Kolme1 剣と鍵

こま

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2 ちいさな道化師

2-2

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 封印士ミュエルが率いる一行が次に目指すのは、霊峰をぐるりと回った先、水産資源に恵まれた国、ポリアンサに近い穴だ。
「じゃあ、それまでの間に穴はないのか?」
「道なりに封印していけるものじゃないの。バランスをとるために対角の穴に行くものよ……って、学院で習ったでしょ」
 ザントの加入で会話が増えて、ミュエルは言葉の端々にほころびを見せるようになった。今の話も、ザントが行き先を聞いたから始まったものだ。その流れでつい、デュークにもまともな答えを返した。こういうことがあると、デュークとザントは顔を見合わせて微笑んだ。反対に、ミュエルはしばらく口をきかなくなる。
「ていうか、デューク、今まで行き先知らないで旅してたの?」
「ああ、どうせ一緒に行くんだし、そのうちわかると思って」
「呑気だねえ。あきれちゃうよ」
 これでは、どっちが子供かわからない。ミュエルに言葉で攻撃される立場上の仲間意識もあり、ふたりはすぐに打ち解けていた。
 おまけに、ザントの弓の腕前は確かだ。芸のための技で、不純物などの動くものには通用しないと考えていたミュエルは、こっそり舌打ちした。
 テタの町を発って、どこの国土にも属さない森を抜ける間に、何度か野宿をすることになった。町で補給も出来たし、当番制にして食事を作る。長旅を前提として話を進めたデュークとザントだが、これはミュエルにとって好機であった。
(ふん、私に料理させたこと、後悔するが良いわ)
 自分に順番が回った時、気合を入れて髪を束ねたミュエルは、意気揚々と鍋をかき混ぜた。
 赤い。なんだか赤い。旅の中では、長く保存できる堅焼きパンが主食なので、ふやかすためにスープを作ることが多い。塩とちょっとしたスパイスしか味付けのない生活には、あまり見かけない色だった。
 今日手に入れた具材に、トマトなどの赤い野菜はない。そういえば、ミュエルは何やら赤い液体の入った小瓶を持っていたような?
(なんだったのかな、あれ……)
 スプーンでひとすくいして、ザントは心配げに間を置いた。くんくん、香りは美味しそうだ。その時、既にデュークとミュエルは食べ始めていた。
(考えすぎか)
 ぱくり、口に含むと少し酸味があって、干し肉の出汁と野菜の甘さが調和したスープだ……と思った次の瞬間、一気に口の中が辛くなった。あの小瓶の正体は、辛味調味料らしい。
 ミュエルは涼しい顔をしているが、デュークとザントはスープと同じ顔色になっていた。火を吹くかと思った。
(なるほど、ミュエルは辛党ってわけだ……)
(こんな攻撃されるとは思わなかったよ!)
 でも、と顔を見合わせて、真っ赤なふたりは皿にスプーンを突っ込んだ。文句を言わずに食べ進めていく。結局、それ以上何事もなく食事は片付いた。
(なんだかんだ、おいしかったよね)
(あれだけ辛いのに旨いって、すげえよな)
 料理上手が発覚しただけだ。そうと言えばきっと怒られるので、デュークとザントは目線で会話した。

 森を越えて、ラナンキュラスの領地に入った。そこも豊かな森を擁する土地で、城壁に囲まれた首都を目指す。今日は久しぶりに宿で眠れそうだ。
「ラナンキュラスかあ。確か、ポリアンサと仲悪いんだよ」
 ザントが言うとおり、古くから小競り合いの絶えない国々だ。広い農地や離島を求めて、主にポリアンサがラナンキュラスにちょっかいを出していた。近年の表向きは平和だが、水面下では不穏な動きがあるとの噂が立っている。
 なるほど、領内に入ってから森の雰囲気が変わった。時々現れる不純物の他に、人の気配がある。見回りの兵士は、前にザントが来た時よりも多いという。ポリアンサ兵がラナンキュラス領を探るのを牽制するためだろう。
 馬車の轍や人の歩みが作った道を進むと、後ろからゆったりと馬車が近付いてきた。
「やあやあ、封印士様ご一行だね!」
 メガネの女性が、元気のいい声をかけてくる。満載の荷物が御者台にはみ出しているので、女性は馬の背にまたがっていた。ひらりと道に下りて、デューク達と並んで歩く。
「今年もそんな時期かぁ~。道理で儲かるわけだ♪」
「え~? すっごく、重そうな馬車だけど、何屋さんなの?」
「失礼なお子様! 在庫が減ったから仕入れたばかりだっていうのに」
 女性は笑いながら、ザントのキノコ帽子をずり下げた。
「青年は青年で失礼だよね」
「え、俺も?」
 急にじっと見つめられて、デュークは首を傾げる。何のことやらサッパリ、という顔には、いくら目線を刺しても張り合いがない。
「この超絶スタイルに鼻の下を伸ばさないなんて、変な子! ……ま、いつも近くにあの子がいるんだもん、慣れっこか」
 言うだけあって、女性は実に健康的というか、とても女性らしいというか、要するに出るところが出ていた。ちらりと向けられた目を睨み返して、今まで黙っていたミュエルが口を開く。
「で、本屋のオバサンが何の用?」
 ふたりは顔見知りらしい。馬車で各地を回って商売をしているようだし、コンスリンクトに来たことがあるのか。以前の旅で会ったことも考えられた。
「覚えてたんだ。大きくなったねえ」
 ミュエルの台詞が一番失礼だったのに、女性は怒るどころか嬉しそうだ。風変わりな反応が神経を逆撫でした。
「何の用だって聞いてるの。老けない方法でも本にしたのかしら」
「ん~違うけど。これでも色々努力してんのよ? 本が好きそうな旅人を追いかけて、町から町へ……」
「それ、商売の方の努力じゃん」
 帽子を直し、ザントは懲りずに茶々を入れた。その目の前に、一冊の本が差し出される。
「そうだよ。こうやって顔を売って、後の商売につなげる! さぁて、君達にはサービスでこれをあげちゃう。……天才少女との再会を祝して」
 言葉の終わりにミュエルを見つめて、女性は意味深に微笑んだ。鋭い目線が返ってくるのをかわして、再び馬にまたがる。
「じゃ、今後もごひいきにお願い! サービスのこと、他の人にはナイショね!」
 片目をつぶって、口元に人差し指を立てると、馬車の速度を上げてどんどん先へ行ってしまう。白昼夢のような来訪者だったが、ザントの手に残された本が事実を示していた。
「十年も前に会った人のこと、よく覚えてたね」
「……別に。あんなやかましい本屋、他にいないわ」
 ミュエルは動揺していたのかもしれない。ザントの問いに答えてから、きゅっと両方の拳を握った。それから封印具に手をやり、苛立ちを吐き出す。自らを多く語らずに旅してきたのに、十年前の旅が、少しでも明るみになったのが嫌みたいだ。
 封印具をひとなでして、ミュエルは早足になった。それから町に着くまでは、とうとう一言も話さなかった。
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