ライカ

こま

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3章 森羅万象と生きる者

3_⑤

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 何が起きていたかを知り、チェルアの森に住むコリトの面々は戸惑った。魔術も使えないただの人間なら、ロイスに寄生される隙もあろうが、自分達が当事者になるとは思っていなかったのだ。ライカがシャインヴィルでの出来事を話しても、端から疑ってかかる。外の世界から来た者を、信じられないようだ。
「わざわざ、ここを訪ねてきたのは何故だ?」
 ここのコリトを統べる当主というべき、ユニマ達の父親は首を傾げていた。事実、冒険者の来訪で助かったものの、普段はどんな命知らずもコリトの住処には寄り付かない。
 嵐が続いて人々が困っているので、何か打開策がないか知恵を借りられたらと思って来た、と説明するトラメに、誰もが渋い顔をする。
「まあ、それはもう大丈夫そうじゃない? 星が出てたし」
 苦笑するライカは、他にも聞きたいことがあった。この場で話すのは、旅の目的に触れることになるので気が引ける。とりあえず、最近は災禍の再来が噂されるほど、不可解な現象や魔物の増加が世間を騒がせていることを話しておいた。当主は浅く頷いていたので、外の情報を多少はわかっているのかもしれない。
 その場は解散ということになり、ライカ達は改めて、客間に泊まっていくよう勧められた。魔物の存在によって緊迫していた空気が和らぎ、どっと疲れが押し寄せてきたので、皆、誰かを咎めるほどの元気がない。
既に夜は深く、それぞれの寝床に重い足を運んでいく。
 ライカは人の流れの中で、わざとトラメとはぐれた。そして、当主に小声で話しかけた。伝承に残る天使の所在について、手がかりを得られればと思っていたのだ。旅の目的を知り、当主は得心顔になる。
「そういうことか。我々は、天使と行動を共にした者の末裔だ。確かに情報は山とある」
 問題は、その量だそうだ。コリトは各地に小さな共同体を作って隠れ住んでいるが、最も濃い血を継ぐのがチェルアの住人だった。だから持っている資料は膨大で、調べるにしても一日や二日で読破できるものではない。当主は天使自体のことより、災禍に対する行動をいかにするかという所に集中しているので、さほど天使に詳しくない。好きで多くの蔵書を読んでいたユニマの方が、話がわかるとのことだった。
 じゃあ明日聞いてみようかなと、向きを変えかけたライカを、当主が呼び止める。なんだか背中が固くなり、変な立ち止まり方になってしまった。当主に向かって斜めに立ったまま、油の切れた歯車のように首だけを回す。
「これからも、天使を探して旅をするのだろう?」
 答えずにいるのは、「そうだ」と言っているようなものだ。当主の言葉が続く。
「末の娘を、連れて行ってはくれないか。あの子は、外の世界に興味がある。そなたの力にもなれるだろう」
 呼び止められたとき、こう言われるとわかって身を固くした気がする。なぜ、行く先々でこういう風になるのだろう。ふっとライカの表情が暗くなる。
(また関わりすぎたの? 私は、どうすればよかった?)
 当主の言い分は、こうだ。コリトはその特殊な力ゆえに阻害されることも多いが、彼らの祖先は天使と共に災禍を鎮めた存在。代々、もしも災禍の再来があれば、世界を守って戦う責任がある。人里を離れたのは、人間同士の争いに力を乱用しないためであり、森に集まってくる魔物を退治するためだ。人間を嫌う者も確かにいるが、影から世界を支えた先には、一族が報われる日が来ると信じている。
「私は各地の一族と連携をとりつつ、災禍に立ち向かうつもりだ。その一端として、ユニマには世界を見ておいてほしいのだ。コリトを離れた、広い視野で」
 はっきり口に出さなくても、ユニマが後の一族を背負って立つ立場にあると暗に示していた。ライカは小さく溜息をついた。
「いち冒険者が伝承の天使を探してるんですよ。興味本位だと思いませんか? 仮に見つけたとしても、どう利用するかわかったものじゃない」
 一般的に、冒険者は好奇心と功名心の塊だ。盗賊まがいの者もいる。もっと警戒されてもいいはずだった。至極まっとうな意見を述べたら、当主は優しげな顔でくすりと笑った。
「興味本位なら、自分でそうとは言うまい。我らが祖は、人間と共に暮らせる日が来ると信じていたと伝わっている。危険を承知でここへ来て、魔物だけを滅する冒険者なら……私も、信じてみようと思ってな」
「ずるいです、そういう言い方」
 ライカは眉の落ち着く位置がわからなくなり、困惑と笑いと、ちょっとの怒りが混在している。ユニマにその気があるなら考える、ということにして、やっと客間へ足を向ける。
 せっかく姉と対話できるようになったのだから、ユニマはここに残りたいのではないかと思う。本人の意思がなければ、当主も強くは同行を勧めないだろう。
 客間に続く長い廊下を歩く間、ライカは、どの冒険者にもこんなに巡り合わせが転がっているものかとひとりごちた。

 翌日、船の上には三人組の冒険者がいた。久しぶりに晴天の下へ出航したのに、乗組員も乗客もなんとなくピリピリしている。淡い色合いの髪と目をした少女は、この雰囲気の原因は自分だと察したが、努めて普段どおりの様子でいる。ふたつに結い分けた髪は肩に届かないし、くせが強いので、あまり風になびかない。
「ライカの髪、きれいだね」
 さらさら揺れる金髪を見て、ユニマはぽつりと言った。照れ気味にありがとうと返すライカは、なんだかんだ言って楽しそうだ。ただ、まだ心からの笑顔は見せていない。
 結局は、コリトの当主とユニマに押し切られる形で、ライカの旅は三人連れになった。トラメと一緒になって、ユニマに敬語禁止令を出した時は、半ばヤケを起こしていた。
(無下にはできないよね。ふたりとも、眩しいくらいのイイヒトだもん)
 不慣れな呼び捨てで名を呼ぶユニマに、つい微笑みを向けてしまう。だんだん、自分の顔が作り笑いなのかどうか、わからなくなってきた。
 船を下りた後、ユニマに元気がないことにも気が付いた。トラメとふたりで、うつむいた顔を覗き込む。船に酔ったわけではなさそうだ。
 人間の、コリトに対する態度に触れるのは初めてだったので、結構こたえたらしい。チェルアの町では、冒険者がコリトを連れて出てきたと噂が立った。船に乗る頃には、すれ違う人のほとんどが、敵意や恐れをもって三人を見ていたのだ。
「なーんか、やな感じだったよな」
 トラメの呟きは風に消えていった。その小さな声が気持ちを代弁していたので、ユニマは少し元気が出た。
 自分と違う者との間に線引きをするのは、人の習性と言えるのかもしれない。線を引かれて不快だったが、トラメとの共感で自分も線を引いた。求めるのは、安心できる境界。異なる種族を忌み嫌う心の元は、そこにある。
(差別心ってやつは、誰も平等に持ってるんだよね……)
 ライカは皮肉っぽい考えを飲み込み、先頭に立って歩き始めた。
 今降り立った土地に、深い森はあるだろうか。
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