Kolme1 剣と鍵

こま

文字の大きさ
3 / 28
2 ちいさな道化師

2-1

しおりを挟む
 封印の旅は長い。通例に倣って、最高位の封印士と組んで旅立ったデュークは、護衛士の中で一番の戦闘能力を有していた。彼の旅は始まったばかり、終着点の大穴〈コルメ〉はまだまだ遠い。
 道中、苦楽を共にする相棒である護衛士に対し、封印士のミュエルはつんけんした態度をとる。お荷物扱いされても、バカ呼ばわりされても、デュークは特に気にせず旅を続けていた。ミュエルが背負う〈大穴の封印〉という重圧とは比べようもないが、デュークにだって譲れない旅の理由があるのだ。
 人間達が暮らす世界の真ん中には、高くそびえる霊峰があった。その上空には、いかなる晴天の日にも雲がある。古くから、雲の上には神々の世界があると言われていた。広く普及する神話には、神界についてこのようにも書かれていた。
 全ての世界は穴で繋がっている。皆の幸福が、信仰が、巡りて世界を形作る。
 じゃあ、穴の向こうに神様が見えるかもしれない。雲の向こうで、一体どんな暮らしをしているのか。少年の頃に読み聞かせられた神話から、デュークの夢は膨らんでいった。もちろん、護衛士として封印士の助けになることに誇りを持っている。ただ、同じくらい神界に対する興味もあるのだった。この先がどんな旅になるとしても、彼は最後まで付いて行くのだろう。

