ライカ

こま

文字の大きさ
13 / 86
3章 森羅万象と生きる者

挿話 船のふたり旅

しおりを挟む
 シャインヴィルを発つ船に、トラメが飛び乗った。前は嵐で寄港できなかったチェルアへの航路を進んでいく。ライカは困って苛立って悩んだ結果、変な顔になってしまう。だいたい、客室は雑魚寝の大部屋だけ。逃げ場がない。
「あんまり怪我しないでよ? ヒスイに怒られちゃう」
彼女にまた会うかも分からないのに、勝手に口が動いた。突き放す態度を、いっぺんに翻すのもばつが悪い。慌てて言葉を継ぎ足す。
「でも、私はトラメみたいに、簡単には人を信用しないからね。何のために旅してるかは、内緒だよ」
 人差し指を立てたら、トラメの視界に肩も入る。シャインヴィルでの戦闘で負傷したはずなのに、すっかりきれいだ。
「あれっ、肩どうした? 治ってる!」
「ん~? 手品♪」
不思議な出来事に気を逸らして、トラメを受け入れたい気持ちを隠す。
(善良なのは分かるよ。だけど、私が見たのはこの人の一部分。知った気になるのは早い)
 船旅は数日に及ぶ。大部屋で寝起きするなら、男性の同行者がいるのは悪くない。ひとりでいると、何度か軟派者から声がかかる。あしらう態度を心得ていても、けっこう面倒なのだ……などと、頭の中で理屈をこねた。
 ヒスイを含めた3人連れの間はよかった。彼女とトラメは親しいから、自分は他人として、枠の外にいられる。一緒にいながら孤独を保つのは、2人連れだと難しい。
(あ~あ、どれもこれも言い訳。突き放すなら、嫌なやつを演じればいいのに。寂しさが和らいで、甘えてる……本当の、嫌なやつだ。トラメ、いいひとって損するんだよ?)
 口頭で同行を許されただけで、すっかり呑気な様子に戻った横顔を見る。甲板でてきとうに時間を潰す時も、船室で休む時も、損な性格に自覚はなさそうだった。
「そういえば。この船けっこう揺れるけど、ライカは平気なんだな」
 明るいうちに外の空気を吸っておこう。甲板で雑談する中で、ふとトラメが疑問を浮かべた。国では漁師見習いをしていた彼は、船酔いとは無縁らしい。操作性の高い型で悪天候に挑む行程は、不慣れな客を真っ青にする。
「そこそこ慣れてるからね。とはいえ、これ以上荒れたら酔いそうかな、気をつけよう」
まだチェルアの天候が悪かったら、平衡感覚に自信があっても危ない。絶対に介抱されてなるものか。ライカは気合を入れた。船酔いを予防する方法を聞いていれば、時間を稼げる。
(つい喋っちゃう……私の目的、詳しく聞かれたくないし。少しはひととなりを推し量れれば収穫! と思おう)
 ライカの思惑を知ってか知らずか、トラメは苦心しながら船酔い予防法の言語化を試みる。あれこれ工夫した結果、「酔わないと本気で思うから酔わない!」に行き着いた。なるほど、彼はずっと感覚で生きてきたようだ。
 シャインヴィルでもそうだった。ライカの傷を止血するために、躊躇いなくバンダナを汚した時。気にするなと笑った顔は、無邪気のお手本のよう。あれから一度は突き放して、追いかけてやっと隣にいるのに、今も翳りを見せない。
(せめて、トラメの背がもっと低かったら……いや、そもそも顔だってそこまで似てないし、関係ないか。ごめんね、重ねちゃって)
 ある程度は、ライカも直感を信じる。トラメが裏表のない人間なのは、とうに分かっていた。たぶん、「彼」よりも馬鹿正直だ。
 3文字の予防線を、どうやって外そうか。考える表情は、意地の悪いものになる。
「私が船酔いでヘロヘロだったら、下船してから逃げられることもないのに。予防の仕方、教えちゃうんだ」
「えっ、そんなつもりだったのか?」
「いや、今のところどうとも決めてないけどさ」
「脅かすなよ。それに、具合悪くなるの誰でも嫌だろ。防げるんならそれでいいじゃん」
驚きこそすれ、怒りはしない。トラメの態度にホッとする自分を押しやって、ライカの顔は苦笑いに落ち着く。
「危なっかしいなぁ、いつか誰かに騙されそう。嫌なこと言われたら怒ったほうがいいよ」
「怒るときは怒るさ。子どものころ、落とし穴に引っかかった時は怒ったな~。次の日めっちゃ早起きして、仕返しの穴を掘りにいったっけ」
 いちばんに出てくる例がそれでは、腹を立てる基準がわからない。軽く擦りむいた程度で済んだのなら、報復も可愛いものだ。
「その調子だと、今までにした一番の悪いことなんて、つまみ食いくらいのものでしょ」
「いや、ヒスイが持ってた謎の瓶を、焚火の前でケイソツに開封したこと」
「あ~、あの時の。すごい怒られてた」
出会った時の出来事を思い返すと、確かに火の近くで薬品類に触るのは危ない。ものによっては引火する。
「ヒスイは……」
 ライカの意地悪を、怒るだろうか。口をついた疑問を塞き止めたら、変な間があいた。仲良くなりたいような態度は避けていたのに、これでは繋ぐ言葉が限られる。今頃どうしているか、などと言っては、まるで気にかけているようだ。
「見送りの時に怒鳴ったことなら、あいつ気にしてないぞ。探しものが何なのかだって、言いたくなったら教えてくれればいいよ」
「うっわ、急に核心ついてくる!」
 迷っている間に、ライカのわだかまりが明るみになる。言われて初めて、怒鳴ったことを反省している自分を知った。
「ん? 待って、何を探してるか知らないで、どうやって協力するつもりなの?」
「ライカの探しものが、どこか森にあるっていうのはヒスイに聞いた。魔物が多い場所に行くなら、ひとりよりふたり。出港の時に言ったまんまだよ。あとは、方向感覚とか」
「むむ……べつに私、いつも迷子になってるわけじゃないから」
 トラメも、ちょっとくらい意地悪を言うのだ。場を和ませるスパイスみたいなもの。にひひ、と歯を見せる顔に悪気はなく、ライカの親友を想起させた。
(隠し事をしてると、良心が痛むね。少しでも裏があれば、楽なのに)
 いくら探しても、トラメの裏は見つからない。チェルア近海で波が荒れ、更に近付いて少し落ち着き、何とか入港という時まで。
「はぁ……」
「どうした? 酔った?」
「ううん、平気。久しぶりの陸地は感慨深いねぇ」
 結局、聞きたいことは聞けなかった。返ってくる答えは想像できたし、それが当たるのが怖い。外れるのは、もっと。
(トラメは、私の隠し事が何だったら怒る?)
誰に聞いても、一番もしくはかなりの上位に、「自分と異なる種族であること」が入る問いかけ。ライカ自身、人間であるトラメを頑なに警戒している。心身を守るための警戒と、差別の境目は曖昧だ。
(はじめましての前から嫌いって言われたら、誰でも悲しい。だから私、トラメもヒスイも嫌ってないよ。ただ……怖いって気持ちの消し方を知りたい)
 下船の足音や雨音に紛らせて、溜息を隠そう。これで少しでも、他人への恐怖心を吐き出せるといい。いくつかこぼした息の行く先を見るともなく見て、これで雨雲が吹き飛べば、まだ気持ちも晴れるのに、なんて思う。海はごうごうと唸り、雨は降り続いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

処理中です...