19 / 86
3章 森羅万象と生きる者
挿話 波間に落ちる振り子
しおりを挟む
「着せ替えだ」
半ばやけを起こしている。もういい、今だけ本当にやけになってしまおう。ライカが思い切って言ったことに、ユニマは「ほぇ?」と面食らって首をかしげた。
「その地味な服じゃ、かえって目立つでしょ。おしゃれしよ、おしゃれ♪」
雨上がりに沸く人々は、空ばかり見ていてライカ達を気にしない。彼女の赤い目も、ユニマがコリトであることも注目を集めなかった。頭一つ抜けたトラメの身長も。
ぐいぐいユニマの手を引いて服屋や雑貨店をめぐるライカを見て、このまま笑顔の仮面を外してくれればいいのにとトラメは思う。楽しげに店の服とユニマを重ね見て、吟味する表情には翳りが混じる。簡単には友達になれない──ふたり旅になった当初の言葉が蘇った。
(同じ女の子でも、すぐ友達とはいかねえか)
女物の並ぶ店では、トラメは居心地が悪い。取り留めのないことを考えていると、普段着をベースにしたユニマのコーディネートが出来上がっていた。瞳の色と合わせた薄紫のジャケットは、紺色のワンピースと相性がいい。
そうしていくつかの店を回って、旅の準備が整うまでの間、訝しげな顔で三人を見る者があった。常人より色素の薄いユニマに気付いたのかもしれない。せっかく晴れた空を拝めた今は、コリトの逆鱗に触れるまいと口を閉じたのだろう。しかし冷やかな目線は彼女に刺さっていて、船に乗って陸を離れれば、目線の温度は更に下がった。
「そういや、船に乗るの初めてか?」
「うん。ずっと、森の中にいたので……」
船室の中では景色が見えず、空気がこもって酔いやすい。でもユニマに元気がないのは、船酔いのせいではない。だから、ライカはちょっと風にあたると言って、ひとりで甲板に出たのだろう。
さらりとした髪は風によくなびく。ライカは甲板を船首のほうへ歩き、ちょうどいい居どころを探した。何組かが海を眺めたり、雑談をしたりと思い思いの過ごし方をしている。
(ついつい構っちゃうよねぇ……それがダメだって分かってるんだけど。ユニマ、かわいいんだもん)
よく、彼女の親が外に出そうと決断したものだ。好奇の目にさらされ、謂われない罪を着せられる亜人種の立場を知っているはずなのに。特にコリトは、明らかな異形でないぶん隠れにくい。
(気付かないひとも多いけどさ。気付いたひとの冷たさが刺さる。あんまり泣かせたくないなあ……妹がいるってこんな気持ち?)
「お嬢さん、可愛いね。ひとり?」
若い男が声をかけてきて、思考が中断する。ライカにとって幸いなことだが、「お嬢さん」というのが引っかかる。
「ヒマなら、ちょっと話さない?」
可愛いとの言葉は素直に受け取るが、下の年齢に見られがちな顔を、ライカは少し気にしている。お喋りが楽しい相手ではなさそうだ。ひとりじゃない、と言うのを寸前でやめて、冷ややかな目線を向ける。
「……お姉さん、って言ってくれたら考えたね。残念でした」
声だけで笑い、立ち去る。必然的に甲板を降りることとなり、一歩ずつ船室に近づく。
どんな顔をしてドアを開けよう。ユニマが人目にさらされるのを避け、甲板に誘わなかったことはバレているだろうか。なんと言ってドアを開けよう。ただいま、では違う気がする。
「ただいま戻りましてよ~」
上ずる声は裏声にして隠した。
「どうした急に、お嬢様みたいなこと言って」
「いやあ、お嬢さん可愛いねってナンパされちゃったから」
「なんぱ?」
軽薄な性格の者が、異性に声をかけることだ。簡単に説明しながら笑い、ライカは普段通りの態度を装っていった。心の距離を測るのは、魔物との間合いを測るより難しい。
「外……ひと、たくさんいましたか?」
森で生きてきたユニマにとって、初めての海だ。興味もあるのだろう。ただ、人間の目は怖い。
「行ってみる? さらにナンパされると思うけど」
気を削ぐようなライカの言葉は、半分本音だ。やはりどう見てもユニマは可愛い。
「じゃあ、俺がいれば問題ねーんじゃ」
「そうだね。……あ、その前に。ユニマ、ですますで話すのやめようか」
「えっ?」
驚くユニマをよそに、トラメが歯を出して笑う。
「俺もいつ言おうかと思ってた。ほら、ユニマの姉ちゃんと話す感じ」
「よし決めた♪ 名前も呼び捨てね」
トラメもライカも、この健気な少女を傷付けたくないだけだ。冷たい目線が自分たちにも刺さるのは、どうでも良い。対等な連れがいれば、少しは和らげられるだろう。ふたりのまっすぐな優しさを受け取り、少女は微笑む。
「いっしょに行こうよ。海、見てみたい」
笑みを返しながら、ライカの胸はちくりと痛む。守りたいひとはこうして増えていくのに、自分はなかなか強くなれない。
(頑張らなくちゃ……手がかりのひとつ、見つける前から弱気になるな)
新しい旅で出会った彼らを、守りたいと思った。天使を探す理由が増えた。今は、それでいい。それで精一杯。
半ばやけを起こしている。もういい、今だけ本当にやけになってしまおう。ライカが思い切って言ったことに、ユニマは「ほぇ?」と面食らって首をかしげた。
「その地味な服じゃ、かえって目立つでしょ。おしゃれしよ、おしゃれ♪」
雨上がりに沸く人々は、空ばかり見ていてライカ達を気にしない。彼女の赤い目も、ユニマがコリトであることも注目を集めなかった。頭一つ抜けたトラメの身長も。
