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2 ちいさな道化師
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封印の旅は長い。通例に倣って、最高位の封印士と組んで旅立ったデュークは、護衛士の中で一番の戦闘能力を有していた。彼の旅は始まったばかり、終着点の大穴〈コルメ〉はまだまだ遠い。
道中、苦楽を共にする相棒である護衛士に対し、封印士のミュエルはつんけんした態度をとる。お荷物扱いされても、バカ呼ばわりされても、デュークは特に気にせず旅を続けていた。ミュエルが背負う〈大穴の封印〉という重圧とは比べようもないが、デュークにだって譲れない旅の理由があるのだ。
人間達が暮らす世界の真ん中には、高くそびえる霊峰があった。その上空には、いかなる晴天の日にも雲がある。古くから、雲の上には神々の世界があると言われていた。広く普及する神話には、神界についてこのようにも書かれていた。
全ての世界は穴で繋がっている。皆の幸福が、信仰が、巡りて世界を形作る。
じゃあ、穴の向こうに神様が見えるかもしれない。雲の向こうで、一体どんな暮らしをしているのか。少年の頃に読み聞かせられた神話から、デュークの夢は膨らんでいった。もちろん、護衛士として封印士の助けになることに誇りを持っている。ただ、同じくらい神界に対する興味もあるのだった。この先がどんな旅になるとしても、彼は最後まで付いて行くのだろう。
最初の穴を封印して、幾度かの野宿を経て、デューク達が着いたのは港町のテタ。漁業が盛んで、船舶貿易の拠点でもある。このテイタテイトは国土に山岳地帯や森を多く含むため、小さな町が点在する。テタはそこそこ栄えた中規模の町といった印象だが、この国では首都よりも大きいそうだ。
「さあさあ、曲芸、猛獣、空中ブランコ! 色々あるよー! ルジーク・サーカス、間もなく開演でーす!!」
元気のいい呼び込みが聞こえる。どうやら、旅の芸人一座が滞在しているようだ。派手な色の衣装を着た道化師が、集まった人にビラを配っていた。広場に大きなテントが張ってあり、どんどん客が入っていく。
「お姉さん、封印士だよね!」
キノコの傘のような形をした、真ん丸帽子を被った少年が、いきなり声をかけてきた。デューク達の白い制服とは対照的に、鮮やかな緑を基調とした服を着ている。彼も芸人のひとりなのだろう。
「そうだけど、何?」
封印士と護衛士の制服は、世界の皆が知っている。確認するまでもないことだ。ミュエルの言い方は子供に対しても冷たいが、少し声色が柔らかく聞こえた。少年は、ぱっと笑ってポケットを探る。
「……これ! よかったら見に来てよ。サーカス、ぜったい楽しいから!」
取り出したのは、サーカスの招待券だった。渡すとすぐに向きを変えて、少年はテントへ駆けていく。いらないと言う間もなく、ミュエルの掌には、二枚の招待券が残された。
優先するべきは封印の旅で、娯楽にかまける暇などない。ミュエルが言いそうなことはデュークにもわかったが、なぜか彼女はその場に立ち尽くしていた。
「開演ー!! さあさあ皆さん、入った入った!」
最後の呼び込みが声を張る。目線だけをテントに向けたミュエルの手から、風でふわりと券が浮く。
それを素早く掴んで、デュークはミュエルの手を引いた。ぼんやりしていたら、せっかく見られる面白そうなサーカスに、遅れてしまうではないか。脳裏には、少年の笑みが残っていた。口に出さなくても、「ぜったい来てね!」と顔に書いてあった。
「ほらっ、行くぞ、ミュエル!」
「え」
行くか行くまいか迷っていたのだろう、案外ミュエルは素直に付いて来た。
こうして、デューク達はサーカスを見ていくことになった。テントの中に並んだ客席はおおむね埋まっていて、中々の盛況ぶりだ。
