ライカ

こま

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2章 思い出に笑えるか

2_⑥

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 翌朝、緘口令が解除され、ライカは旅立つことにした。城に留められていたので、自由な時間に出発することもできず、町外れに立ったのは乗合馬車の早朝便が出た直後だった。
ついてないなぁ、と苦笑いして溜息をつき、ライカは振り向いた。ヒスイとトラメが見送りに来ていたのだ。
「じゃあ、行くね。サヨナラ」
 次の馬車を待つより、徒歩で行ったほうが少し早い。ヒスイ達の別れの言葉も聞く前に、くるりと道に向き直り、歩き出す。
「待って!」
聞こえないことにして、行ってしまえばよかった。ライカは立ち止まってから後悔した。駆け寄ってきて、ヒスイが手渡してくれたのは新しい包帯だ。そして、こんなことを言い出した。
「本当にありがとう。患者のひとりが……私の父だったの。偶然って素敵ね。ライカに会えて、よかった」
ヒスイは涙ぐんでいる。それを見て、ライカも鼻の奥がつんとなる。
「いやぁ、私はそんな大したこと……」
 そこへ放たれたトラメの言葉で、ライカの涙は凍りついた。
「なあ、今度はライカの旅の手伝い、させてくれよ」
「は?」
トラメにとってヒスイは幼馴染みで、万能薬を作る助けになったライカへの感謝は、彼女と同じく深かった。一度、国を出たことで、冒険心も芽生えたようだ。
「……そんなこと言って~、ヒスイが淋しがるよ」
軽口をきくライカだが、顔がほとんど笑っていない。トラメは、ヒスイと相談して付いていくことにしたんだと、半ば強引な意見を繰り出す。金髪がさらりと揺れて、うまく扱えない表情をふたりから隠す。暑くなってきたはずの空気が、ちっとも暑く感じない。
(やっぱり、関わりすぎたんだ)
素人が付いてきても足手まといになるだけだとか、何の知識もないお荷物はいらないとか、断るための文句を考えた。どれも口から出せない。
「私に関わるといいことはないよ。ごめんね、ヒトの国のことに半端に首突っ込んで……私は、ひとりがいいの」
やっと言えたのは、かえって気になるようなことだった。再び歩き出そうとしたら、トラメが大きく息を吸い込んだ。
「仲間がいるのも、楽しいと思わなかった?」
 聞こえなかったことにできない、大きな声に足止めされる。ライカは拳をぎゅっと握り、顔だけをトラメに向けた。鋭い目つきだ。
「私に仲間はいないし、必要ない。持つ資格だって、ない!」
はっきり言うと、港方面へ走り出す。ここでつながりを断ち切ると、昨晩決めたはずだ。自分に言い聞かせながらどんどん進む。
「……それでも、付いて行っちゃう俺って、しつこい?」
ちょっと笑って、トラメはヒスイに聞いてみた。首が横に振られるのを確認して、簡単な別れの挨拶を済ますと、ライカを追って道に踏み出した。

 王都へ戻っていく馬車とすれ違って、ライカは走るのをやめた。港までの道程は、半分を消化したところだ。船に乗る頃には、揺れた気持ちも落ち着いているだろう。
 歩いている間は、思い出に浸っていてもいいことにした。トロムメトラで始まったくされ縁、ひとりで旅を始めた頃、その前の出来事。
どんどん遡って、十年以上も前のことも鮮明に浮かんできた。顔がうつむき加減になっていくのがわかる。
 潮の香りがして、ライカは顔を上げた。港は目前だ。
包帯を解いて、丸める。これを捨てて船に乗れば大丈夫、大丈夫。間もなく出港準備を整え、錨を揚げるところではないか。
「その船、チェルア行き? 乗りますっ」
水夫のところへ小走りで行って、切符を手にするとすぐに乗り込んだ。この前より随分と小型の船で、船室は雑魚寝の大部屋。チェルアは嵐で上陸できないことが多いので、便数も定員も少なくしているらしい。
 風を受け、ぴんと張る帆を見ながら、甲板でぼうっとするライカがいた。
「まてーっ!」
なびく金髪の姿めがけて、埠頭を蹴って跳ぶ者がいた。トラメが追いついたのだ。甲板の縁に片手がかかり、船にぶら下がる。
それを見て、ライカはどうしていいかわからなかったが、もう片方の手が縁を掴み損なった時、思わず自分の手を差し出してしまった。集まった人に助けられてトラメを甲板に引き上げ、反動で尻餅をつく。
 よし、追いついたと嬉しそうにしている彼に水夫が文句を言いに来たが、船賃を払っただけで事は解決した。駆け込み乗船に集まった衆目も散る。
甲板に座り込んだライカの顔を覗き込むようにしゃがみ、トラメは言った。
「うまく言えねえけどさ。仲間とか友達って……そんな難しいもんかな」
彼にとっては、ケンカ相手も友達なのだ。たまに遊んでやる近所の子供も、父親の漁師仲間も、ざっくり言えば友達に入る。
「魔物に囲まれたときって、ひとりだと八方ぜんぶ注意しなきゃなんないだろ。ふたりだったら、半分の注意でいいんだ」
単純な計算に、なんだか力が抜ける。つい、口元に笑いが浮かぶ。きっと、何を言ってもトラメは付いてくるのだろう。ライカは負けた。
「……あんまり怪我しないでよ? ヒスイに怒られちゃう」
小さな声が、二人旅の始まりだった。
「でも、私はトラメみたいに、簡単には人を信用しないからね。何のために旅してるかは、内緒だよ」
 人差し指を立てる仕草の向こうに無傷の肩を見て、トラメは首を傾げる。怪我はどうしたと問われ、ライカは「手品♪」と言い張った。
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