ぐいぐいユニマの手を引いて服屋や雑貨店をめぐるライカを見て、このまま笑顔の仮面を外してくれればいいのにとトラメは思う。楽しげに店の服とユニマを重ね見て、吟味する表情には翳りが混じる。簡単には友達になれない──ふたり旅になった当初の言葉が蘇った。
(同じ女の子でも、すぐ友達とはいかねえか)
女物の並ぶ店では、トラメは居心地が悪い。取り留めのないことを考えていると、普段着をベースにしたユニマのコーディネートが出来上がっていた。瞳の色と合わせた薄紫のジャケットは、紺色のワンピースと相性がいい。
そうしていくつかの店を回って、旅の準備が整うまでの間、訝しげな顔で三人を見る者があった。常人より色素の薄いユニマに気付いたのかもしれない。せっかく晴れた空を拝めた今は、コリトの逆鱗に触れるまいと口を閉じたのだろう。しかし冷やかな目線は彼女に刺さっていて、船に乗って陸を離れれば、目線の温度は更に下がった。
「そういや、船に乗るの初めてか?」
「うん。ずっと、森の中にいたので……」
船室の中では景色が見えず、空気がこもって酔いやすい。でもユニマに元気がないのは、船酔いのせいではない。だから、ライカはちょっと風にあたると言って、ひとりで甲板に出たのだろう。
さらりとした髪は風によくなびく。ライカは甲板を船首のほうへ歩き、ちょうどいい居どころを探した。何組かが海を眺めたり、雑談をしたりと思い思いの過ごし方をしている。
(ついつい構っちゃうよねぇ……それがダメだって分かってるんだけど。ユニマ、かわいいんだもん)
よく、彼女の親が外に出そうと決断したものだ。好奇の目にさらされ、謂われない罪を着せられる亜人種の立場を知っているはずなのに。特にコリトは、明らかな異形でないぶん隠れにくい。
(気付かないひとも多いけどさ。気付いたひとの冷たさが刺さる。あんまり泣かせたくないなあ……妹がいるってこんな気持ち?)
「お嬢さん、可愛いね。ひとり?」
若い男が声をかけてきて、思考が中断する。ライカにとって幸いなことだが、「お嬢さん」というのが引っかかる。
「ヒマなら、ちょっと話さない?」
可愛いとの言葉は素直に受け取るが、下の年齢に見られがちな顔を、ライカは少し気にしている。お喋りが楽しい相手ではなさそうだ。ひとりじゃない、と言うのを寸前でやめて、冷ややかな目線を向ける。
「……お姉さん、って言ってくれたら考えたね。残念でした」
声だけで笑い、立ち去る。必然的に甲板を降りることとなり、一歩ずつ船室に近づく。
どんな顔をしてドアを開けよう。ユニマが人目にさらされるのを避け、甲板に誘わなかったことはバレているだろうか。なんと言ってドアを開けよう。ただいま、では違う気がする。
「ただいま戻りましてよ~」
上ずる声は裏声にして隠した。
「どうした急に、お嬢様みたいなこと言って」
「いやあ、お嬢さん可愛いねってナンパされちゃったから」
「なんぱ?」
軽薄な性格の者が、異性に声をかけることだ。簡単に説明しながら笑い、ライカは普段通りの態度を装っていった。心の距離を測るのは、魔物との間合いを測るより難しい。
「外……ひと、たくさんいましたか?」
森で生きてきたユニマにとって、初めての海だ。興味もあるのだろう。ただ、人間の目は怖い。
「行ってみる? さらにナンパされると思うけど」
気を削ぐようなライカの言葉は、半分本音だ。やはりどう見てもユニマは可愛い。
「じゃあ、俺がいれば問題ねーんじゃ」
「そうだね。……あ、その前に。ユニマ、ですますで話すのやめようか」
「えっ?」
驚くユニマをよそに、トラメが歯を出して笑う。
「俺もいつ言おうかと思ってた。ほら、ユニマの姉ちゃんと話す感じ」
「よし決めた♪ 名前も呼び捨てね」
トラメもライカも、この健気な少女を傷付けたくないだけだ。冷たい目線が自分たちにも刺さるのは、どうでも良い。対等な連れがいれば、少しは和らげられるだろう。ふたりのまっすぐな優しさを受け取り、少女は微笑む。
「いっしょに行こうよ。海、見てみたい」
笑みを返しながら、ライカの胸はちくりと痛む。守りたいひとはこうして増えていくのに、自分はなかなか強くなれない。
(頑張らなくちゃ……手がかりのひとつ、見つける前から弱気になるな)
新しい旅で出会った彼らを、守りたいと思った。天使を探す理由が増えた。今は、それでいい。それで精一杯。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました
東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。
王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。
だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。
行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。
冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。
無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――!
王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。
これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる