Kolme1 剣と鍵

こま

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1 白い決意をまとって

1-2

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 平原を進んでしばらくすると、急にミュエルが道を逸れた。草を分けて傾斜を下った先に、ほとんど地下に埋まった遺跡が見えた。
 穴の中でも大きいものは、古城や遺跡の中に位置することが多い。古い時代の人々は、穴を中心として縄張りを争っていたという。穴を通るエネルギーは世界の養分だから、その周辺は土地が肥沃になりやすかった。
 デューク達がはじめに訪れた遺跡は、〈グラオ平原の伏兵〉の通り名がある古い砦だ。もとより半地下で作られたため、きれいに形が残っている。
 石造りの階段を下ると、ひんやりとした空気と一緒に不純物の気配が頬をなでた。明かり取りで開けられた、小さな四角い穴から陽光が入るが、遺跡の内部を詳細には照らさない。
 暗がりから急に出てくる不純物に対応するため、デュークは予め剣を抜いておいた。
 遺跡の様子を見るミュエルの観察眼は、デュークにも向けられた。
(やる気満々、お荷物じゃないぞってわけ。ふん、その力が本物かどうか、見せてもらうわ)
 穴のある位置やエネルギーの流量は、封印士が第六感で察知する。封印知覚と呼ばれるその感覚が優れていても、道筋まではわからない。砦となると、司令室を制圧されないよう複雑な造りになっており、必然、探索には時間がかかる。
 襲ってくる不純物は、平原と同じ粘液状のものもいれば、コウモリの姿をしたものもいた。多くが人と見れば襲ってくる。
 前を歩くミュエルがそれらを全てかわすので、前後ともにデュークが相手をすることになった。通路が狭いおかげで四方を囲まれることはなく、剣はさくさくと順調に不純物を切り捨てた。
「そういえば、担当の穴っていくつあるんだ?」
 世界には無数の穴がある。その位置や数、難易度は封印士が把握している。詳細を知らない護衛士がこれを話題に上せるのは当然で、言い出すのが遅いくらいだった。
「今更の質問ね。旅を諦めたんだと思ったわ」
 無感情な言い方と裏腹に、長い紫色の髪がさらさら揺れている。穴が近くなってきたためか、不純物の数が更に増えていた。かわすだけでも忙しい。
「いや、聞くの忘れてたんだよ。落第ぎりぎりだったし、まだ聞き忘れたことあるかも」
「はあ……担当の穴は六つよ。バカ宣言したって、こっちから余計なことは教えないからね」
 棘のある言葉に、軽く返す声色は明るい。
「ああ、思い出したらまた聞くさ」
 粘液は切られると風船のように弾けて、コウモリは真っ黒な煤になって落ち、陰に消えた。デュークにとって、この程度の不純物は束になっても朝飯前だ。剣を鞘に収める間もない中、文句をこぼさずに砦の奥へと進む。
 ミュエルが足を止めたのは、立派な扉の前だった。司令室というよりは、宝物庫といった感じだろうか。重厚な観音開きには、古びた閂と錠がかけられていた。
「あれ? 鍵穴、ないんだな」
 斜め後ろから飛んできたコウモリを見ずに切り捨て、デュークは首を傾げる。大きな錠は、本体の一辺に掛け金がついた形でそれとわかった。通常は鍵穴がある本体は分厚い五角形で、表面がまっさらだ。これでは開けられない。
「……っと、何だこれ。犬? モグラ?」
 足元を駆け回る不純物を突いて、また別の疑問が浮かんでくる。その間にミュエルは扉に手をかざした。すると、緑色の微かな光が錠の本体を包む。一瞬のことで、消え際に何か紋様が残って見えた。
 耳の奥にまとわりつく振動音がしたかと思うと、勝手に掛け金が外れて錠が床に落ちた。続いて、閂もひとりでに横へ滑り落ちる。
 奥に向かって扉が開き始めると、ミュエルは遺跡に入ってから初めて、自らデュークに言葉をかけた。
「封印の前に、力を試されることになるわ。護衛士を続けたければ、見せ付けてやるのね」
 他人事のように言うので、デュークはさっきと逆方向に首を傾げる。背後にも注意を向けたまま、ミュエルの目を見返した。
「見せ付けるって、誰に?」
「神サマに、よ」
 苦々しく吐き捨てて、扉の中に入っていく。暗く広い部屋には、更に深い闇が、空間を歪めて渦を巻いていた。
(これが穴……大型のは初めて見る! へえ、黒ってか紫ってか、緑? 変な色してんだなあ)
 いよいよ封印の旅らしくなってきた。目を輝かせながら、デュークは決して周囲への警戒を緩めない。扉がある後方にまだ不純物の気配があるし、この部屋にも何がいるかわからない。暗さに慣れようと目を凝らしていたら、不意にぼんやりと部屋が明るくなった。
 どこからか、低い声が響き渡る。
── 規律と秩序の担い手達よ……試練を超えて、己が資格を示せ
 壁や床から聞こえる気もするし、全貌が露になった穴の向こうから聞こえる気もする。
 デュークが理解するには、これでは言い回しが難しい。
 それに、声の出所を考えている場合ではなかった。声を合図に試練が始まったのだろう、石造りの隙間から粘液状の不純物が染み出してきていた。先ほどまで切り捨てていたものと同じくらいの大きさで、試練というには弱すぎる相手だ。
(襲って来ない。一箇所に集まって……?)
 穴の前に群がる粘液は、時折ぼこぼこと泡立ちながら融合していく。ただならぬ気配を感じ、先手を打って切りつけてみたが、粘液が深く沈みこむだけで傷付かない。小さい時の、水風船のような感触と違う。数十の不純物が集合して、身の丈がデュークの倍もある粘液の巨人となった。封印士一行の力を試す、番人というわけだ。
 体の左右から、二本の太い触手を出している。腕のつもりだろうか。足元はドロドロしたまま、にじり寄ってくる。どこが頭だかはっきりしない首をもたげて、番人はミュエルとデュークを交互に見た。
 やがてデュークに的を絞って、関節のない腕を鞭のように叩きつけてきた。刃物を受け付けないことは確認済みなので、デュークは飛び退いて攻撃をかわす。他に細かな不純物がいないか視線を巡らせると、ミュエルは我関せずといった様子でなりゆきを見ていた。
 普通、この手の不純物は魔術や火器を使って倒す方が効率的だが、何とか、剣士ひとりで倒す方法を考えなくてはならない。
(穴の封印が控えてるんだ、無駄な消耗は避けたいはずだよな)
 デュークの思考は、あまりにもお人好しだった。不利な戦いに駆り出されたというのに、ミュエルが待機を決め込んだことを肯定している。
 とりあえず、斬撃がだめならと突いてみた。番人は自ら体に穴を開けて剣を避ける。蹴りを入れると当たった感触はあるが、弾力で跳ね返された。物理攻撃は意味がないようだ。
 その時、扉の外から不純物が入ってきた。平原からやって来たのだろう、粘液の体に草がくっついている。番人を仲間と思ったのか、デュークを素通りして擦り寄っていく。すると、急に番人の手先がいくつにも割れて、平原の不純物を絡め取る。あっという間に飲み込んでしまった。更に天井に手を伸ばすと、ぶらさがっていたコウモリも飲み込む。また一回り、番人の体が大きくなった。
(ん、何か生えた……?)
 大きさだけでなく、姿にも変化があった。何か思いついたようで、デュークは部屋の床を見渡す。それから、番人に新しく生えた部位を切りつけてみる。さっきと違う手ごたえがあり、すぱりと切り落とせた。床に落ちたそれはすぐに煤と化したが、たしかにコウモリの羽の形をしていた。
「そうとわかれば、こっちのもんだ。それっ!」
 にっと笑って、デュークは床を走っていた不純物を蹴り上げた。
 犬とモグラを掛け合わせたような獣型の不純物は、番人の胴体にめり込んで消えていく。ミュエルがいるのと逆方向に番人を誘導しながら、獣型の不純物を何体か飲み込ませた。大きくなれば力も強くなるだろうが、きっと好機を作れる。
 しばらくの間、番人はぼこぼこと表面を泡立たせていたが、やがて姿を粘液から変えていった。大きさも天井に支えるほどとなる。動き回るデュークしか認識していないようだし、知能は低いのだろう。
 加えて、肥大した体では思うように動けない。泡が収まると共に、最初はなかった目が現れた。かぱりと開いた口には、小さな歯がたくさん並んでいる。足元は床を這う粘液のままだが、手先には爪ができ、全身に毛並みが見えてきた。
 顔がはっきりしたので、今なら首の位置がわかる。デュークは殴りかかってくる番人の腕を足がかりにして跳躍し、大上段から剣を振り下ろした。吸収した不純物の影響で濡れた獣のようになった頭は、ひと思いに体から切り離された。
「よしっ」
 床にくずおれた番人は形をなくし、石造りの隙間にしみこんでいった。あえて敵を大きくして倒す機転に、ミュエルはこっそり目を丸くする。無邪気な笑顔に深い考えはうかがえないが、ただのバカと言っては語弊がある。
 不純物が去ったあと、再び響き渡る低い声に、ミュエルもデュークも表情を引き締めた。
── 適格者よ……この地に新たな規律と秩序を
 どうやら、試練は無事に終わったらしい。穴の前へとミュエルが進み出る。これから封印の術式が始まるのだ。護衛士らしく周囲の警戒を続けながら、デュークの顔には「すごくワクワクしています!」と書いてあった。一応、遮断器に手を添えるのは忘れていない。
 キラキラと音が聞こえそうなほどの期待の目線を無視し、ミュエルは術に集中した。穴の状態を感じ取ると、両腕を前に伸ばす。
「右の大地に太陽の錘を、左の大地に月の錘を。なべて天地の柱となれ」
 左右対称な紋様を描く形で宙をなぞると、その軌跡に緑の光が残った。
(えーっと。右が俺達のいるこの大地で、左は……神界を表すって習ったよな。太陽とか、月とかは~……)
 デュークが頭の中で復習している間に、光の紋様は真ん中を掌で押し出された。出来上がったのは、ちょうどミュエルのワンピースに刺繍されたのと同じ紋様だ。すうっと穴の所へ飛んでいき、一瞬真っ白に光る。扉のある背後から、部屋の奥へ向かって風が吹いた。術式の言葉にある太陽と月が、穴を通るエネルギーの量を示すと思い出したものの、どっちが多くてどっちが少ないのかまではわからなかった。
 くるりと踵を返し、ミュエルは部屋の外へ出て行こうとする。それで封印が終わったのだと察し、デュークも後に続く。意外と、術式は簡素なものだった。
「あれ? ミュエルは封印具、使わないんだ」
 遺跡を出る前に、一般的な封印士が用いる道具のことが気になった。指先から肘までの長さがある、大きな鍵だ。ミュエルもベルトに提げてはいるが、そういえば魔術を使う時も含めて一度も手にしていない。
「……こんなもの、なくても術は使えるのよ」
 ミュエルの答えは、デュークを無視しようか迷ったように聞こえた。小さな声は、冷たさが息を潜めていた。
 次の瞬間には鋭い口調に戻ったので、ちょっとした気の緩みだったのかもしれない。
「封印具に頼って術を使うような奴は、半人前。これはあくまで補助の道具でしかないわ……学院で習ったはずよ」
「そっか。言われてみると、習ったかな」
 話の中身より、普通の会話が成立していることが嬉しく、デュークはつい笑顔になる。それを訝しげに見て、すぐに顔を背けると、ミュエルはそれきり黙ってしまった。
 平原に出て、そのまま北へと進路をとる。目的の穴は、旅立つ前に封印士が把握している。今はどこに向かっているのか、互いがどんな人物なのか、話の種はいくらでもあるのに、デュークは多くを聞かなかった。答えてくれないと思ったし、一緒に行くなら聞かなくてもそのうちわかる。お気楽に構えて、傾き始めた陽の下で枯れ枝を拾い始めた。町はまだ遠いので、今日は野宿になるだろう。


