Kolme1 剣と鍵

こま

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 皆で挑むと固めた決意が揺るがぬよう、ゆっくりと日没までを過ごした。夕食は静かに四人だけで食べられるよう配慮され、宿の食堂奥、パーテーションで仕切られた一角のテーブルについた。しかし、それではかえって目立つような気がする。パーテーションの隙間からの目線とひそひそ声があって、どうにも食卓は落ち着かない。
 エイルは隙間をじっと見つめて、目が合った野次馬を去らせて遊ぶ余裕がある。反対にザントは不機嫌な顔をしていた。
「イラついてるわね、ザント。人の目には慣れてるんじゃないの?」
 そう言うミュエルもいまひとつ食が進んでいないが、誰もそこには言及しなかった。宿が用意した食事には明日へのエールがこもっているので、誕生日パーティーのごとく皿が並んでいる。
(なんか、最後の晩餐みたいじゃん)
 いやに贅沢な待遇は、整えた心を緊張に引き戻す。加えて、こっそり見られるのはザントが特に嫌悪することだった。
「慣れてるよ、舞台で見られるのは。せっかく気を抜いてる時に舞台裏をのぞかれるのは、だいっ嫌い」
 むくれた頬を見ると、隣に座ったエイルが耳打ちを始める。どうやら、状況を面白がる方法を手ほどきしているらしい。程なくふたり共、にんまり笑って隙間を見つめた。何人かの野次馬が立ち去る足音がした。笑いの意味が分からずに首を傾げるデュークは、普段通りに「美味しい」と言って食事をほおばっている。
「こうしていれば、少しは気楽でしょう? デュークほど自然体でいるのは、難しいですけどね」
「ほんとだね」
 食欲に感心するふたりだけでなく、隣からも視線を感じて見ると、ミュエルもデュークの顔を見ていた。目が合ったらすぐに逸らしてしまったが、柔らかな微笑がそこにはある。
(呑気な奴がいると、平常心に近づけるものね)
 やがて、衆目を気にする仲間はいなくなった。他愛ない話をしながら、いつもより少し賑やかに、だんらんの時を過ごした。
 その後、部屋に戻ると人の目から解放されて気が抜ける。しばらくソファに座って封印具をもてあそんでいたミュエルは、やがてそれをベルトに差して部屋から出て行く。外の空気が吸いたいと言っていたが、それだけだろうか。
(山門での試練……ミュエルがデュークを失うなんて、酷だわ。当時と同じ試練が課せられるのか、何が起こるのか、わからないけれど)
 まだ町に明かりが見える時間。明日を思えば早く休むに越したことはないと思っても、溜息をつくごとに目が冴えた。窓から夜を眺めていたエイルは、宿の談話室へ行ってみることにした。ひとりなら、野次馬も寄ってこないだろう。注目を集めるのは常に封印士だ。
 談話室は、テーブルと椅子が何組か備えられたスペースで、宿泊客は誰でも入ることができる。デュークとミュエルがふたりで話していたりして、と思いながら、エイルは彼らが別の場所にいると見当をつけていた。
「あっ」
 代わりに、いると思った少年から声があがる。ザントは「あっ」と言いつつ「やっぱり」という顔をして、ふたり掛けのテーブルへとエイルを手招きした。向かい合って座ると、しばしの沈黙の後に目が合った。
「いよいよだね」
 少し上ずった声は、震えないように気をつけたのだろう。今は帽子を外しているザントの顔には、心配が張り付いていた。可愛い見栄に悪戯心がくすぐられ、エイルは頬杖をついた。
「ええ。眠れないのですか?」
(いじわる)
 目だけで言って口を尖らせる仕草が子供っぽくても、彼はもう半分大人だと思う。どんな言葉が返ってくるか、波打つ髪の先をいじりながら待った。
「眠れるわけないよ。この旅、もうすぐ終わっちゃうんだから。何か、先延ばしにしたいんじゃない? 寝ても起きても時間が止まんないって、わかっててもさ」
 他人事のような言い方は、エイルも似た心境でいるのではと探った感じがあった。
「そうですね……旅を四人でやり遂げるのは、きっと喜ばしいこと。なのに、もっとこうして皆さんと一緒の世界にいたいと思ってしまいます」
 全てが終われば、元いた場所へ帰る。それまでは思い切り旅をする。自分で決めたことを振り返りながら、エイルは大穴の封印から話を逸らしたくなった。
「ザントは、この旅が楽しいですか?」
「うん。家族から離れるのって初めてだけど、デュークはお兄ちゃんみたいだし」
 ザントより子供染みた発言があるデュークでも、いざという時は必ず頼りになる。確かに、エイルにとっても心強い存在だ。今では、彼の自然な優しさに苛立つことはない。
「ミュエルなんて、ある意味本当のお母さんよりお母さんっぽいよ」
「ふふふ、それは……本人の前で言ったら怒られますね。年齢的に」
 思わず笑ってしまう。料理上手は異性にもてると聞くが、微妙な年の差がそうさせるのか、ザントの感情は別の次元にあった。こうなると、自分のことも聞いてみたくなる。
「わかってるさ。だからエイルに言ったの。内緒にしといてね」
「いいでしょう。私をどう思っているか教えてくれたら、ね」
「そう来ると思った。えーっと、何ていうか……こんなふうに言ったら怒るかな」
 尋ねておいて怒るのは理不尽だ。エイルは首を横に振った。それで安心して切り出すことには、ザントにとってエイルと接するのは「練習」なのだという。
「性格とか全然違うけど、僕、エイルと話すみたいに姉さんと話せたらいいなって思うんだ。何も無理してないから」
「あら、それは嬉しいです。私も、皆さんといる限りは……普通でいられる気がしますもの」
 封印士達が世界の安定のために行く茨の道を、ありのままの自分でいられる場所として心地よく感じるのは、不謹慎かもしれない。なんとなく笑いあい、通じた気持ちをふたりの秘密にしようと目線で約束した。