 最初の穴を封印して、幾度かの野宿を経て、デューク達が着いたのは港町のテタ。漁業が盛んで、船舶貿易の拠点でもある。このテイタテイトは国土に山岳地帯や森を多く含むため、小さな町が点在する。テタはそこそこ栄えた中規模の町といった印象だが、この国では首都よりも大きいそうだ。
「さあさあ、曲芸、猛獣、空中ブランコ! 色々あるよー! ルジーク・サーカス、間もなく開演でーす!!」
 元気のいい呼び込みが聞こえる。どうやら、旅の芸人一座が滞在しているようだ。派手な色の衣装を着た道化師が、集まった人にビラを配っていた。広場に大きなテントが張ってあり、どんどん客が入っていく。
「お姉さん、封印士だよね!」
 キノコの傘のような形をした、真ん丸帽子を被った少年が、いきなり声をかけてきた。デューク達の白い制服とは対照的に、鮮やかな緑を基調とした服を着ている。彼も芸人のひとりなのだろう。
「そうだけど、何?」
 封印士と護衛士の制服は、世界の皆が知っている。確認するまでもないことだ。ミュエルの言い方は子供に対しても冷たいが、少し声色が柔らかく聞こえた。少年は、ぱっと笑ってポケットを探る。
「……これ! よかったら見に来てよ。サーカス、ぜったい楽しいから!」
 取り出したのは、サーカスの招待券だった。渡すとすぐに向きを変えて、少年はテントへ駆けていく。いらないと言う間もなく、ミュエルの掌には、二枚の招待券が残された。
 優先するべきは封印の旅で、娯楽にかまける暇などない。ミュエルが言いそうなことはデュークにもわかったが、なぜか彼女はその場に立ち尽くしていた。
「開演ー!! さあさあ皆さん、入った入った!」
 最後の呼び込みが声を張る。目線だけをテントに向けたミュエルの手から、風でふわりと券が浮く。
 それを素早く掴んで、デュークはミュエルの手を引いた。ぼんやりしていたら、せっかく見られる面白そうなサーカスに、遅れてしまうではないか。脳裏には、少年の笑みが残っていた。口に出さなくても、「ぜったい来てね!」と顔に書いてあった。
「ほらっ、行くぞ、ミュエル!」
「え」
 行くか行くまいか迷っていたのだろう、案外ミュエルは素直に付いて来た。
 こうして、デューク達はサーカスを見ていくことになった。テントの中に並んだ客席はおおむね埋まっていて、中々の盛況ぶりだ。
 客席に囲まれた円舞台に、スポットが当たる。絵に描いたような髭と黄色い蝶ネクタイが似合う、燕尾服の男性が立っている。大きすぎる靴や紅白の四角をならべた柄のズボンが、いかにもサーカスらしい。彼がこのサーカスの団長だ。丁寧なご挨拶で開演を宣言したが、礼の後に燕尾服を翻したかと思うと、中から二十羽ばかりの鳩が飛び立った。会場が一気に沸く。無邪気にはしゃぐデュークの隣で、ミュエルはあんなの手品だと溜息をついた。
 それから、たくさんの演目が代わる代わる披露された。あの少年も、衣装を替えながらいくつかの芸をこなしていた。綱渡りで宙返りをして見せたり、わざと転びそうになってみたりしながら、合間に愛嬌を振りまくのを忘れない。さすがに猛獣を扱うことはないが、ジャグリングでもたくさんのボールをくるくる回して喝采を浴びた。
 圧巻だったのは的当てで、サーカスの目玉となる演目だ。人の頭に乗せた的を、本物の弓矢で射抜く。リンゴなど大きい方で、だんだん的が小さくなる。たまに外すのは盛り上げるための布石で、最後には観客に借りた指輪を団員に持たせ、その穴に矢を通した。
「ルジーク・サーカスの星、ザントの的当てでした! この子の将来にも期待しちゃってくださいねー!」
 アナウンスの後、にっこり笑って四方に礼をする少年には、盛大な拍手が送られた。
 そんな中、ミュエルが急に席を立って走っていったので、デュークは慌てて追いかける。
「どうした?」
 テントを出てすぐの所で、ミュエルは片手をひざに置いて屈んでいた。もう片方の手は、苦しそうに襟元を握っている。デュークの呼びかけには首を横に振って「何でもない」と言い張るが、どう見ても顔色が悪い。
「あっ! よかった、まだいた。お姉さん達、サーカス、どうだった?」
 ザントが、衣装のまますぐに出てきた。テントの中では団長が終演の挨拶でもしているのだろう。観客が帰るまで、まだ少し間がある。
 ミュエルは身を起こすと、少年を鋭く睨んだ。
「あんたの作り笑い、不愉快ね。芸よりもそれが見せたかったんでしょう」
 怒って低くなった声に、少年が怯むことはない。
「ふふ。やっぱり、お姉さんにはわかると思った」
 今浮かべる笑みは、子供にしては暗い含みがある。くりくりした青い目の奥で、何を考えているのだろう。
(客席からじゃ何とも思わなかったけど、嘘をつきなれた奴の目だ)
 子供らしい口調、表情をよく知っていて、客が喝采をくれるように可愛い道化師を演じる。サーカスを盛り上げるプロ根性は天晴れだ。しかし間近で話してみると、華やかな衣装がくすんで見えるくらいに、ザントのまとう雰囲気は暗かった。ミュエルは、彼が心の内に抱える何かを見抜いていたのだろうか。
「芸人としてどうなのかしら、招待客の気分を害するのは」
「そんなに怒らないでよ。僕のこと心配になっちゃったでしょ? お姉さんみたいにツンツンした人って、案外優しいもんね」
「無駄口ばかり叩くなら話は終わりよ」
「おーい、子供にも容赦ねえな……」
 何の話をしているのか、デュークにはよくわからない。思わずこぼした言葉は誰も拾わなかった。少し緊迫した空気の中で、ザントとミュエルの間にだけ通じるものがある。
「あぁ、待って待って、簡単に言うから。……あのね、僕を封印の旅に連れて行ってよ!」
「ええ!?」
 唐突なお願いに驚きの声を上げたのはデュークだった。傭兵や冒険者がこうして同行を願い出ることはよくある、とはいえ、ザントは子供だ。封印は不純物との交戦が多いし、親が旅を許したとは思えない。なのに、本気で「行きたい」と言っているのがひしひしと伝わってくる。ザントの目はミュエルの目をまっすぐに見ていた。
「何を言ってるの、ガキが役に立つ旅じゃないのよ。遊びならテントの中でやってなさい」
 デュークはどうやって断ればいいか、ない知恵を絞っていたのに、ミュエルからは辛辣な言葉がさらりと出てきた。口を尖らせて、ザントは負けじと食い下がる。
「僕達、旅の芸人だよ? 不純物とはしょっちゅう戦ってるし、僕の腕前は見たでしょ。普通の子供と一緒にしないでよ」
 口を尖らせる仕草はあどけないが、確かに腕は本物だった。
 ザントの勢いは、冷たくあしらったくらいでは止まりそうにない。ただ、何か違和感があった。子供を演じる子供が見逃すはずのない点が抜けている。
「あのさ、ザント。行きたいのはわかったけど、それ、お前の親とかサーカスの皆が困るんじゃないのか?」
 ぎくり。僅かにザントの肩が縮まる。デュークの素朴な疑問は、痛い所を突いていたようだ。いくつもの演目で喝采を浴びていたし、ザントはサーカスにとってなくてはならない存在。舞台の中心が急に抜けてしまったら、仲間を困らせることになる。
「……平気だよ。僕が小さい頃は、皆だけでやってたんだもん。お兄さんは優しい人なんだね。でも、それって僕に優しくないなあ」
 腰に手を当てて屈んで、上目遣いに笑う。やっぱり、子供らしくない。
「馬車で世界中を連れまわされるだけ。僕の人生、かごの鳥で終われって言うの? だいたい、この世界に生きてて、封印を見るチャンスを逃すなんて有り得ないよ!」
 そう言われると、デュークは返す言葉に困った。つい先日、目を輝かせて封印術を見たばかりだ。護衛士になったからこそ、あの場にいることが出来たのだ。昔の彼が護衛士を志した理由には、ザントのような好奇心も含まれていた。
(人のこと言えねえ……けど、この旅は命がけなんだ。どう説得しよう)
 ざっくり束ねたボサボサの髪もしおれてしまった。困りきったデュークを一瞥し、ザントをちらっと見てから、ミュエルが細い溜息をつく。
「……いいでしょう。さっさと荷物をまとめるのね、明日にはここを発つわ」
「ええっ!?」
 驚いたのはザントよりデュークだ。相棒を追い払おうとするのに、更なる同行者を認めるとはどういうわけだろう。
 ザントは喜び勇んで「また明日ね!」とサーカスのテントに戻った。すると、ミュエルは口の端だけ持ち上げた悪どい笑みを浮かべた。明らかに何か企んでいる。
「あの子が足手まといだったら、あんたが親元に連れて行くのよ」
「あ、そういうこと……」
 冷たくあしらっても悪態をついても、呑気に付いてくるデュークに対して、新たな策を講じたのだ。とにかくひとりになりたいらしい。
 しかし、そうやって道具のようにザントを扱うなら、「あの子」という言い方をするだろうか。どうしてもデュークには、ミュエルが嫌な奴だとは思えなかった。
(俺、細心の注意を払ってるわけじゃねえけど……ここまで付いて来られたしな)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。 しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は賑やかになった。

処理中です...