蓮の呼び声

こま

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【本編後】蓮が咲いたら

止まり木は洞の町

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 華浪地区での依頼をこなし、ふらりと立ち寄った町で地縛霊を見送った。それから添花は白緑龍の道場まで行って、魂の状態を診てもらう。何か変わったことはあるかと問われ感覚を研ぎ澄ました。
「ん? 見え方は前と変わりないし、霊には触れられるんですが……何か足りない、いや狭苦しいような。第六感が変な感じです」
 ここの医師の中には霊力に特化した者もいるので、感覚的なことも分かってくれる。添花の額の真ん中に親指の腹を当て、青い瞳を探るように見る。
「ふむ……魂は安定しているんだがな。少し欠けているようにも見える。竜鱗の杼竜に、少しばかり削り渡してしまったのか? 魂主体の体であれば、あるいは」
 霖と名乗った添花の半身は霊感を持たなかったが、魂を主体とした体であるために形を失い、煙に化けることがあった。その煙を竜に食わせて力を与えたなら、ひとつに戻った魂が欠けていることに説明がつく。
「記憶が全てはハッキリしていませんが、やりかねないですね。でも狭苦しい感覚はなんでしょう」
「実体のお前は魂が足りない状態で二年も過ごしていた。およそ元に満たされた今、その感覚は不思議ではない。可能性を考えるなら……杼竜討伐の時は、剣士を憑依させて戦ったと言ったな」
「不本意ながら。そういえば、あれから霊を憑依させることなかったけど……ああ、これかも」
 誰かに教わったでもない、たまたま出来たからやってきたこと。医師の見立てでは添花の霊能力は高いが、扱い方を知らないために応用がきかないはず。憑依の技が故郷を離れてから得たものなら、半身だから出来た可能性がある。
「魂が欠けた隙間があればこそ、他の魂を入れる余地があったのだろう。今はあまり出来なくなっているかもしれんな」
「乗っ取られる危険を考えれば、出来ない方が身のためです。杼竜討伐の時はえらい目にあいましたから」
 腕を痛めて不便だったし、全身がひどい筋肉痛だから意地で歩いていた。もし悪い霊に乗っ取られていたら、あちこち痛いでは済まなかったかもしれない。
「我の強い者はそうそう乗っ取られるものではないのだが……相手が悪かったのかな」
「ええ、絶対にそうです」
 暗に我が強いと言われても納得しかない。添花は医師の書き出した資料を持って大師範のもとへ行き、青の大師範に向けた手紙を受け取る。飛竜便に預けた方が早いのだが、添花に持たせることに意味があるらしい。
 今回の岩龍地区滞在は短く、すぐ蓮橋に向けて発つ。前は通過してしまったので、六洞の町をじっくり見たい。ここの思い出は気弱な男性の霊。彼は方向感覚を肉体に置いてきてしまったらしく、家に帰れず困っていた。添花が連れ帰り、家族と再会して成仏したのだった。
 洞窟の入り口で常灯を借り、岩の道を登っていく。町に入れば岩壁を掘った窪みに常灯が据えられているが、そこまでは手持ちの明かりが必要だ。
「六洞へようこそ」
「自慢の温泉はあちらです」
 町とただの洞窟の境目は分かりやすい。常灯を貸し借りする窓口があるし、人の声があるだけでぱっと明るくなった気がする。
 今日はここに泊まるつもりだし、標高の高い水芳地区側へ抜けるなら常灯はもう必要ない。窓口に返却して宿を確保すると、添花は町の子ども達が駆け回る広場に向かった。
 さすがに少し見ただけだし、子どもの成長は早い。あの霊の息子がいるかは分からない。添花はここで霊に厳しいことを言いすぎて、すぐ反省した。その姿を自分の半身が見ていたから、記憶がややこしい。
「あら……? あなた、以前ここに来ませんでした?」
 物思いに耽っていると、町の女性に声をかけられた。一年ほど前の事なのに、添花も女性に見覚えがある。
「ああ……もしかして、具合悪いところ声かけてくれた方ですか?」
「やっぱり。もう一年くらい経つけど、実はあの時、具合の悪い人を続けて見つけて。お顔がそっくりなんで不思議で、忘れられなかったの。今は元気そうですね」
 それは両方とも自分なのだとは明かさないが、彼女を覚えていた理由は分かった。二回会ったし、二回お礼を言った相手だ。
「疲れてたんでしょうね。あの時は急いでて温泉も入れなかったから、今度は少しゆっくりします」
「あら。それなら是非、鷸族の語り部屋にも寄っていってください。この町を興した人達の歴史と知恵を集めて、後世に伝えながら観光のひとつにしているの」
 温泉から近い場所に構えているらしいので、添花はあとで行ってみることにした。鷸族の老人の霊にいやと言うほど話を聞いた場所は再訪したが、そこはただの道だ。語りを聞き直すのもいい。

