ふたつぶの涙

こま

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3 ハガユイ旅

3_②

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「ティピカだよ!」
 この町で見つかったカガミは、末の妹を描いたものだった。ユッポと同じく歌が好きで、よく一緒に歌ったそうだ。妹を語る声は元気だったが、段々に沈んだ調子になり、カガミを見る目も伏せがちに変わった。
「心配かい?」
 最近、僕の頭からは、人形に心があるわけないという現実が抜けてしまう。ユッポを人形として観察するのを諦めつつあるから、仕方の無いことだ。
それに、こうして話すのと、カガミで見知っているせいかな。僕はユッポの弟妹にまで情が移ってきていた。姉が不在の中、ひっそり工房で過ごすなんて、心細いはずだ。影でも姿を見られたら、何か噂が立って、探りに来る町人もいるだろう。
「うん。みんな、パパのいいつけ、守ってるかな」
 ユッポは顎の角度を少し上げて、遠くを見るようにする。師が残した書き置きの他に、決め事があったんだな。
「言いつけって、どんな?」
ここは宿の一室。誰の耳もないというのに、ユッポは一度、周りを気にした。うっかり、聞いてはまずいことに踏み込んでしまったか。
 部屋を一周した目線が、僕とぴったり合った時、ユッポの顔はすっと真剣な様子になった。
「むずかしい、いいつけ。セコになら……わかるかもしれない」
最初と比べると、慣れた手つきでカガミを包んでから、小さく切り出す。
「わたしたちはね、おたがいに、正体を言っちゃだめなの。自分で自分を、見てもいけないの。それから、外に出たらだめって、言われてた。ビョーキを、ひとにうつしちゃうからって。わたしは、もう少しだから、出てもいいんだって」
人形であることを隠し、鏡を見てはいけない?
外に出ないように約束させるのは、騒ぎを避けるためだろうけど。ユッポは外に出られるらしいから、他の人形はここまでの出来栄えではないんだな。
「カガミの自分が本当の自分だって信じていれば、本当になるの。いつか、カガミと自分が同じように動いたら、ビョーキがなおった、しるしなんだって。そうなったら、みんなも外に出ていいの」
「でも、ユッポは……」
自分が人形だって、知ってるんだよな。僕の工房で鏡を見ていたし、絵のカガミとの違いを知っていた。
「鏡を見たことがあるのは、みんなが生まれる前。いい子にして、カガミをほんとうにするのは、わたしの方法」
何が病気なのか、弟妹とユッポの病気は違うものなのか、疑問はいくつかある。ユッポは、「パパの言うことだから」それだけで、自分を納得させてきたんだ。
そして、出会った時に言っていた。美しい装飾の姿見を、壊してきたと。他の子は鏡を見てはいけない、だから壊した。とすると、ユッポは人形たちの中で、特別な存在なのだろう。最初に作られたことや、人間と見紛う出来栄えから考えても、間違いはなさそうだ。
 考える間に、ユッポの話は続く。
「でもね、鏡を見たら自分が人形ってわかるのと同じで、おたがいを見たらわかるんだよ。わたし達はキョーダイだもの。なのに、正体をかくさなくちゃいけないの」
自分達は嘘つきだ、と強い違和感を訴えている。
「嘘をつくのは、悪い子でしょ。だけど、ほんとうのことを言いたいとは、思わないの。どうしてかな」
師の言うこと、自分の思うこと。口を閉ざすこと、見たままを話すこと。何も噛み合わなくて、不安みたいだ。カガミを与え、世界を閉ざし、夢想を吹き込む。師が考えていることは僕にもわからない。そんな中で、ユッポに何を言ってあげられるだろう。
「嘘が……必要な場合もある」
僕は、いつか言ったことを繰り返した。上手く生きるために、人は色んな嘘をつくんだ。自分や、他人を守ろうとして事実を隠し、たまに失敗するけど、それを繰り返す。自分に対してだって。
僕も嘘をついてきた。そして、これからも。
「ユッポは、正体を隠す嘘は嫌だけど、本当のことを黙っていたいんだろ。ふたつの考えに、それぞれ理由を探してみるといいよ」
全ての嘘を否定すると、優しさを殺してしまうことがある。ユッポは、弟妹が真実に傷付くのを、避けたいのかもしれない。
「嘘と……ほんとう。うん、考えてみる」
ものごとの良し悪しを単純に判断してきたユッポが、自分の考えに気付いた。そして迷うようになった。考えて、頭の中に答えを探すなんて……まるで人間だよな。
 きっとユッポは生き物なんだ。木で出来ていても。
澄んだ声が感情を宿していた。家族で再び暮らす日を夢見て、父のために人間になろうと頑張っている。父に逆らうという矛盾を抱えながら、弟妹を想い、旅に出た。
 健気で危なっかしいユッポの旅路を、師の足跡がくらくらかわす。なぜ振り回すのだと、感情的になる自分がいた。
でも、現実も見えている。ユッポは、正体を隠すのは必要な嘘なのか、誰のためなのかと、独り言をこぼしている。いつか答えを見つけたとしても、人形のまま、人間になれることはない。
わかっているけど、哀しい。僕はおかしくなってしまったんだろうか。工房でひとり、作品とばかり向き合ってきたやつだ。孤独が妄想を見せているのではないかという不安は、旅の中で何度も首をもたげた。
「妹や弟のため、じゃないのか」
今更、不安だからってユッポと距離をとってどうする。僕は梱包されたカガミを見つめた。
「……わかんない。わたしの、ためなのかも……」
少しうつむいて、目だけをカガミに向けるユッポ。多分、言いつけを守るいい子でいたいから、嘘をつくのだと考えたんだ。弟妹のためにしたはずの行動が、自分が人間になるためだったような気がして、苦しい。
「なんだろう、こうしたらいいっていう方法がね、なかなか見つからない」
見えない自分に、一生懸命に目を凝らしている。
僕は、曇った気分を晴らすことは出来ないけれど、その感情を何と呼ぶのかは知っている。ひとつの形容があれば、折り合いがつくと思った。
「ユッポは、歯がゆいのかもしれないね」
「ハガユイ?」
ああ、やはり難しい言葉だったか。どう説明したものか。
自分への苛立ち、悲しみ、悔しさ……沢山の感情が混じりあったもの。わかりやすい言い方を探して、僕はしばし頭を捻った。経験に沿って捉えた方がいいかな。
「誰かを助けたいのに、手を貸せない時、色々な気持ちがわいてきて、どうと言えない、変な気分になるよね。その気持ちを、歯がゆいっていうのさ。……余計なことを言ったね。考えごとが増えて、思うままに動けなくなってしまったんだろう」
見境なしに手助けするのはどうだ、考えた方がいいと指摘したことこそ、おせっかいだったのだろうか。たったひとつ言葉を教えたからって、埋め合わせになるのか?
「ううん、セコは悪くない!」
ユッポは、しばし考えてから言い切った。首を回して、じっと僕を見る。
「少しだけ、わかってたの。セコのおかげで、もう少しわかった。困ってる人をお手伝いすると、いやな顔する人もいたから。わたしは、考えなくちゃいけなかったの」
省みた自分に向けてか、複雑な笑みが浮かんだ気がした。吹っ切れたところと、腑に落ちないところが両方ある。
「だから、ありがとう、セコ」
ユッポのお礼に、僕は何も返すことができなかった。
無理して笑うのを、見ているだけだった。
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