 今夜はとても天気がいい。満点の星空に流れ星を見つけて、デュークは鼻歌を歌いだした。〈雨の日〉という童謡のメロディーだった。

 星の夜 空を見上げたら よく音を聞いてごらん
 きらきら きらきら 光の音がわかるから
 雲の向こうからも 焚き火の歌が
 ぱちぱち ぱちぱち そっと消して 星に こんばんは
 今日はいい天気だよ みんな上を向いている
 きらきら きらきら 星の描く軌跡が
 夢の形を絵にしてる

 今はデュークが火の番をしているから、ミュエルは眠っているはずだったが、少し目を開けて星空を横目に見る。
(バカでも童謡は覚えてるのね……歌詞、めちゃくちゃだけど)
 その歌詞ではまるで〈星の日〉だ。聞こえないように溜息をつき、ミュエルは再び固く目を閉じた。
 歌の終わりに、デュークはふとミュエルに目を向ける。背を向けて毛布をかぶり、丸くなる寝姿はずいぶんと小さい。偉そうで冷たい物言いの割に、無意識にとる姿勢は可愛らしかった。
(そうだ、大穴に挑む封印士は二十年ぶり。その成功ってなると、五十年以上前の話だ。……そんな大変なもんを、どうしてひとりで抱えようとするんだ?)
 ひとりよりふたり、ふたりより三人、三人より皆で。重荷は分け持って行けばいい。
「よし、決めた。絶対に大穴まで一緒に行くぞ」
 焚き火の音に紛らせて、デュークは直感の決意を呟いた。
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