Kolme1 剣と鍵

こま

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10 頂きへ

10-3

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 太陽が水平線を離れ、空を朝に染める。まだ少し影が長いうちに町を出て、デューク達は霊峰を目指した。そこは遠巻きに拝まれるばかりで人の往来が少ないのに、雑草が繁茂することもなく整った風景であった。といっても、登山口から続く道の他は険しい岩場で、とても人が歩けるものではない。山が丸ごと巨大な城で、山肌は堅固な城壁であるかのようだ。ひとつきりの入り口である山門は、冷たい空気をまとっていた。
「これが、山門……」
 城壁で町を囲うラナンキュラスの門も、こんなに大きくない。エイルは思わず呟いた。太古の年表のごとく、動物や植物、人や神々の図柄を微細に刻んだ石が高く組まれ、アーチを描いている。扉はないが、張りつめた空気が先へ進むことを許さず、目を引きつける。
(いや、この空気の出所は……やっぱ、あれだ)
 誰より先に山門から意識を離し、デュークは手前にある台座を見つめた。ベッドほどの大きさで、植物を抽象化した図柄が周囲に刻んである。平らな天面は青白く光っていた。そこに蓄えられた魔力が何を引き起こすのか、これから明らかになる。
 ひとり、またひとりとミュエルに目を移す。彼女は胸に手を当てて深呼吸すると、強い目で台座を見た。一歩、皆より前へ進み出る。
── 規律と秩序の担い手達よ、試練を超えて、己が資格を示せ
 待っていたように、山門から声が落ちてくる。
── この頂にありし世界を巡る奔流を操るは、覚悟と力を携え、彼の地に辿り着ける者のみ。まずは覚悟を問いかけよう
 ミュエルの横顔に、さっと恐怖がさす。しかし耳を塞ぐことはなく、言い渡される試練を待っている。
(私だって、覚悟をした。あいつと違ってひとつだけど。ここで、絶対に嘘をつかないって!)
 それぞれが、緊張して拳を握る。なんだか全員で手をつないでいる気分だ、と思うとデュークの口元はほころんだが、聞こえてきた言葉には表情を引き締める。
── 最も信ずる護衛士を、ここに示せ
 十年前と同じだ。示してどうなるかわからない分、不吉な予感ばかり膨らむ試練。エイルとザントが息をのむ中、デュークはミュエルの隣に並んでその目を見た。ミュエルもまた、ずっと誰よりも信頼する相棒を見つめた。
 かつて差し出した護衛士のように、デュークが門番と化して仲間を襲うだろうか。神の雷が彼を焼き、道が開かれるのだろうか。この場で心に染み付いた記憶が、体を芯から震わせる。しかし。
(ここを通って大穴の封印を成した封印士も、確かにいる)
 事実で自分を後押しして、ふたりは頷きあった。
「行くぞ」
「……うん」
 階段三段ほどの高さで据えられた台座に、デュークは一息に乗った。真ん中に堂々と立っていると、ミュエルに封印具で膝の裏をつつかれる。
「何、ど真ん中に陣取ってんのよ」
「へ?」
 想定外の攻撃に思わず左へよろけたら、台座の空いたスペースにミュエルが乗ってきた。その行動が何を意味するのか、ザントとエイルは不安げに台座に駆け寄る。ひとり、ミュエルだけがじっと山門を見上げていた。
「私はデュークを信じてる。こいつを信じる自分のことも信じる」
 だから自分も台座に乗った。一瞬だけデュークに向いた目はそう言う。
「後ろにいるふたりの護衛士も、いなければ私はここまで来られなかった。……私達は、四人でひとりの封印士。護衛士と封印士の間に、線引きなんかないのよ」
 ミュエルは、ありのままの気持ちをさらけ出したのだと思う。普段の彼女ならば、絶対にこんな言い方はしないし、沈黙した山門に向ける顔は耳まで赤くなっている。自然と口角が上がっていくのを見られないように、デュークは山門に目を移した。
(四人でひとり、か……嬉しいな。なんか、本当の護衛士になれたって気分だ)
 ザントとエイルも、同じような気持ちでいるだろう。重く冷たかった登山口の空気が、ずいぶん和らいだと感じる。
