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7 ふたつぶの涙
7_②
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すっかり夜が明けたので、出発はすぐになる。行き先は近いけれど、弟妹は言いつけの通り工房に残るという。お化け屋敷と化したここに、彼らを残していくのは心配だ。ユッポはムウタにトロット、コーダを三人まとめて抱きしめた。
「ごめんね。わたしたち、出かけるけど……こわくない? だいじょうぶ?」
皆のお姉ちゃん、というよりは、小さな母親だな。トロットとコーダは、しばらくユッポにしがみついていた。せっかく再会できたのに、また離れるのは淋しいのだろう。
「だいじょうぶだよ!」
僕達を元気付けるように、胸を張って見せてくれたのはムウタだ。先にユッポから離れて、下の子の肩に手を置く。
「アンバーもビッテも、おれにトロットやコーダをまかせたんだ。きっとそうだよ」
残った中では、一番上のお兄ちゃんだ。ムウタはその自覚から、無鉄砲な性格を改めようとしている。少し怒った口調なのは、他の兄妹も守りたかったからだろう。
いい子にしているから、今度はパパと一緒に帰ってきてねと口々に言い、皆の目は僕にも向いた。いつの間にか、僕もここへ帰ってくるひとりに数えられているのか。なんだか、こそばゆい気分だな。
ユッポとふたりで、朝もやが残る中を歩く。森に届く朝日は少なく、まだ冷たい空気で目が冴える。焦りから、つい足を早める僕に、ユッポはときどき小走りになって付いて来た。
点々とある切り株は、それぞれ若芽が生えている。いずれまた森になるその場所に、ドアの小屋がある。
「すごい、ドアがいっぱいだ」
遠くで鳥がさえずるくらいの静けさに遠慮して、ユッポは声をひそめた。枯れ葉を踏む音の方が大きい。弟子達が去って使うことがなかったせいか、小屋は少し傷んだ風に見える。
近付くとひとつのドアが開いて、背の高い男が現れた。
「ハノン……」
久しぶりだな、なんて、親しげな台詞は続けられない。相変わらずの嫌な笑みは、仮面を被っているみたいに見えた。きちんと櫛でなで付けた髪型が、その印象を強くしている。
「よく来たな、待っていたよ。……もっとも、お前が来るとは思ってなかったけどさ」
「馬鹿言え、わかっていただろう。あんな高さに書き置きを残して」
工房をめちゃくちゃにしたのが誰かは、ユッポに説明した。僕が名前を呼んだことで、目の前にいる男が皆を壊した人物だと気付いたはずだ。怒りに任せて突っかかることはないだろうが、僕はハノンとの間に立ちふさがるように、一歩前へ出た。不愉快なことに、虫かごを観察する目線でなぞられる。
「まさか、ずっとそれと旅を?」
あごで「それ」と指すユッポには視線を当てない。完全に物扱いか。
「立ち話をしに来たんじゃない。師は?」
「ああ、小屋の中にいる。病にさわるから、静かにな」
問いに答えがなかったことを気にせず、ハノンはにやりと笑った。目線が少し下がって、今度はユッポを観察する。小さな手は僕のコートの裾を握っていた。
不安からか、ドア一枚を開ければ師と会えるのに、ユッポはなかなか手を離さない。でも、せっかくここまで来たんだ。師とユッポをふたりにしてあげたい。僕はユッポの頭をなでた。
「ユッポ、行っておいで」
「……うんっ」
笑顔の向こうに恐れがあるまま、ユッポはドアの前へ駆けていった。ノブに手をかけて、ゆっくり瞬きをする。それから、思い切ってドアを開いて、そろりと部屋に入って行った。ドアが閉じられ、ユッポの姿が見えなくなるまで見守り、僕はハノンの方に向き直った。
「何が、目的なんだ?」
「ごめんね。わたしたち、出かけるけど……こわくない? だいじょうぶ?」
皆のお姉ちゃん、というよりは、小さな母親だな。トロットとコーダは、しばらくユッポにしがみついていた。せっかく再会できたのに、また離れるのは淋しいのだろう。
「だいじょうぶだよ!」
僕達を元気付けるように、胸を張って見せてくれたのはムウタだ。先にユッポから離れて、下の子の肩に手を置く。
「アンバーもビッテも、おれにトロットやコーダをまかせたんだ。きっとそうだよ」
残った中では、一番上のお兄ちゃんだ。ムウタはその自覚から、無鉄砲な性格を改めようとしている。少し怒った口調なのは、他の兄妹も守りたかったからだろう。
いい子にしているから、今度はパパと一緒に帰ってきてねと口々に言い、皆の目は僕にも向いた。いつの間にか、僕もここへ帰ってくるひとりに数えられているのか。なんだか、こそばゆい気分だな。
ユッポとふたりで、朝もやが残る中を歩く。森に届く朝日は少なく、まだ冷たい空気で目が冴える。焦りから、つい足を早める僕に、ユッポはときどき小走りになって付いて来た。
点々とある切り株は、それぞれ若芽が生えている。いずれまた森になるその場所に、ドアの小屋がある。
「すごい、ドアがいっぱいだ」
遠くで鳥がさえずるくらいの静けさに遠慮して、ユッポは声をひそめた。枯れ葉を踏む音の方が大きい。弟子達が去って使うことがなかったせいか、小屋は少し傷んだ風に見える。
近付くとひとつのドアが開いて、背の高い男が現れた。
「ハノン……」
久しぶりだな、なんて、親しげな台詞は続けられない。相変わらずの嫌な笑みは、仮面を被っているみたいに見えた。きちんと櫛でなで付けた髪型が、その印象を強くしている。
「よく来たな、待っていたよ。……もっとも、お前が来るとは思ってなかったけどさ」
「馬鹿言え、わかっていただろう。あんな高さに書き置きを残して」
工房をめちゃくちゃにしたのが誰かは、ユッポに説明した。僕が名前を呼んだことで、目の前にいる男が皆を壊した人物だと気付いたはずだ。怒りに任せて突っかかることはないだろうが、僕はハノンとの間に立ちふさがるように、一歩前へ出た。不愉快なことに、虫かごを観察する目線でなぞられる。
「まさか、ずっとそれと旅を?」
あごで「それ」と指すユッポには視線を当てない。完全に物扱いか。
「立ち話をしに来たんじゃない。師は?」
「ああ、小屋の中にいる。病にさわるから、静かにな」
問いに答えがなかったことを気にせず、ハノンはにやりと笑った。目線が少し下がって、今度はユッポを観察する。小さな手は僕のコートの裾を握っていた。
不安からか、ドア一枚を開ければ師と会えるのに、ユッポはなかなか手を離さない。でも、せっかくここまで来たんだ。師とユッポをふたりにしてあげたい。僕はユッポの頭をなでた。
「ユッポ、行っておいで」
「……うんっ」
笑顔の向こうに恐れがあるまま、ユッポはドアの前へ駆けていった。ノブに手をかけて、ゆっくり瞬きをする。それから、思い切ってドアを開いて、そろりと部屋に入って行った。ドアが閉じられ、ユッポの姿が見えなくなるまで見守り、僕はハノンの方に向き直った。
「何が、目的なんだ?」
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