蓮の呼び声

こま

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【本編後】蓮が咲いたら

徒桜 2

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「いいわ。聞きたがるの、あなたが初めてじゃないし」
 そうして、娘は語り出す。まだ地区どうしの争いが多かった頃、ひいおばあさん──桜の霊は、若い娘だった。将来を約束した相手が戦に出る時、桜の下で誓いを立てたそうだ。
「次に桜が咲く頃には戻れるだろう、そうしたら結婚しよう」
 しかし、桜の頃に彼は戻らなかった。
 というより、その年は桜が咲かなかったのだ。花芽がほとんど落ちる落蕾、厄を示す兆候のとおり戦に負けた。いっそこのまま死んでしまおうか。約束の桜の下で娘は泣き続けた。
「その後、どうなったの?」
「桜が、あの木だけ咲かなくなった。ひいおばあちゃんは、木を夫として守ると決意し、独り身を貫くつもりだったらしいわ。でも……」
「でも?」
「翌々年の夏、再会できたの。ひいおばあちゃん達はそのまま幸せに暮らしたけど、桜は咲かないまま。今まで手入れしてきたけど、どうにも咲かないのよね。諦めたらいいのに」
 これ以上わかることはなさそうだ。添花は霊と思しき女性の名前を聞き、あとは本人に確かめようと決めた。再びあの桜の木のものへ行く。
「桜さん」
 呼びかけると、少しだけ泣き声が止む。待ちわびる誰かが見つからなくて、また泣き出す。おぼろげな姿に、添花は違和感を覚えた。
(この霊にはひとつの感情しか、ない? 生き霊に近い)
 霊が言う「あの人」も未練を残してどこかを漂っているなら、彼の霊を連れて来れば互いに成仏できると考えていたが、これはどうやら勝手が違う。
「あなた、なんでこんなことになったの?」
 おもむろに木の幹に触れると、指先に痺れが走る。と同時に、桜の霊の声がより大きく明瞭に聞こえた。一度は引っ込めた手を再びのばす。
 手のひらから、痛みと共に伝わってくる。
「あの人が戻らないまま桜が咲けば、死を認めなければならないの?そんなの嫌。お願い、彼が戻るまで咲かないで。咲かなければ、彼を待ち続けられる。まだ彼が生きていると信じさせて。お願い桜の木。咲かないで。咲かないで。咲かないで……」
 あとは繰り返しだった。この想いだけが切り離されてしまったようでもある。強すぎる想いは、ときに魂を裂いてしまう。
「これは……苦しいね」
 開花を止めてまで誰かに会いたいと願う気持ちは理解できないが、添花は似た痛みを知っている。かといって、この霊に赤の他人の声は届かないだろう。
 届く声があるとしたら。添花は幹から手を放し、踵を返した。

「桜さん」
「……あらら、お帰りなさいまして」
 桜色の袖が逃れるように揺れる。霊のひ孫は寸の間だけ、木の方向に目を向けた。再び添花を見ることはなく、話を促す。
「知っていることは話したわ、まだ何か?」
「あなた見えてるね? ひいおばあさんが」
 縁のある人は、霊感がなくてもその姿が見えやすい。添花はずばり指摘した。
「何とかしたいと思うから、ひいおばあさんのことをよく知ってるんじゃない?」
 ひ孫の桜は一度唇を引き結び、それからぽつぽつ自分が見たものを語る。
「あなたは……見えるひとなのね。なら分かるでしょう。私がどう願っても消えないの。人の話も聞かないで、ずっと泣いているだけ」
「あのひと、あなたがひ孫って分かってる?」
「だから話なんて聞かないって」
「聞くまで言うしかない」
 添花は淡々と続ける。恐れを破るには怒りだ。
「さっき名前を呼んだら振り向いたよ。木に触れば気持ちを教えてくれた。遠くから恐る恐るじゃない、目の前で言ってやりなよ。あんたのひ孫だよって。あの人との子から繋がったやつだよって」
「人の気も知らないでよく言うわね! 家族の誰も見えないのに、私だけ……名前が同じだから? 幸せだったはずのひいおばあちゃんの泣き声を聞き続けなきゃならないの? 会ったこともないのよ。怖いし気味が悪い、消えてと願ってはいけないの?」
「いけないとは言わないけど。あの霊は、ひいおばあさんの欠片だから……幸せになる前のままなんだよ。嘘でもいいから、向き合って話してみてくれないかな」
 水底の静けさで、添花の青い目が訴える。自嘲とも取れる表情は、口調と裏腹に温度を持っている。
「余所者の私じゃ、説得力ないから」
「あなた、どうして……」
「見えるとさ、気になるだけ。見える意味を探してる」
 意味。あくまで自分のためと主張する言葉だが、ひ孫の腑にすとんと落ちる。自分だけが見えるのなら、それにも何か意味があるのでは? 桜色の袖は、震えてから翻る。
「意味があれば、楽になれる?」
「……たぶんね」
 花のない桜の木へ、ふたつの足跡が歩いていった。
「桜さん」
 添花の声に振り向く霊は、隣の女性の姿を捉えて首を傾げる。
「ひいおばあちゃん」
 誰のことを言っているのか。ひ孫の桜の声にはぽかんと口を開けた。
「私、あなたのひ孫なのよ。あなた、幸せに生きたの。だから、私の名前はひいおばあちゃんから貰ったんだって。私も桜っていうの」
 ひ孫の手はひいおばあさんの肩に添えられる。茶の着物に寄り添う桜色。
「桜が咲いても大丈夫よ。もう、大丈夫だからね……」
 さすられた肩から、着物の色が変わっていく。歪んだ縞柄も、混じる横縞も溶けて、花芽の赤へ。
「ひ孫がいるなら、孫がいる?」
「うん」
「子どももいるのね?」
「うん」
 赤から次第に桜色へ。
「あなたが……」
 自分と似た顔をそっとなで、指先から花吹雪となって散っていく。ひ孫は一瞬だけ、満開の桜を見上げたような気がした。桜に縛られた悲しみは、天へと消えたのだ。

 もう花の季節は過ぎたから、今年は桜は咲かないだろう。だが、来年はきっとあの枝を、いっぱいの薄紅で染めるのだ。
「あと少し髪が伸びれば、上半分くらいまとめられるんじゃない?」
 ひいおばあさんが成仏して、小物屋の桜は明るさを取り戻した。そして元通り、添花に髪留めをすすめている。匂い袋を持っていたら桜餅を思い出して腹が減るなどと、わけのわからない断り方をしたのがまずかったか。きっぱり断るのは得意なのだが、添花は押し負けて飾りの小さな髪留めを買うことになった。
「半値でいいよ、今回のお礼」
 看板娘は商売上手だ。霊のひ孫は、次の春に花が開けば、自分の意味を得られると言って笑った。
「はは、得したんだか何だかよくわかんないな」
「ふふっ、また来てね。こんどはぜひ桜の季節に!」
 うなずいて、添花は店をあとにする。いつか、花の町を巡って花見をするのもいいかもしれない。土地によって色々な団子が食べられそうだ。
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