 屋根の上で、頭を掠める十年前を追い払うように、デュークはきつく瞬きをした。夜空や朝日を見る定位置であるここで、珍しい先客にかける言葉が見つからない。隣で仰向けになって星を見ていたら、少し夜が深まった。
「怖い?」
 短い問いを落としたのは、両足を屋根の傾斜に投げ出して座ったミュエルだ。
「べつに」
 シンプルな答えは柔らかい口調だった。何も考えずに飛び出した言葉だから、少しは怖いと思っていることが透けて聞こえたと思う。
「嘘……」
 何を強がっているんだと、普段のミュエルなら言っただろう。髪を揺らす風に消えそうな声は、彼女の方が余程強がっていることを表していた。伏し目がちな横顔を見ないように、デュークは真っ直ぐ星空に顔を向けた。
「平気だとは、言ってねえ。もちろん怖いよ。だけど、昔と同じ試練だって、絶対に同じ結果にはしない。だろ?」
「ええ……」
「俺が引っかかってるのは、少しの心配だ。山門の向こうに行く人間はほとんどいないから、不純物だらけだろうな。もし」
「やめてよ」
 強い語気でデュークを遮る声は震えていた。そうしておきながら確認せずにはいられず、ミュエルは不吉な想像を口にした。
「もし、三人だけになったら……大穴まで行けるか、心配だっていうの?」
 空を塞ぐように身を乗り出してきた表情は、泣きそうなのを押しとどめて眉をつり上げていた。
「ま、そんな感じ」
「こんな時まで、笑わないで。遮断器持って待機しててくれなきゃ困るのよ」
 デュークは頬をつねられた。空色の髪の横に手をついたミュエルが、最も信頼する護衛士はデュークだと、仲間の誰もがわかっている。どうしても恐怖は消えないのだ。十年前の山門は、最も信ずる者を要求した。
「ほう硬くなうあっへ。いてて」
 頬をつねる冷たい手は、喋りだしたのを合図に離れた。
「ミュエルが山門で何をどうしたって、それは、俺達全員で選ぶ道だ。覚悟を決めようとしてるのは、ミュエルだけじゃない」
 傍にある手を握って、デュークの顔から笑いが消えた。
「昔と違う試練かもしれない。同じ試練かも。諦めて引き返すかもしれない。どうなるか、わかるのは全部明日だ。だから俺は、どれでも受け入れる覚悟をする」
 思いつく数だけの道を覚悟して、共に行くつもりだ。どんな結果が待っていたとしても、ミュエルが苦しくないように。想いは伝わったのかどうか、互いの目を見るふたりの間に、夜風だけが流れる。
(私は、前に進むことしか考えてなかった。失敗も諦めも、自分では許せないけれど……デュークは受け入れてくれるのね)
 冷たかった手は、デュークの手の中で少しずつ温まっていく。掌に触れる彼の親指を包み込み、ミュエルはいつもより素直になってみることにした。再び口を開く時、恐怖心は隠さない。
「明日、大丈夫かしら」
「大丈夫」
 デュークは上体を起こしてにっと笑うと、ミュエルのもう片方の手も握った。
「あの時のミュエルは、俺やオルクの恨みを買うことより、自分の力が怖かったんだろ?」
 心の奥に押し込めすぎて、いつしか忘れていたことを思い出し、ミュエルは目を見開いた。小さな頷きが答えになる。さっきデュークが言った大丈夫には、根拠があった。
「今はもう、思い通りに扱える力だ。封印具、滅多に使わないし……俺の封印もちゃんと解けた!」
 ぎゅっと手を握る力を強くし、ミュエルを引っ張って立ち上がる。
「わ」
 突然のことに少しバランスを崩し、ミュエルもしっかり手を握り返す。文句を言おうと顔を上げた目の前で、デュークは無邪気に笑ってみせた。
「どうせ考えるなら、もっと楽しいことだよ。旅の後、コンスリンクトに帰ったら、とかさ」
「……あんたは、旅の後にどうしたいの?」
 大穴まで行けないことも、全てを無事に終えることも考えているなら、答えられるはずだ。紫の瞳はデュークを離さなかった。
「俺? そうだな。とりあえず、封印終わって最初のメシが楽しみ!」
 あまりにもささやかな未来を聞いて、ミュエルの手の力が緩む。デュークはそっとすり抜けて、屋根の端にある梯子の所へ歩く。そろそろ中へ入ろうと手招きした。
「何がいい?」
 歩み寄りながらの問いかけに「へ?」と間抜けな声をあげると、ミュエルはふっと笑みをこぼした。
「ザントと、エイルにも聞くわ。皆の食べたいもの、私が作ってあげる。どうせなら美味しいものが食べたいでしょう?」
 強気な表情が戻ってきた。全てを終えた後に、どうしてもやりたいことが出来た彼女には、もう押しつぶされそうなほどの恐怖はないようだ。
(デュークが、ザントが、エイルが。私の護衛士でいてくれて、本当によかった)
 部屋に戻ろうと宿の廊下を歩いていると、談話室の中に見慣れたふたりの姿を見つけた。デュークとミュエルは顔を見合わせて、人のまばらな談話室へ入って行く。
「お前ら、まだ起きてたのか」
「あ、そっちこそ~」
 ちょうど話したいことがあったから、四人はもう少し談話室に居座ることにする。登山の前夜は、ためらいながら更けていった。
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