 と、かすかに石の擦れる音が聞こえてきた。台座の光がどんどん強くなり、呼応するように音も大きくなる。ぐらり、地面が揺れたかと思うと、不意に台座が光を失って、ゆっくりと土に沈み始めた。びくりと肩を震わせ、紫の瞳が隣を見る。デュークは笑顔のままで、すぐ側にあった手を握る。十年前と違う結果が出ると、もうわかっていた。
── 道は開かれん
 青白い光が山道を駆け上り、ただの石造りとなった台座が地面と同じ高さまで沈んだ時、山門から声がした。頂に大穴がある霊峰へ、立ち入ることを許されたのだ。
「やったな!……これからが、本番だ」
「ええ。行きましょう!」
 頷きあうのを合図につないだ手を放し、デュークとミュエルは後に続くふたりを見た。それぞれが笑みの奥に緊張をもって、進むべき方向へと一歩踏み出す。この先は力を試されるのだ。
 山門をくぐってからは、しばらくコンスリンクトの山道と同じような具合だった。多くの人が往来し、長年かけて整えていった道ではないはずなのに、こうも歩きやすいと妙な気がする。違いといえば、植物より岩場が目立つこと、生き物の気配がほとんどないことだろうか。
「さすがに……不純物は多いな」
 岩と似た色の毛皮に包まれた獣型や、岩を組み立てた人形のような不純物が、現れては行く手を塞ぐ。全てを相手にしてはいられないので、デュークやエイルが先頭に立って邪魔を払い、道を拓いていった。剣で歯が立たない不純物を除けるサポートをしつつ、ミュエルは落ち着かない鼓動を抱えていた。
(頂上までこのままとは思えない……回廊砦よりましだもの。あの光の行き先はどこ? 試される力は?)
 山の中腹にさしかかろうという辺りまで行くと、不純物の姿が減ってきた。道の両脇は切り立った岩場になっていて、落石に注意しながら進む。一息つける状況ではないようだ。
「ねえ、これって彫刻……かな?」
 一番背の低いザントが、徐々に変化する岩肌に目を付けた。足下の方に、山門の台座と似た紋様が彫られている。山から遺跡へ、道は姿を変えつつあったのだ。
「こういう場所に人の暮らす時代があったとは、思えませんけどね」
 エイルの意見はもっともだった。扱いやすい水源もなく、畑を作れる柔らかな土もない。
「昔は神様が住んでた、とか」
「おお。じゃあ、あれって神様が作ったのかもな」
 手の甲で陽を遮ってデュークが見た先で、山肌が四角く口を開けていた。彫刻された紋様が規則正しく並び、それを縁取っている。山岳神殿と呼ぶのが相応しいだろうか。暗闇であるはずの奥から、青白い光がこぼれていた。流れて出てくる冷たい空気を頬に受けて、ミュエルの横顔がすっと険しくなる。
(確かに人間が作ったものじゃなさそうね。岩を彫っただけなら、不純物がこの辺りにも群がるはず)
「……少し、休みましょうか。大変なのはこの先みたい」
「りょーかいっ、俺、ちょっと周りの様子見てくる」
 この場の安全を確かめついでに、デュークは具合のいい岩に上ってどんな高度にいるかを見た。さすがにまだ雲よりは下だが、他の山であればとうに頂上に届いているだろう。コンスリンクトより高い所にいるのは確かだった。更に上へと登る道は山岳神殿の他にはなく、それが麓から駆けていった光の行き先だとすれば、試練が課されることは自明だ。一休みしている間も、それぞれ四角い入り口に目が行って、気は休まらなかった。
 青白い光が照らしているおかげで、山岳神殿の中は明かりを持たずに歩けた。やはり、壁には植物を模したレリーフが刻まれていて、天井付近に等間隔で壁から出張った彫刻を受け皿に、光源が配置されている。山道ではうるさい程いた不純物は、今のところ姿を見せていない。
(かえって不気味だな、こうも静かだと……曲がり角から、わあ! って出てきそうだ)
 足音がレリーフに反響するばかりで、コウモリの羽ばたきや風の音も聞こえなかった。十字、丁字に道が分かれ、時には行き止まりもある遺跡は、巨大迷路と言うのが相応しい。
「これってさ、ちゃんと出口はあるのかな」
 幾つの行き止まりを見たかわからなくなったころ、ザントがぼやく。
「なんか変だよ。全然、空気が流れてない感じ」
「塞がっているのではないですか? ただ通り抜けるだけで済むとは思えませんもの」
 エイルの意見に、デュークとミュエルが頷く。
「遠目に見て行き止まりでも、開ける仕掛けがどこかにあるんだな」
