蓮の呼び声

こま

文字の大きさ
77 / 84
【本編後】蓮が咲いたら

味醂

しおりを挟む
 飛竜便が運ぶ手紙には、町の長から長への大事なものから、個人間のやりとりまで色々なものがある。蓮橋から届いた中に、大師範宛の手紙があった。青の大師範から、怪異の案件で試しに退魔士と手を組んでみたと書かれている。これが開封される頃、紅龍の手にも一通が届いた。
「ほい、紅龍にも来てるぜ。母ちゃんの字じゃねえな、誰だろ?」
 まとめて受け取った雄人が、門下生に手紙を配り歩いている。よく気軽に引き受けるから、なんとなく宛名の筆跡で誰からのものか分かる。
「この字……添花だ。珍しい」
「珍しいってか初じゃねえ? 恋人でもできたんかな」
「できたとして、わざわざ手紙なんか書くか? あいつが」
 最近の紅龍はこういう話にも落ち着いているから、からかい甲斐がない。とりあえず開封を促して、ちょっと手紙の内容を聞けたら幸運だとはしゃいだ。
「……えっ」
 読み始めて一行二行で目を丸くするから、つい雄人も覗き込みそうになる。でも我慢、親しき仲にも礼儀は大事だ。そわそわしているのを察して、紅龍は手紙を一部声に出して読んだ。
「紅へ。私から手紙が来るなんて驚いたでしょ。ちょっとあばらをやられて療養してるので暇なんだ」
「うわ、添花がそんな怪我するなんて。どんな手強い案件だよ」
「詳しく書いてないけど……直後は熱が出たけど二日ほどで引いて、映さんにお裁縫教わったりしながら腹を曲げないように気をつける日々です。まあ大人しくしてるなら……大丈夫かな」
「お前がいつも心配するから、帰郷待たないで連絡くれたのかもな。業務連絡みたいな文だけど」
「はは、そうでもないぞ。サラシを厚く巻いてるのでたくさん食べられないのが不満で、これが外れたら食べたいものをあれこれ思い浮かべてる。ってさ」
「食いしん坊かよ。かわい」
 一番かわいい所は隠したくなって、紅龍は最後の一文を音読しなかった。彼が年末に帰るであろうことに触れ、「その頃には完治してるはずだから、映さんの料理いっぱい食べようね」とある。
「年内には治るだろうけど、そこから鍛え直して依頼受けられるまでは蓮橋にいるはずだ。雄人も交換勉強会の時に会えるだろ」
「そりゃ、ますます楽しみだ」
 雄人は足取り軽く他の手紙を配りに行くけれど、その途中で深好に声をかけた。話したいことがあると誘い出せば、紅龍や添花のことだと分かってうなずいてくれる。
 今日も一日働いた、お疲れ様でした。夕飯時の食堂は混み合っている。片隅の小さな卓をはさんで、雄人と深好は思い思いの品を注文する。
「交換勉強会、看人のほうも立候補通った?」
「ええ。私が自分から手を挙げるの珍しいって、先輩が譲ってくれたの」
「そりゃ良かった。年明けだから紅龍は帰郷してそのままいるし、添花もしばらくいる見込みだってよ」
 これも本題のひとつだろうが、深好は少し引っかかる。添花は町の外からの依頼を積極的に引き受けるから、不在が多いと聞いていた。
「おお、看人の嗅覚は鋭いねぇ。怪我が完治しても、勘を戻すのに少しかかるんだ。療養が暇で、紅龍に近況の手紙を寄越した」
「そんなに長く休まなきゃならないなんて、大怪我じゃない。色々不便してないかな」
「あばらだからなぁ。メシがいっぱい食えないのが不満らしいよ」
 紅龍から聞いたことをほとんどそっくり深好に話す。恋敵というだけでなく、添花とは友達だからだ。痛くて動けないなんて泣き言でなく、行き場のない食欲とは。
「えっ、可愛い……」
「な。食いしん坊じゃん」
 深好はまだ添花を呼び捨てにすることに慣れていないが、今度会った時は呼べる気がした。各地の美味しいものを教えてもらうのも楽しそうだ。
 食事も手元に来たし、いただきます。食べながら深好の頭の隅には添花がいて、食欲旺盛なところを紅龍も可愛いと思っている可能性に行き着いた。そんな時、雄人がちょっと飲まないかと提案してきたので乗ってしまった。蓮橋への旅に参加できる祝杯だし、明日は休みだからいいだろう。
「私あんまり飲めないから、甘いのをちょっとだけにするわ」
 ふたりの卓に酒が運ばれるのを見て、店に来ていた深好の同僚が本当にちょっとにしろと釘を刺して行った。そのせいか、ただ雄人が紳士的なのか、おちょこ一杯で様子を見て勧めない。
 これっぽちでも深好は酔っぱらう。思いを秘める人の口が緩くなると、愚痴を含めて色々とこぼれてきた。
「強くて格好良くて食いしん坊って。何その落差、可愛すぎない?」
「そうだねえ。俺も、ちょっと諦めてたのにときめいちゃったもんな」
「ずるいわよぉ、あの子、看人の仕事すごく尊敬してるのよ。私もまっすぐそれを言えちゃうあなたを尊敬しま~す」
「やっべぇ、本当に弱いな深好。おちょこ半分で出来上がってんじゃん」
 絶対に酒を渡してはならない。雄人はさっと自分の方に徳利を引き寄せる。怒ったような口調で文句を言っているようだが、ほぼ添花を褒めている深好。酔った末に出た本音がこれか。
「もう、ほぼヤケ酒~。わかってるもん……紅龍くん、私達よりずっとたくさん添花の可愛いところ知ってるんでしょ……自覚ないみたいなのが一番ずるいぃ」
 半べそで突っ伏して急に静かになる。勉強会が楽しみではしゃいだらこんなことに。雄人は自分のおちょこをあおっても酔えない。
「……こんな話、素直にできるの雄人くんくらいよ」
「おお~……起きてたのね、びっくりした」
 この調子では、明日起きたら今日飲んだ分の記憶がなくなっていそうだ。気の迷いかどうか雄人自身も分からない、今思ったことを言いたくなる。
「じゃあ俺、そのうち深好の特別になれる?」
 深好は伏せた顔を少し上げて、とろんとした目で雄人を見る。首を傾げながら笑った。
「どうだろう。雄人くん、惚れっぽいからなぁ……」
「よかった、まだ潰れてないな。冷静な判断力がある。今日はもう飲むのやめな」
 今度は深好からおちょこを取り上げる。さっきの顔は非常に可愛かったのだけれど、酒が見せた幻だ。お互いがお互いの想いにけりをつけたら、ちょっとだけ可能性があるのかも。
 ほどなく深好が眠ってしまったので、会計を済ませて寮までおぶっていくことにした。さっきの同僚にお願いして一緒に来てもらう。深好との間に妙な噂が立ってはいけない。今はまだ、友達のままで。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

処理中です...