ライカ

こま

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3章 森羅万象と生きる者

3_①

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 シャインヴィルで強引に乗船したトラメと共に、ライカは船に揺られた。やはり今回もチェルア周辺は嵐だったが、航海できる程度の風雨で、なんとかチェルアに上陸できた。
 この国は森が深く、港町を出ればすぐに鬱蒼としてくる。森の中にも町があるらしい。嵐により外との接触が極端に少なくなり、産業や生活にも影響が出ていた。いつ手に入るかわからない物資を心配して、切り詰めた生活をせざるを得ないのだ。港町では、暗い顔で人々が噂をしている。
「森に住むコリトの怒りを買ったんだよ。町を大きくするのに、森を拓こうとしたから」
コリトとは、火や水、土や風を自在に操る魔術が使える種族で、人里を離れて暮らしている。不審火があれば疑われ、山崩れがあれば睨まれる人々は、一族で人間社会から出て行かないと、生きていけなかったのだろう。それでも、今のように嵐が続けば、皆が彼らの住む方向に状況の打開を祈った。中には、彼らの住処近くに、奉じものをする者もいた。
「災禍だって、あちこちのコリトがぐるになって起こしているんじゃないか?」
ライカ達が曇り空の下で町人の話を聞いていたら、こんな話を引き金にしたように土砂降りの雨が降り出した。
 近くにあった食堂で、早めの昼食をとりながら、ライカとトラメは首を捻った。こうも天気が悪くては、森の探索もままならないし、次の船がいつ出られるかもわからない。
「噂、噂って、み~んな憶測だな」
トラメは、コリトの住処に行って、名案がないか聞いてみればいいのではと言う。漁師には漁師の知恵、冒険者には冒険者の知恵がある。彼らの知恵を借りられれば心強い。
「そうだね、案外まともな意見」
両手でテーブルに頬杖をついたライカは、一瞬、じっとトラメの目を見た。それから食堂の店員に手をあげ、空の食器を下げてもらう。
「雨が弱くなったし、森に行ってみよっか」
 天気のせいもあって薄暗い森に足を踏み入れると、トラメの赤いバンダナはくっきり浮かび上がって見えた。きっと何枚も持っているのだろう、以前とは違いシャインヴィルの紋章が入ったものを巻いていた。
 早々に出発したのは、町ではできない話があるからだ。コリトの知恵を借りて事が解決するなら、町の人はとうにそうしているはずなのに、今も嵐に頭を抱えている理由だ。
「トラメは、筋金入りなんだね」
「何が?」
「お人好し」
この前、サイトレットで魔物退治を引き受けたときにも言ったことだ。自覚がないので、トラメはきょとんとする。ライカは溜息をついた。
「町の人はね、コリトに関わりたくないんだよ。コリトの人達も、快くは知恵を貸さない。それに挑戦しようっていうんだもん」
それから、と付け加え、可能性の話をする。ここでも他者に寄生して動く魔物、ロイスが関わっているのではないか。
情報が多くて混乱する、と言いながら、トラメはひとつ疑問を浮かべた。
「町の人は、なんで何かあるとコリトを疑うんだろう、なっ」
「おとぎ話の主人公みたいなこと言うね。……っと」
日中でも、少しは魔物が出る。飛び掛ってくるものをかわし、ふたりとも語尾の処理がおかしくなる。否、雨模様の暗さが呼ぶのか、ここは夜に近いくらい多くの魔物が出てきた。それぞれ武器を抜き、注意しながらコリトの住処を目指す。もう近いはずだ。
 あとは、話の続きをする暇はなかった。木組みの壁に囲まれた場所に戸を見つけて叩くまで、魔物がひっきりなしに襲ってきたのだ。
「すいませーん、誰かいますかー?」
しばらく呼びかけていると、閂が外れる音がして戸が開いた。それを合図に魔物が引いていく。
「何か、御用ですか」
対応に出てきたのは、ヒスイと同じ年頃の女性だった。具合が悪いのか、随分顔色が白い。青味がかった銀の髪と薄紫の瞳からも、淡く儚い印象を受ける。トラメがちょっと言葉をまとめながら、聞きたいことがあると伝えると、女性は何かを恐れるように辺りを見回した。そして詳しい話を遮るように口を開いた。祈る目でふたりを交互に見る。
「道に迷ったのなら、来た方に戻れば良いです。私たちが何者か知らないなら、そのまま立ち去った方が良いです。ここは……」
「あら、お客様。入れて差し上げなさい、ユニマ」
 女性の言葉に、鈴を転がしたような声が刺さる。奥にある建物から、似た顔立ちの少女がこちらを見ている。年齢はライカより下だろうが、ユニマと呼ばれた女性より偉そうだ。
「……はい」
ふたりを招き入れ、戸が閉まるのを見ると、少女は中に戻っていく。ユニマはそれから一言も喋らずに、案内に立った。
 コリトの住処は広く、コの字型の総二階建てで畑を囲み、外の庭も広く取ってあった。ひとつの建物に村を入れたような感じだ。五~六十人は住めるだろうか。建物の中の一室に入ると、ユニマはようやく「ここで、お待ちください」と言って、ゆっくりした動作で部屋を出て行った。
 ふたりが通されたのは客間と思しき部屋だ。小さなテーブルと二脚の椅子を中央に置き、左右の壁際に一台ずつベッドが置かれている。どれも手作りに見えた。建物も家具も質素な造りだ。
ライカは椅子に逆から座り、背もたれに腕を乗せる。考え込んだ顔だ。先ほどのユニマに、寄生する魔物ロイスが憑いている気がしたのだが、態度はおよそまともだった。一度姿を見せた少女は尊大な態度が妙に思えたものの、離れていたので憑いているかわからない。
「なあ……静か過ぎないか」
畑方面にひとつある窓から外を見て、トラメが呟いた。天気が悪いから当たり前だが、畑には誰もいない。そして、この部屋に来るまでに誰とも会わなかった。
シャインヴィルで見た、コリトの住む洞窟の光景が蘇り、ライカは息を飲んだ。一通り、トラメに説明することにした。
 コリトの青年がロイスに憑かれ、国王を呪っていたことは、シャインヴィルでも調べがついていた。操られた末に身内を手にかけ、独りで、魔物と共に過ごしていた。
「……そうだったのか」
重い話に、トラメは吐息混じりの一言しか出なかった。顔には驚きと悲しみを両方くっつけている。
「うん。これからは、独りで生きていくつもりかなあ」
他人事のように言うライカだが、この場所も同じことになったら嫌だというのが本音だ。異常に気付いたのなら、助けになりたい。
 ライカがひとりでいようとする理由や、旅の目的を、トラメはしつこく聞かない。多分、ここで厄介ごとに首を突っ込んでも、はりきって協力してくれるだろう。優しい性格を利用している気がして、なんだか罪悪感がある。
考えこんでいたら、口が開いたままだとトラメが笑った。それから真面目な顔に戻る。
「あのさ、ライカはその……ロイスって魔物を、やっつける方法を知ってるんだよな」
頷くと、トラメも頷き返した。
「じゃあ、俺達でここの状況、何とかできねえかな。手伝うからさ」
話を聞いただけで、すっかり情が移ってしまったらしい。トラメは誰かが困っていると、手を貸さずにはいられない性質なのだ。
ライカはくすりと笑って、「何とか、しちゃおっか」と請け合った。
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