自信を持つのは簡単ではないが、姿勢を正すくらい。あれから深好は雄人の笑顔に背中を押され、しゃんと歩いてみている。
夕飯時に四人で集まると、卓の両側にふたりずつで席につく。隣の添花より手のひら分ほど背が低いので、深好の背筋はぴんとのびたままだ。
「添花、髪のまとめ方教わったのか?」
「ああ、これ。深好の見て真似した。風が強くてどうしようもないんだもん」
洒落っ気を出して前髪を少し残すなどという美的感覚を持っているわけもなく、今にも顔を洗い出しそうな額の出具合だ。可愛いとも変だとも言わず、気がついたことを述べて事実が返答されるだけ。
「おいおい~、久しぶりに会った男女の会話か? 色気も味気もねえ」
「割と最近会ったからね。道場の依頼、年またいだけど年始のうちに帰れたし」
風のない屋内に入っても、添花は手拭いを取っていない。食事をするにも髪が除けられて良いと思っているのだろう。
紅龍が正面にいると深好はどぎまぎして、目線がうろうろ動いてしまう。会話に入るきっかけを探していることもある。
「……あら、添花さん帯章が付いてる。お仕事だったのね」
「うん。いくつか掛け持ちで、ちょっと長い旅なんだ。紅、私しばらく蓮橋にいないよ。蓮の咲く頃には帰れるかな」
幼馴染みに向けて付け加えるひとことは珍しいもので、紅龍は目を丸くする。それから細める間に、いろいろなことを考えているのが深好にも分かった。汲み取れたのは予定を明かしてくれる安心感くらい。
「俺が帰るのはおかえり参り辺りだ」
「いいな~、俺も蓮橋に行ってみたい」
雄人の目が深好に言う。話題に乗れ! 竜鱗で育ったふたりは他所に行ったことがない。
「気軽に言うけど……遊びで行けるものじゃないわ」
違うそうじゃない、の顔を一瞬見て逸らしながら、深好が言うのは現実だ。
道場でそれなりに出世すれば話は別だが、町の外に出るとは若者にとって大ごと。近年は新婚旅行の他に観光目的の旅が一般化しているとはいえ、出費の大きい娯楽だった。
「願望を言うくらい良いだろ。添花ちゃんの生まれ育った町だぜ」
むず。視界の端で添花の姿勢が少し悪くなる。横顔は形容し難い表情だ。眉間にシワを寄せたいが、雄人がふざけて言ったのも知っている。いちいち突っかかるのも面倒くさい。かといって笑ってやるのはもっと無理。
これまで添花には憧れるばかりで、そばで雑談することは少なかった。人並みに困ったり怒ったりする様子は新鮮だ。紅龍が近くにいたおかげで新たな面が見えたのかもしれない。じゃあ、蓮橋にいる彼女は。
「そうね。紅龍くんと添花ちゃんの町だものね」
「やだ、深好まで。〈ちゃん〉つけるくらいなら呼び捨ててよ」
むず、むず。もっと姿勢が悪くなった添花とは、さっきまでより視線が近い。深好はしかと青い目を見て笑った。
「慣れるまで何度か間違えちゃうと思うわ」
「はは、意外と悪戯っ子だね」
「人見知りだけどねえ、蓋開けると結構おもしろい子なんだわぁ」
「雄人はどういう立場で言ってんだ、それ」
紅龍と添花は幼馴染みで、深好は添花に憧れて、雄人は紅龍の立ち位置を羨ましいと思っている。それはそれとして、ただ歳近い友人としての関係も出来ていく。
腹を満たして寝床へと歩く間も話は尽きなかった。例によって道場に泊まるから、深好と添花は部屋まで一緒だ。
「今日は楽しかったな。珍しく仕事を忘れてはしゃいじゃった」
「前に同僚の人にも言われてたもんね、真面目すぎるって。息抜きしないと大変そうなのに」
添花の言葉は社交辞令ではなく、実感がこもって聞こえた。掘り下げてみると、彼女の兄は病持ちでかなり世話になったらしい。
「怪我でも病でも……例えば回復の見込みがない人にだって、手を尽くしてくれる。お陰で、家族も頑張れたりする。すごい仕事だよ、本当に」
深い感謝と尊敬の念を持って、看人を見て来たのだろう。日々の仕事にバタバタしていると忘れがちだけれど、深好は初心を思い出した。
「そうね。だから私は看人を目指したんだった。小さい頃は病弱だったの」
「じゃあ、なおさら休むの上手になってほしいな。そのうち蓮橋に遊びに来るためにも」
夕飯の時に雄人が言い出したのは、その場を盛り上げるための冗談だと思っていた。添花は本気と半々に受け取ったから、こうして微笑むのだろうか。
「飛竜達を他の町に慣らしてみるのと一緒に、看人もお互いの知識を共有する勉強会があるといいわね。そうしたら、懐さみしくならないで行けるもの」
「合理的だけど、それじゃ結局仕事じゃない?」
「ちょっとした余暇くらいあるわ、きっと。おじさま達って、若い人を交流させたがるでしょう」
「確かに。それとなく提案したら実現できそうだね」
三道場の繋がりを強め、連携をはかる。長年動かなかった関係性を変えるための一石を投じたのは、赤と青に繋がる紅龍だった。先人に教わるだけでなく、今を見つめて若者は動き出している。共に考え、動いていく未来にわくわくする。
一個人としては内気な部類の深好も、変わるなら今だと思った。勉強会で蓮橋へ行く機会があるなら、真っ先に手をあげようと決意した。