客席に囲まれた円舞台に、スポットが当たる。絵に描いたような髭と黄色い蝶ネクタイが似合う、燕尾服の男性が立っている。大きすぎる靴や紅白の四角をならべた柄のズボンが、いかにもサーカスらしい。彼がこのサーカスの団長だ。丁寧なご挨拶で開演を宣言したが、礼の後に燕尾服を翻したかと思うと、中から二十羽ばかりの鳩が飛び立った。会場が一気に沸く。無邪気にはしゃぐデュークの隣で、ミュエルはあんなの手品だと溜息をついた。
それから、たくさんの演目が代わる代わる披露された。あの少年も、衣装を替えながらいくつかの芸をこなしていた。綱渡りで宙返りをして見せたり、わざと転びそうになってみたりしながら、合間に愛嬌を振りまくのを忘れない。さすがに猛獣を扱うことはないが、ジャグリングでもたくさんのボールをくるくる回して喝采を浴びた。
圧巻だったのは的当てで、サーカスの目玉となる演目だ。人の頭に乗せた的を、本物の弓矢で射抜く。リンゴなど大きい方で、だんだん的が小さくなる。たまに外すのは盛り上げるための布石で、最後には観客に借りた指輪を団員に持たせ、その穴に矢を通した。
「ルジーク・サーカスの星、ザントの的当てでした! この子の将来にも期待しちゃってくださいねー!」
アナウンスの後、にっこり笑って四方に礼をする少年には、盛大な拍手が送られた。
そんな中、ミュエルが急に席を立って走っていったので、デュークは慌てて追いかける。
「どうした?」
テントを出てすぐの所で、ミュエルは片手をひざに置いて屈んでいた。もう片方の手は、苦しそうに襟元を握っている。デュークの呼びかけには首を横に振って「何でもない」と言い張るが、どう見ても顔色が悪い。
「あっ! よかった、まだいた。お姉さん達、サーカス、どうだった?」
ザントが、衣装のまますぐに出てきた。テントの中では団長が終演の挨拶でもしているのだろう。観客が帰るまで、まだ少し間がある。
ミュエルは身を起こすと、少年を鋭く睨んだ。
「あんたの作り笑い、不愉快ね。芸よりもそれが見せたかったんでしょう」
怒って低くなった声に、少年が怯むことはない。
「ふふ。やっぱり、お姉さんにはわかると思った」
今浮かべる笑みは、子供にしては暗い含みがある。くりくりした青い目の奥で、何を考えているのだろう。
(客席からじゃ何とも思わなかったけど、嘘をつきなれた奴の目だ)
子供らしい口調、表情をよく知っていて、客が喝采をくれるように可愛い道化師を演じる。サーカスを盛り上げるプロ根性は天晴れだ。しかし間近で話してみると、華やかな衣装がくすんで見えるくらいに、ザントのまとう雰囲気は暗かった。ミュエルは、彼が心の内に抱える何かを見抜いていたのだろうか。
「芸人としてどうなのかしら、招待客の気分を害するのは」
「そんなに怒らないでよ。僕のこと心配になっちゃったでしょ? お姉さんみたいにツンツンした人って、案外優しいもんね」
「無駄口ばかり叩くなら話は終わりよ」
「おーい、子供にも容赦ねえな……」
何の話をしているのか、デュークにはよくわからない。思わずこぼした言葉は誰も拾わなかった。少し緊迫した空気の中で、ザントとミュエルの間にだけ通じるものがある。
「あぁ、待って待って、簡単に言うから。……あのね、僕を封印の旅に連れて行ってよ!」
「ええ!?」
唐突なお願いに驚きの声を上げたのはデュークだった。傭兵や冒険者がこうして同行を願い出ることはよくある、とはいえ、ザントは子供だ。封印は不純物との交戦が多いし、親が旅を許したとは思えない。なのに、本気で「行きたい」と言っているのがひしひしと伝わってくる。ザントの目はミュエルの目をまっすぐに見ていた。
「何を言ってるの、ガキが役に立つ旅じゃないのよ。遊びならテントの中でやってなさい」
デュークはどうやって断ればいいか、ない知恵を絞っていたのに、ミュエルからは辛辣な言葉がさらりと出てきた。口を尖らせて、ザントは負けじと食い下がる。
「僕達、旅の芸人だよ? 不純物とはしょっちゅう戦ってるし、僕の腕前は見たでしょ。普通の子供と一緒にしないでよ」
口を尖らせる仕草はあどけないが、確かに腕は本物だった。
ザントの勢いは、冷たくあしらったくらいでは止まりそうにない。ただ、何か違和感があった。子供を演じる子供が見逃すはずのない点が抜けている。