 温まった体がなかなか冷めないのが六洞温泉の特徴だということで、あまり湯冷めを気にせず町をうろうろできる。添花は鷸族の語りが集められた所で、いくつかの記録を手に取りカタカタとめくった。湿度の高い場所柄、紙の書物でなく防腐の塗料に覆われた木札に書いている。めくる音もまた、この町の歴史として洞窟に染み込んでいくのだろう。
「お集まりの皆様方。萱の語りを行いますので、どうぞお耳を貸してくださいな」
 先ほどの女性が観光客に声をかける。現在も鷸族の語りとして継がれるものは、元々は口伝であった。本来の形として語り聞かせる場としても、この部屋を使っているという。萱とは鷸族における役職で、全ての語りを網羅して仲間に聞かせていた。
 聞き手の反応を見て少し言い回しを変えながら、抑揚を付けて幾つか語る。彼らが旅して得た知恵、土地の特徴など。
「最近分かったことや、私達が歩んできた歴史についても新たな語りを作っています。おかえり参りのように、土地によって様々な由来を持つ文化もありますからね」
 さすがは観光地で湯治場、出身の異なる者が集まっている。語り部が皆に問えば各地のおかえり参りを知れた。
 特に人々の興味を引いたのは新婚旅行の話で、初代町長を務めた朝霧夫妻が旅したことが由来だという。彼らの目的は新しい町の周知や商売相手の開拓だったが、時とともに色々な町を知る旅が観光に置き換わったのだろう。
 添花は夫妻の話よりも、語り部の形を変えた女性のことに興味を抱いた。
「はじめは、口伝の形を保ってこそだと書物にすることに反対する人もいました。しかし六派あった鷸族の中には、冬越えの場所に困って萱を失うところもありました。いくつかの語りは、そこで途切れたといわれています」
 あの時に成仏した老人の霊は、そんな萱のひとりであったろう。
「今は町の区画名になっている、朝霧、薄暮、陽炎、砂嵐、吹雪、花霞。これは鷸族六派の当主の名です。それぞれの萱を説得して回り、たくさんの語りを書き起こし、語り部を仕事として確立した功労者は……旭という女性でした。元は鷸族に拾われた孤児であったそうですが、この町を愛し、未来を見据えて力を尽くしたのです。町を数代かけて形にした朝霧と同じく、旭もまた鷸族の歴史の夜明けを担ったと言えるでしょう」
 鷸族の語りが廃れていくことを嘆いた魂は、これならしっかり浮かばれる。後の人が新たな語りを書き加え、廃れるどころか増えているのだ。
「鷸族は六洞という止まり木を得て、今も旅と旅の記憶と共に暮らしています。皆さんの旅にも、幾つもの幸がありますように」
 萱の語りを披露する場はこうして一区切りとなり、まだ興味のある客は再び書物を手に取る。添花も見直したい話を探しながら、さっきの言葉を噛み締めた。止まり木という響きが、今の自分には心強い。
 安全かどうか注意して見なくても、いつでも止まれる木がある。蓮橋にも黄玉にも、最近では竜鱗にも、添花を快く迎えてくれる人がいる。彼らを快く迎えたいと思う。
(ねえ兄さん。私は全然ひとりじゃないや。だからきっと……もう、魂が割れることはない)
 兄の魂を見送った時の気持ちを、改めて胸に刻むためにも。添花は鷸族の語りから、魂の話をじっくり読み返した。
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