「正解の道ならね。いちいち確認してれば、そのうち着くわ」
 曲がり角は全て直角、似たような景色が続く場所には皆うんざりしていた。たまに上り階段が現れると期待の顔を見合わせたが、すぐに下り階段に出くわしたり、ただの行き止まりに着いたりした。
 どうにかこうにか三度の上り階段を経て、山頂を目指している感覚を思い出したところで、またしても壁が行く手を塞ぐ。
「お、当たりだな」
「そうね……」
 一様に落胆してきた他と違って、ここの壁には封印術を象徴する紋様が刻まれていた。
「この壁、向こうに部屋があるね。きいーんって、音がするよ」
 壁に耳を当てるザントの横で、ミュエルが紋様に触れて長い瞬きをした。
「これ、封印術で閉じられているわ。開けてみましょう」
 言った瞬間には封印の解除を始めていて、程なく淡い光を帯びた壁が中央で割れ、両開きの扉となり奥へ動いた。ザントが聞き取った耳鳴りのような音は、部屋の内に入ると鼓膜にまとわりつく。
「あ、何だろうこれ。床から出っ張って……」
 中の様子を一通り見たデュークが、早速どう考えても怪しいものに駆け寄る。彼はミュエルの視界の外にいたが、短絡的な行動は鋭く制された。
「踏まないでよ」
「はーい……壁見ててよくわかるな」
「だってデュークは単純だもん。だいたい、この出っ張りふたつあるよ。ひとつだけ踏んで、何か起きたらどうするのさ」
 部屋は、これまでの迷路と比べるとかなりの広さに感じた。柱はなく、中央に向かって滑らかに高くなる天井に、声が反響する。妙な音の出所はわからないが、床の中央に描かれた、ぼんやり光る円が怪しい。入り口から見て、三時と九時の位置に出張った石があった。
「入り口の正面と、あと一面の壁は開きそうです。部屋に仕掛けらしいものは、この石だけ。踏むというより、人が乗ってやっと動く位でしょうね」
 円の傍に歩いてきて、エイルはデュークを上目遣いに見てにやりと笑った。
「悪い、ちょっと集中切れてたな。こういうのは、皆が警戒してる時に踏むもんだ」
 苦笑いして、束ね髪がしおれる。それが後ろから引っ張られたので、デュークは肩で驚いた。
「ちょ、脅かすなよミュエル」
 抗議は完全に無視され、ミュエルは仲間の輪に加わるとひとりひとりの顔を見る。
「ぼさっとしてたのをフォローするんじゃないけどね。この部屋が山門から上っていった光の終着点らしいわ。こんなに魔力に満ちてると……人によっては疲れやすいものよ。さ、様子がわかった所で、動かしてみましょう」
「それじゃ、まずは片方ずつね」
 出張った石の近くにいたザントは、すぐにその上に乗った。足の裏に微かな振動があり、体重で石が沈み込んだが、どこの壁も開かない。それどころか、もと来た迷路側の入り口が閉じてしまった。
「あれ? これって降りたら……へえ、開かないんだ」
 例の紋様も浮かばないし、こちら側からは封印術で開かないようだ。もう一つの石だけに乗っても、特に何も起こらない。降りれば石は元通り出張った。
「では、次はふたつ同時に、ですね」
 エイルの目配せで、ザントとふたりで石に乗る。すると、床に描かれた円の光が強くなり、中心に幾何学模様が浮かび上がった。足下から柔らかな風が吹いて、光に頬を撫でられる感触に、デュークは軽い吐き気を覚えた。
(うわあ、これが魔力ってやつかな。ミュエルが魔術を使うときは、何ともないのに……これはちょっと苦手だ)
 程なく光が落ち着き、石が擦れる重い音と共に壁が開いた。元の入り口は閉じたまま、エイルが開きそうだと睨んだ面だ。入り口向かいは閂と立派な錠前が付いており、ここの仕掛けとは関係がなさそうだ。
「さっきの感じだと、ふたり残らないと開け閉めできないよね。この奥、デュークとミュエルで行く?」
「そうね、今の所ここも不純物の気配がないし。奥に鍵でも落ちてるといいけど」
 開かれた道は、迷路と同じく明かりがある。途中で直角に曲がっていて、どこまで続いているかは不明だが、ある程度なら声が届きそうだ。
「じゃあ、何かあったら合図くれよ」
「はい。おふたりとも、いってらっしゃい」
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