「あのさ、ザント。行きたいのはわかったけど、それ、お前の親とかサーカスの皆が困るんじゃないのか?」
ぎくり。僅かにザントの肩が縮まる。デュークの素朴な疑問は、痛い所を突いていたようだ。いくつもの演目で喝采を浴びていたし、ザントはサーカスにとってなくてはならない存在。舞台の中心が急に抜けてしまったら、仲間を困らせることになる。
「……平気だよ。僕が小さい頃は、皆だけでやってたんだもん。お兄さんは優しい人なんだね。でも、それって僕に優しくないなあ」
腰に手を当てて屈んで、上目遣いに笑う。やっぱり、子供らしくない。
「馬車で世界中を連れまわされるだけ。僕の人生、かごの鳥で終われって言うの? だいたい、この世界に生きてて、封印を見るチャンスを逃すなんて有り得ないよ!」
そう言われると、デュークは返す言葉に困った。つい先日、目を輝かせて封印術を見たばかりだ。護衛士になったからこそ、あの場にいることが出来たのだ。昔の彼が護衛士を志した理由には、ザントのような好奇心も含まれていた。
(人のこと言えねえ……けど、この旅は命がけなんだ。どう説得しよう)
ざっくり束ねたボサボサの髪もしおれてしまった。困りきったデュークを一瞥し、ザントをちらっと見てから、ミュエルが細い溜息をつく。
「……いいでしょう。さっさと荷物をまとめるのね、明日にはここを発つわ」
「ええっ!?」
驚いたのはザントよりデュークだ。相棒を追い払おうとするのに、更なる同行者を認めるとはどういうわけだろう。
ザントは喜び勇んで「また明日ね!」とサーカスのテントに戻った。すると、ミュエルは口の端だけ持ち上げた悪どい笑みを浮かべた。明らかに何か企んでいる。
「あの子が足手まといだったら、あんたが親元に連れて行くのよ」
「あ、そういうこと……」
冷たくあしらっても悪態をついても、呑気に付いてくるデュークに対して、新たな策を講じたのだ。とにかくひとりになりたいらしい。
しかし、そうやって道具のようにザントを扱うなら、「あの子」という言い方をするだろうか。どうしてもデュークには、ミュエルが嫌な奴だとは思えなかった。
(俺、細心の注意を払ってるわけじゃねえけど……ここまで付いて来られたしな)
道中、苦楽を共にする相棒である護衛士に対し、封印士のミュエルはつんけんした態度をとる。お荷物扱いされても、バカ呼ばわりされても、デュークは特に気にせず旅を続けていた。ミュエルが背負う〈大穴の封印〉という重圧とは比べようもないが、デュークにだって譲れない旅の理由があるのだ。
人間達が暮らす世界の真ん中には、高くそびえる霊峰があった。その上空には、いかなる晴天の日にも雲がある。古くから、雲の上には神々の世界があると言われていた。広く普及する神話には、神界についてこのようにも書かれていた。
全ての世界は穴で繋がっている。皆の幸福が、信仰が、巡りて世界を形作る。
じゃあ、穴の向こうに神様が見えるかもしれない。雲の向こうで、一体どんな暮らしをしているのか。少年の頃に読み聞かせられた神話から、デュークの夢は膨らんでいった。もちろん、護衛士として封印士の助けになることに誇りを持っている。ただ、同じくらい神界に対する興味もあるのだった。この先がどんな旅になるとしても、彼は最後まで付いて行くのだろう。
最初の穴を封印して、幾度かの野宿を経て、デューク達が着いたのは港町のテタ。漁業が盛んで、船舶貿易の拠点でもある。このテイタテイトは国土に山岳地帯や森を多く含むため、小さな町が点在する。テタはそこそこ栄えた中規模の町といった印象だが、この国では首都よりも大きいそうだ。
「さあさあ、曲芸、猛獣、空中ブランコ! 色々あるよー! ルジーク・サーカス、間もなく開演でーす!!」
元気のいい呼び込みが聞こえる。どうやら、旅の芸人一座が滞在しているようだ。派手な色の衣装を着た道化師が、集まった人にビラを配っていた。広場に大きなテントが張ってあり、どんどん客が入っていく。
「お姉さん、封印士だよね!」
