蓮の呼び声

こま

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【本編後】蓮が咲いたら

かくれ鬼 3

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 三泊め。花詩はうつらうつらしている。霊って眠るのか? と思いながら、添花の目は確かな変化を捉えた。元より透けている姿が、もっと薄くなっている。一歩、成仏に近付いた。
 隣町とここは、同じ川沿いにある。向こうは上流、こちらが下流。この子はきっと、流されたからここにいるのだ。死因を思い出さぬまま、成仏してくれたらいいけれど。
(道は川をたどってる。土地勘なしに回り道はできない……気を紛らわすほど、楽しく遊ぶなんて私にできるかな)
 眠りに落ちながら、脳裏に浮かぶ記憶。小さな添花と遊ぶとき、母親のほうがはしゃいでいた。娘がきゃあきゃあしなくても、父親にそっくりだと笑った。ちゃんと、添花なりに楽しんでいると分かってくれていた。
 宿代は少し懐を寂しくしたが、まだ余裕はある。添花は花詩と手を繋いで町を発った。町をいくらか騒がせた噂は、これから徐々に風化するのだろう。
 だいたいは、花詩がやりたい遊びに添花が付き合う形で道を行く。物心ついた時には道着を着ていたから、子ども遊びには馴染みがない。数え歌など、いちから花詩に教わった。たぶん、こういうものは町によって歌も言葉も違っている。なかなか節回しが覚えられないのも当然だ。
「歌って難しいな、詩が覚えられても節が」
「おねえさん、歌へたなの?」
「はっきり言ってくれるね。聞いての通り下手だよ」
 味があるとか、変な気遣いをされるより清々しい。子どもと話すのは、案外気楽だった。
 おまけに、こんど花詩がやりたいのは鬼ごっこだという。かくれ鬼なら、添花もよく知っている。霊だから、気配で居場所はわかってしまう。鬼役は交互にまわってくるので、添花は探すふりを余分にすることにした。
「もういいかーい」
「まぁだだよー」
 見つけた、見つかっちゃった。繰り返すたびに、花詩の姿は薄くなっていく。
「ひとーつ、ふたーつ、みっつ」
 添花が鬼で、数を十まで数えながら、花詩が隠れるのを待っているとき。
「よっつ、いつつ、むっつ」
 気配がずっと背後にあった。さっきまでは、茂みや木の幹の裏へ駆け回って、良い場所を選んでいたけれど。
「ななつ、やっつ……ここのつ」
 一呼吸置きたくなる。数え終わるまで、鬼は手で顔を伏せているものだ。自分の眉間に皺がよるのを、指先が感じ取った。
(なんだろう、この気持ち)
 きっともうすぐ、この子は成仏する。こと切れる瞬間の苦しい記憶なんて、ないままの方が幸せなはずだ。だから、そのことは話題にしなかった。花詩も当時の話をしないし、遊ぶことで満たされていったものと。
「……とお。もういいかい」
 人差し指の腹で、眉間をのばす。
「もういいよ」
 真後ろで声がする。振り向いた添花の目に映る姿は、ほとんど空気。しかし、こっそり歯を食いしばるのは、別れを惜しんでのことではない。
「いいんだ」
「うん。おねえさんが、いっぱい見つけてくれた」
 笑う相貌は、真っ暗闇の空洞だ。ふやけた肌はこれ以上は壊れないから、添花は両腕をのばす。最後の抱っこ。
「わたしね、かくれ鬼で、もういいよって言えなかったの。かくれる途中で川に落ちて、空も地面もなにも、わからなくなった」
「うん」
「急にくるしくなくなったときから、もう、わたしはお化けだったんだね。きっと、こわい見ためをしてる」
 霊には影もなければ、鏡にも映らない。想像力の豊かな少女は、人々の態度から己の真実に辿り着いていた。
「悲しい?」
「ううん。添花おねえさんと、かくれ鬼いっぱいできたもん。悪いお化けじゃないって、言ってくれたし」
 花詩の体が、ぼんやりと光り始める。添花は腕を緩めて、少女の表情に目を凝らした。
「だから、ありがと」
「……うん」
 魂がこの世を後にする時、光を放ちながら天へとのぼる。添花が最後に見たのは、ふやけた姿ではなく、愛くるしい少女の笑顔だった。

 花詩は無事に成仏できたが、添花はそのまま隣町を目指す。努めて白胡麻のことを考えても、頭の中は花詩の家族が占めている。娘の死を知っているのか、墓はあるのか。そもそもあの子がいなくなったのは、いつのことなのか。
 町の人の話を聞く際に、黒胡麻の町での霊の噂を語ってみると、口元がきゅっと固まる者がいた。まりつきが下手で、歌が上手な女の子。かくれ鬼の最中に消えたのは、神隠しだと囁かれているそうだ。
「しかしな、そう言うのはその子の家族と、一部の町人だけだ。みんな、薄々わかってる」
「そうですか……見ていなければ、受け入れにくいものですからね」
 噂が風化するほどの年月は経っていないらしい。少しくらいは、出来ることがありそうだ。
 川の近い土地柄、水の神を祀るための祠が建てられていた。人々の願いは、氾濫のないこと、家内安全、無病息災まで多岐にわたる。
 そこへ、毎日熱心に手を合わせる人がいる。やつれた女性について、娘が神隠しにあったのだと通りがかりが教えてくれた。祠を守るためか、周囲は木が多い。添花は茂みに身を隠し、祈りを終えて帰る女性を待ち伏せた。
 虚ろな目は、見るともなく足元を見ている。土色の視界に白いものが舞い込み、女性は足を止めた。細くたたんで結び目になった紙を拾う。
「だれ……?」
 辺りには誰もいない。添花はひたすら息を潜めていた。
 やがて、女性は結び目を解き、丁寧に紙を広げていく。したためられた内容に震えて、家へと駆け出す。
(花詩。私は歌だけじゃなくて、文章も下手かもしれないよ。あんたの母親、泣きそうな顔してた。でも伝えないと、あの人が亡くなった時……浮かばれないと思うから)
 夫や、他の家族もきっといる。花詩が亡くなった事実と経緯を記した紙きれを信じるかは、彼らに任せるしかない。もう、事は添花の手を離れた。きちんと墓を立て、花詩が弔われるのを祈るだけだ。
 茂みを出て街中へ行く。白胡麻の蜜甘薯を食べたら、黒胡麻と伯仲している。よく炒って香ばしいぶん、白胡麻に軍配をあげた。
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