ふたつぶの涙

こま

文字の大きさ
1 / 32
1 こころあたり

1_①

しおりを挟む
「名前は」
 僕の質問は短く、あまり語尾が上がらない。興味のない事を聞いたからだ。そのはずが、言葉を続けてしまった。
「僕はセコ。君の名前は」
 目の前に並ぶのは、出番を待つ木材たち。ここは小さなツリーハウスの中。家具職人である僕の、仕事場のひとつだ。工房だけに押し込めるのは限界だったから、小振りの材を置くために作った。町外れに並ぶ木の上は、他の誰かの秘密基地もあるから、さして目立たずに済んでいる。使う予定がなくても、保存状態の確認で定期的にここへ来る。
この地域は雪が深い。積雪より高い所に床を据えて、材を湿気から守っている。ものを持って上り下りできる程度だから、僕の胸のあたりに床がくる。街道を行く人からは、中の様子が見えない位置だ。梯子は雪に濡れて傷み始めたから、そろそろ作り直した方がいいな。
 一団の人が街道を通り過ぎた後、隣で小さく空気が動いた。さっき僕が話しかけた対象。
といっても、リスなんかが迷い込んでいるわけじゃない。動物に話しかけるほど、悟りを開いた覚えはない。
「わたしは、ユッポ。かくしてくれて、ありがとう!」
そう名乗る「もの」を、どう捉えたらいいだろう。僕は迷っていた。これは、ツリーハウスの下で、積もった雪から跳んで現れた。追われているらしいので、仕方なくここへ引っ張り上げた。
 礼を言う声色から連想する表情は、笑顔。しかし実際の表情は、口の端がわずかに上がった無表情だ。澄んだ瞳は、見る人が見ればわかる、精巧なガラス細工。
なぜかって、人形だから。作り手は家具職人ペター。僕の師であり、憧れであった人。家具職人として、美しい装飾彫刻の腕を称えられていた。
三年くらい前だろうか。彼は突然、人形ばかり作るようになった。町人や商人との関わりも少なくなって、どうかしたのだと噂が立った。
 世の中において人形は娯楽のひとつで、人形劇場なんていつも大盛況だし、珍品を奪い合う見世物小屋が騒がしい。人形師は腕を競い、操る者も作る者も、より人間に近い作品をと意気込んでいた。
家具職人として確固たる地位を築きながら、その仲間になろうというのか。弟子達が何を問いかけても、上の空。ひたむきに職へ捧げた魂と、繊細な業のもとに集まったのだから、師の豹変に耐えられるはずもない。この、ユッポとかいう人形がまだ頭だけの頃に、僕は師の下を去った。そして海を渡ったヘミオラという町に、工房を開いたんだ。
 目新しさで色々と仕事が舞い込んで、しばらくは忙しかった。最近になって、ようやく自分の作品を手がける時間ができたところだ。それが売れるようになれば、僕も一人前か。懐が温かいうちに、そうなればいいが……簡単ではないよな。ちらちら見ていく客があっても、値を聞かれたことはない。
「あのひとたち、どこに行くのかな? もどってこないかな」
 そうだ、今はツリーハウスにいたんだ。目の前の現実を受け入れるのは、まだ難しい。目を曇らせていた回想を頭の奥に押しやって、改めて人形を観察してみる。
去って行く見世物小屋の連中を見ながら、小さな声で話す。外見と合致する少女の声だ。人間の年齢にして、十歳くらいだろうか。窓から外をのぞいて背伸びをするが、つま先までは動く造りでないためか、伸び上がったのは少しだけだ。背の高い僕から見たら、かかとを床に着けている状態と変わらない。更に、操り糸が陽光に光ることはなかった。短いマントのような上着をきちんと羽織っているから、糸があれば妙なシルエットになるだろう。肩も丸いし裾も下がっている。人形を操る人間と一緒でないことからも、自立して動いているといえた。
「ありがとう、セコ。おれいに、おてつだい出来ること、ある?」
生真面目な人間のような物言いは、どこで教わったんだか。力持ちなんだよ、と主張されても、頼みたいことなどない。だいたい、形としてはかくまったけれど、僕はこの人形に興味があっただけだ。本業を離れたとはいえ、師の作品だから。