キノコの傘のような形をした、真ん丸帽子を被った少年が、いきなり声をかけてきた。デューク達の白い制服とは対照的に、鮮やかな緑を基調とした服を着ている。彼も芸人のひとりなのだろう。
「そうだけど、何?」
封印士と護衛士の制服は、世界の皆が知っている。確認するまでもないことだ。ミュエルの言い方は子供に対しても冷たいが、少し声色が柔らかく聞こえた。少年は、ぱっと笑ってポケットを探る。
「……これ! よかったら見に来てよ。サーカス、ぜったい楽しいから!」
取り出したのは、サーカスの招待券だった。渡すとすぐに向きを変えて、少年はテントへ駆けていく。いらないと言う間もなく、ミュエルの掌には、二枚の招待券が残された。
優先するべきは封印の旅で、娯楽にかまける暇などない。ミュエルが言いそうなことはデュークにもわかったが、なぜか彼女はその場に立ち尽くしていた。
「開演ー!! さあさあ皆さん、入った入った!」
最後の呼び込みが声を張る。目線だけをテントに向けたミュエルの手から、風でふわりと券が浮く。
それを素早く掴んで、デュークはミュエルの手を引いた。ぼんやりしていたら、せっかく見られる面白そうなサーカスに、遅れてしまうではないか。脳裏には、少年の笑みが残っていた。口に出さなくても、「ぜったい来てね!」と顔に書いてあった。
「ほらっ、行くぞ、ミュエル!」
「え」
行くか行くまいか迷っていたのだろう、案外ミュエルは素直に付いて来た。
こうして、デューク達はサーカスを見ていくことになった。テントの中に並んだ客席はおおむね埋まっていて、中々の盛況ぶりだ。
客席に囲まれた円舞台に、スポットが当たる。絵に描いたような髭と黄色い蝶ネクタイが似合う、燕尾服の男性が立っている。大きすぎる靴や紅白の四角をならべた柄のズボンが、いかにもサーカスらしい。彼がこのサーカスの団長だ。丁寧なご挨拶で開演を宣言したが、礼の後に燕尾服を翻したかと思うと、中から二十羽ばかりの鳩が飛び立った。会場が一気に沸く。無邪気にはしゃぐデュークの隣で、ミュエルはあんなの手品だと溜息をついた。
それから、たくさんの演目が代わる代わる披露された。あの少年も、衣装を替えながらいくつかの芸をこなしていた。綱渡りで宙返りをして見せたり、わざと転びそうになってみたりしながら、合間に愛嬌を振りまくのを忘れない。さすがに猛獣を扱うことはないが、ジャグリングでもたくさんのボールをくるくる回して喝采を浴びた。
圧巻だったのは的当てで、サーカスの目玉となる演目だ。人の頭に乗せた的を、本物の弓矢で射抜く。リンゴなど大きい方で、だんだん的が小さくなる。たまに外すのは盛り上げるための布石で、最後には観客に借りた指輪を団員に持たせ、その穴に矢を通した。
「ルジーク・サーカスの星、ザントの的当てでした! この子の将来にも期待しちゃってくださいねー!」
アナウンスの後、にっこり笑って四方に礼をする少年には、盛大な拍手が送られた。
そんな中、ミュエルが急に席を立って走っていったので、デュークは慌てて追いかける。
「どうした?」
テントを出てすぐの所で、ミュエルは片手をひざに置いて屈んでいた。もう片方の手は、苦しそうに襟元を握っている。デュークの呼びかけには首を横に振って「何でもない」と言い張るが、どう見ても顔色が悪い。
「あっ! よかった、まだいた。お姉さん達、サーカス、どうだった?」
ザントが、衣装のまますぐに出てきた。テントの中では団長が終演の挨拶でもしているのだろう。観客が帰るまで、まだ少し間がある。
ミュエルは身を起こすと、少年を鋭く睨んだ。
「あんたの作り笑い、不愉快ね。芸よりもそれが見せたかったんでしょう」
怒って低くなった声に、少年が怯むことはない。
「ふふ。やっぱり、お姉さんにはわかると思った」
今浮かべる笑みは、子供にしては暗い含みがある。くりくりした青い目の奥で、何を考えているのだろう。
(客席からじゃ何とも思わなかったけど、嘘をつきなれた奴の目だ)