夕飯時に四人で集まると、卓の両側にふたりずつで席につく。隣の添花より手のひら分ほど背が低いので、深好の背筋はぴんとのびたままだ。
「添花、髪のまとめ方教わったのか?」
「ああ、これ。深好の見て真似した。風が強くてどうしようもないんだもん」
洒落っ気を出して前髪を少し残すなどという美的感覚を持っているわけもなく、今にも顔を洗い出しそうな額の出具合だ。可愛いとも変だとも言わず、気がついたことを述べて事実が返答されるだけ。
「おいおい~、久しぶりに会った男女の会話か? 色気も味気もねえ」
「割と最近会ったからね。道場の依頼、年またいだけど年始のうちに帰れたし」
風のない屋内に入っても、添花は手拭いを取っていない。食事をするにも髪が除けられて良いと思っているのだろう。
紅龍が正面にいると深好はどぎまぎして、目線がうろうろ動いてしまう。会話に入るきっかけを探していることもある。
「……あら、添花さん帯章が付いてる。お仕事だったのね」
「うん。いくつか掛け持ちで、ちょっと長い旅なんだ。紅、私しばらく蓮橋にいないよ。蓮の咲く頃には帰れるかな」
幼馴染みに向けて付け加えるひとことは珍しいもので、紅龍は目を丸くする。それから細める間に、いろいろなことを考えているのが深好にも分かった。汲み取れたのは予定を明かしてくれる安心感くらい。
「俺が帰るのはおかえり参り辺りだ」
「いいな~、俺も蓮橋に行ってみたい」
雄人の目が深好に言う。話題に乗れ! 竜鱗で育ったふたりは他所に行ったことがない。
「気軽に言うけど……遊びで行けるものじゃないわ」
違うそうじゃない、の顔を一瞬見て逸らしながら、深好が言うのは現実だ。
道場でそれなりに出世すれば話は別だが、町の外に出るとは若者にとって大ごと。近年は新婚旅行の他に観光目的の旅が一般化しているとはいえ、出費の大きい娯楽だった。
「願望を言うくらい良いだろ。添花ちゃんの生まれ育った町だぜ」
むず。視界の端で添花の姿勢が少し悪くなる。横顔は形容し難い表情だ。眉間にシワを寄せたいが、雄人がふざけて言ったのも知っている。いちいち突っかかるのも面倒くさい。かといって笑ってやるのはもっと無理。
これまで添花には憧れるばかりで、そばで雑談することは少なかった。人並みに困ったり怒ったりする様子は新鮮だ。紅龍が近くにいたおかげで新たな面が見えたのかもしれない。じゃあ、蓮橋にいる彼女は。
「そうね。紅龍くんと添花ちゃんの町だものね」
「やだ、深好まで。〈ちゃん〉つけるくらいなら呼び捨ててよ」
むず、むず。もっと姿勢が悪くなった添花とは、さっきまでより視線が近い。深好はしかと青い目を見て笑った。
「慣れるまで何度か間違えちゃうと思うわ」
「はは、意外と悪戯っ子だね」
「人見知りだけどねえ、蓋開けると結構おもしろい子なんだわぁ」
「雄人はどういう立場で言ってんだ、それ」
紅龍と添花は幼馴染みで、深好は添花に憧れて、雄人は紅龍の立ち位置を羨ましいと思っている。それはそれとして、ただ歳近い友人としての関係も出来ていく。
腹を満たして寝床へと歩く間も話は尽きなかった。例によって道場に泊まるから、深好と添花は部屋まで一緒だ。
「今日は楽しかったな。珍しく仕事を忘れてはしゃいじゃった」
「前に同僚の人にも言われてたもんね、真面目すぎるって。息抜きしないと大変そうなのに」
添花の言葉は社交辞令ではなく、実感がこもって聞こえた。掘り下げてみると、彼女の兄は病持ちでかなり世話になったらしい。
「怪我でも病でも……例えば回復の見込みがない人にだって、手を尽くしてくれる。お陰で、家族も頑張れたりする。すごい仕事だよ、本当に」
深い感謝と尊敬の念を持って、看人を見て来たのだろう。日々の仕事にバタバタしていると忘れがちだけれど、深好は初心を思い出した。
「そうね。だから私は看人を目指したんだった。小さい頃は病弱だったの」
「じゃあ、なおさら休むの上手になってほしいな。そのうち蓮橋に遊びに来るためにも」
夕飯の時に雄人が言い出したのは、その場を盛り上げるための冗談だと思っていた。添花は本気と半々に受け取ったから、こうして微笑むのだろうか。
「飛竜達を他の町に慣らしてみるのと一緒に、看人もお互いの知識を共有する勉強会があるといいわね。そうしたら、懐さみしくならないで行けるもの」
「合理的だけど、それじゃ結局仕事じゃない?」
「ちょっとした余暇くらいあるわ、きっと。おじさま達って、若い人を交流させたがるでしょう」
「確かに。それとなく提案したら実現できそうだね」
三道場の繋がりを強め、連携をはかる。長年動かなかった関係性を変えるための一石を投じたのは、赤と青に繋がる紅龍だった。先人に教わるだけでなく、今を見つめて若者は動き出している。共に考え、動いていく未来にわくわくする。
一個人としては内気な部類の深好も、変わるなら今だと思った。勉強会で蓮橋へ行く機会があるなら、真っ先に手をあげようと決意した。
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