「手伝いはいらない……ああ、聞きたいことはいくつかある」
「なあに?」
どんなカラクリで、立って、歩いて、話しているのか。最初に浮かんだ疑問を投げかけるのはやめた。人形自体が知るはずもないことだ。
「どこから来たんだ」
「フィッテルから来たよ。はじめて船に乗ったの」
「ひとりで?」
人間として、船賃を払って来た? 良く出来ているにしたって、それは……
「うん」
うなずいてから、人形は首をかしげた。周りの木材を見て、家に似た場所があったと言う。
「もしかして、セコはかぐしょくにんなの?」
質問を続けようとしたが、僕が言葉を発する前に人形が詰め寄ってくる。
「ああ」
「パパがどこに行っちゃったのか、わかる?」
 一瞬、人形の瞳に熱が込もったように見えた。わずかに口角が上がった無表情とは似つかわしくない、切羽詰まった声色。
「パパ、って……誰のことを言っているんだ」
「かぐしょくにんのペター。きゅうに、いなくなっちゃったから探しているの。ヘミオラに、パパのでしがいるってきいたから。セコが、でしなのかなって」
師匠と弟子がどんなものか理解して言っているかは、一旦置いておこう。師から独立して、ヘミオラの町に来たのは僕だけだ。この人形は、縁のある人物をあたって師を探そうとしている。ずいぶん高度なことができるんだな。
「あまり、他人に知られたくはないが……その通り、僕はペターの弟子だったよ。ただ、フィッテルの工房を出てからは、一度も彼に会っていない」
人形に運が付いているとは知らなかった。見世物小屋の連中に追われて、偶然ここに来ていた僕と出くわすなんて。
「そうなんだ……」
 幸運を喜ぶより、手掛りのない落胆の方が大きいらしい。人形はうつむいて、しょんぼりした仕草も上手いものだ。動かない表情にこそ、違和感がある。師は「そこ」まで作り上げたというのか? わけの分からないことが重なって混乱する。
糸なしで動かせる、作り手の言うとおりに動く人形ならば例がある。空っぽの魂。せいぜい、歩いたり飛び跳ねたりする程度のもの。この人形は、もっと複雑な指示に基づいて動いているみたいだ。
「噂……なら、聞いた」
 また勝手に口が動く。僕まで操られている気分だ。落ち込んだ様子の人形に対して、黙っているのが気まずいなんて妙な話。噂の中身は、師が既に亡くなったとか、気が触れて作品を全て焼き払ったとか、伝え聞くうちに膨らんだようなことばかり。行き先を示すものではない。
とりあえず、この町よりは遠くにいるみたいだと取り繕った。
「とおく。また、海を越えた先なのかな。……ありがとう、セコ。もっと、色んなひとにも話を聞いてみる。がんばらなくちゃ!」
人の話をうのみにする、か。ここは陸地の端だから、次の海はずいぶん遠いぞ。物事を聞いたままに受け取るのは、やはり「もの」といったところだ。
 それにしても面白い。何がこの人形を動かしているんだろう。出来映えだって、素晴らしい。職人として人形を作る者が、目を見張るようなものだ。口元や輪郭が、心なしか師と似ているのが気になるけれど。作りかけの時に見ていなかったら、人間と勘違いしただろう。本当に……憎らしいほど器用な師だ。
 そうだ、師のことを考えていたら思い出した。他にも噂を聞いた。近所のパン屋で、何か家具を直してもらったらしい。僕は仕事で外出していて会わなかったが、家具職人ペターを名乗っていたそうだ。そう話すと、パン屋の名前や場所を聞かれて面倒になった。説明するより、連れて行った方が手っ取り早い。
「町へ戻るついでに、案内するよ」
言ってから、おかしいと思った。案内なんて、人間に対する言い方じゃないか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...