子供らしい口調、表情をよく知っていて、客が喝采をくれるように可愛い道化師を演じる。サーカスを盛り上げるプロ根性は天晴れだ。しかし間近で話してみると、華やかな衣装がくすんで見えるくらいに、ザントのまとう雰囲気は暗かった。ミュエルは、彼が心の内に抱える何かを見抜いていたのだろうか。
「芸人としてどうなのかしら、招待客の気分を害するのは」
「そんなに怒らないでよ。僕のこと心配になっちゃったでしょ? お姉さんみたいにツンツンした人って、案外優しいもんね」
「無駄口ばかり叩くなら話は終わりよ」
「おーい、子供にも容赦ねえな……」
何の話をしているのか、デュークにはよくわからない。思わずこぼした言葉は誰も拾わなかった。少し緊迫した空気の中で、ザントとミュエルの間にだけ通じるものがある。
「あぁ、待って待って、簡単に言うから。……あのね、僕を封印の旅に連れて行ってよ!」
「ええ!?」
唐突なお願いに驚きの声を上げたのはデュークだった。傭兵や冒険者がこうして同行を願い出ることはよくある、とはいえ、ザントは子供だ。封印は不純物との交戦が多いし、親が旅を許したとは思えない。なのに、本気で「行きたい」と言っているのがひしひしと伝わってくる。ザントの目はミュエルの目をまっすぐに見ていた。
「何を言ってるの、ガキが役に立つ旅じゃないのよ。遊びならテントの中でやってなさい」
デュークはどうやって断ればいいか、ない知恵を絞っていたのに、ミュエルからは辛辣な言葉がさらりと出てきた。口を尖らせて、ザントは負けじと食い下がる。
「僕達、旅の芸人だよ? 不純物とはしょっちゅう戦ってるし、僕の腕前は見たでしょ。普通の子供と一緒にしないでよ」
口を尖らせる仕草はあどけないが、確かに腕は本物だった。
ザントの勢いは、冷たくあしらったくらいでは止まりそうにない。ただ、何か違和感があった。子供を演じる子供が見逃すはずのない点が抜けている。
「あのさ、ザント。行きたいのはわかったけど、それ、お前の親とかサーカスの皆が困るんじゃないのか?」
ぎくり。僅かにザントの肩が縮まる。デュークの素朴な疑問は、痛い所を突いていたようだ。いくつもの演目で喝采を浴びていたし、ザントはサーカスにとってなくてはならない存在。舞台の中心が急に抜けてしまったら、仲間を困らせることになる。
「……平気だよ。僕が小さい頃は、皆だけでやってたんだもん。お兄さんは優しい人なんだね。でも、それって僕に優しくないなあ」
腰に手を当てて屈んで、上目遣いに笑う。やっぱり、子供らしくない。
「馬車で世界中を連れまわされるだけ。僕の人生、かごの鳥で終われって言うの? だいたい、この世界に生きてて、封印を見るチャンスを逃すなんて有り得ないよ!」
そう言われると、デュークは返す言葉に困った。つい先日、目を輝かせて封印術を見たばかりだ。護衛士になったからこそ、あの場にいることが出来たのだ。昔の彼が護衛士を志した理由には、ザントのような好奇心も含まれていた。
(人のこと言えねえ……けど、この旅は命がけなんだ。どう説得しよう)
ざっくり束ねたボサボサの髪もしおれてしまった。困りきったデュークを一瞥し、ザントをちらっと見てから、ミュエルが細い溜息をつく。
「……いいでしょう。さっさと荷物をまとめるのね、明日にはここを発つわ」
「ええっ!?」
驚いたのはザントよりデュークだ。相棒を追い払おうとするのに、更なる同行者を認めるとはどういうわけだろう。
ザントは喜び勇んで「また明日ね!」とサーカスのテントに戻った。すると、ミュエルは口の端だけ持ち上げた悪どい笑みを浮かべた。明らかに何か企んでいる。
「あの子が足手まといだったら、あんたが親元に連れて行くのよ」
「あ、そういうこと……」
冷たくあしらっても悪態をついても、呑気に付いてくるデュークに対して、新たな策を講じたのだ。とにかくひとりになりたいらしい。
しかし、そうやって道具のようにザントを扱うなら、「あの子」という言い方をするだろうか。どうしてもデュークには、ミュエルが嫌な奴だとは思えなかった。
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