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4章 伝承を紐解く
4_③
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宿はキョウネ達の実家で、稀に訪れる人を泊めている。あまり商売らしい商売とは言えず、人が来たときだけ営業するような形だ。中に入ってすぐは大きな空間で、各地の宿と同じく食堂になっている。ひとつ風変わりな所は、食堂の床が一段高くなっていること。受付前の土間は奥の調理場に繋がっているが、食堂や客室には靴を脱いで上がる。よく磨かれた板間は低いテーブルが並んでいて、皆キョウネに倣って床に座り、席に着いた。
「さて、来た早々で悪いけど、明日には森を出ることを勧めるね」
キョウネはいかにも本題と言う顔だ。災禍の再来と噂される今、何を調べても魔物は減らない。無駄な危険を冒さずに去るのが賢い。正論だが、今まで黙っていたセルが目を眇めて口を開く。
「何を隠している? あの虎は……魔物とは少し違った」
問われているのはキョウネなのに、ユニマがちょっとびくついた。セルは魔術を見ても何も言わなかったから、かえって怖いのかもしれない。
虎は、確かに純粋なる魔物ではないと思えた。ライカも疑問を持っていたところだ。空気が緊張感で締まり、トラメは戸惑っている。
「……ばれてるね~。じゃあさ、何だと思う? あんた」
キョウネは、乗り遅れたトラメに話を振ってみた。「え、俺?」と言いつつも、強い目線を平気で見返して考える。
「魔物……っぽいもの?」
答えは案外的を射ていて、場の空気を簡単に緩めてしまう。
「ああ、もういいや。アレは式神っていって、あたし達の術なんだ。町を守るためのね。それに魔物が影響して、最近暴れ始めた」
顎に手をやる仕草は男みたいで、堂々としている。キョウネは術の扱いや体術が得手なので、日々、暴れる式神を退治していると明かした。
「あたしたちの問題だ。式神が全部片付けば、一段落。神殿……ていうかラルゴが、心配することじゃない。セル、聞きたかったのはこれだろ」
外部から隔絶された町と思いきや、キョウネは世間の情報をしっかり心得ていた。立ち上がると、晩メシの準備を手伝うと言って板間を降り、奥へ引っ込む。疑問を挟む間をくれなかった。
「あ、今日のお客、あんたらだけだから。部屋は好きに使っていいよ」
一瞬だけ戻ってきて、すぐ奥に消える。暇ができたので、ライカが町を散策するのにユニマが付いていき、トラメは荷物番がてら武器の手入れをすることにした。セルは黙って一人部屋に入り、時間を過ごすことになった。なりゆきで一緒にここへ来たが、ライカ達と仲良くする必要はない。キョウネには、四人を一括りにされている気がする。
(情報は得られた。まあ、上首尾なんだろう)
状況に首をかしげながら、セルは頭の中で神殿への報告をまとめ始めた。
夕食のときは、オトキヨも配膳などを手伝っていた。町の人が食事に来る、食堂にもなっているようだ。こちらは宿よりもずっと商売らしい。賑やかな食堂の中、仕事がひと段落したのか、キョウネが「ちょっといい?」とライカを呼んだ。少し、緊張感のある声だった。
「どしたの?」
外に出て、宿の裏手で立ち止まったキョウネに、ライカは懐っこい笑みを作って見せた。耳打ちするには遠い距離感でいるから、内緒話よりは大きな声が必要だ。
「間違ってたらごめんね。あんたさ……兄貴が、ひとりいない?」
「えっ……」
言葉に詰まり、ライカは思わず一歩踏み出す。それから、早口で聞き返した。
「兄さんを知ってるの?」
頷くキョウネに、名前を確認する。これは、耳に手をあてて小さく教えてもらった。確かに、ライカの兄の名だった。
「友達なんだ。あいつ、ここで弓の修行をしてたんだよ」
懐かしげに目を細めて語るのは数ヶ月前のことらしかった。ライカに面影を見て、よく妹の話をしていたことを思い出したそうだ。
「仲……よかっ、たんだ?」
ライカは半信半疑で、不安げに半歩下がる。最初に取り繕っておいた笑みは、とうに消えていた。食堂の賑わいが、ずいぶん遠くに聞こえる。
「そんな顔しないでよ」と苦笑いされると、もう半歩足が引いた。今、自分がどんな表情でいるのか、ライカはわからなかった。
「べ、別にやきもちじゃないよ。兄さんは、ずっと前に家を出ちゃったし」
トラメやユニマが見たら驚くだろう。今のライカには、はっきり恐れが見て取れる。冗談めかしたことを言っても、口調が固い。また、半歩足が引いた。
離れた距離を追わず、キョウネはそっとライカの目を見た。
「気の置けない奴。そう言われたし、あたしも同じように思ってる。本気でケンカできるの、オト以外にあいつだけだ。……ライカ。虚勢張んなくていいよ。あたしは、あいつの、友達」
自分は嘘が下手なんだと笑うキョウネは、確かに本当のことを言っているみたいだ。
「兄さんは……どこに行ったの?」
下がりかけた足を止め、ライカはキョウネの目を見ずに聞いた。
「その言い方だと、会ってないんだね。一度、国に帰るって言ってたんだけどな。あんたが出た後に着いたのかも」
「国って……それ、どこだか知ってるの?」
少しずつ、気になることが出てくる。キョウネもどこまで口にしていいか迷っていて、聞かれた事だけに答えている。ライカが歩み寄って耳を向けたので、国の名前を耳打ちした。
「さて、来た早々で悪いけど、明日には森を出ることを勧めるね」
キョウネはいかにも本題と言う顔だ。災禍の再来と噂される今、何を調べても魔物は減らない。無駄な危険を冒さずに去るのが賢い。正論だが、今まで黙っていたセルが目を眇めて口を開く。
「何を隠している? あの虎は……魔物とは少し違った」
問われているのはキョウネなのに、ユニマがちょっとびくついた。セルは魔術を見ても何も言わなかったから、かえって怖いのかもしれない。
虎は、確かに純粋なる魔物ではないと思えた。ライカも疑問を持っていたところだ。空気が緊張感で締まり、トラメは戸惑っている。
「……ばれてるね~。じゃあさ、何だと思う? あんた」
キョウネは、乗り遅れたトラメに話を振ってみた。「え、俺?」と言いつつも、強い目線を平気で見返して考える。
「魔物……っぽいもの?」
答えは案外的を射ていて、場の空気を簡単に緩めてしまう。
「ああ、もういいや。アレは式神っていって、あたし達の術なんだ。町を守るためのね。それに魔物が影響して、最近暴れ始めた」
顎に手をやる仕草は男みたいで、堂々としている。キョウネは術の扱いや体術が得手なので、日々、暴れる式神を退治していると明かした。
「あたしたちの問題だ。式神が全部片付けば、一段落。神殿……ていうかラルゴが、心配することじゃない。セル、聞きたかったのはこれだろ」
外部から隔絶された町と思いきや、キョウネは世間の情報をしっかり心得ていた。立ち上がると、晩メシの準備を手伝うと言って板間を降り、奥へ引っ込む。疑問を挟む間をくれなかった。
「あ、今日のお客、あんたらだけだから。部屋は好きに使っていいよ」
一瞬だけ戻ってきて、すぐ奥に消える。暇ができたので、ライカが町を散策するのにユニマが付いていき、トラメは荷物番がてら武器の手入れをすることにした。セルは黙って一人部屋に入り、時間を過ごすことになった。なりゆきで一緒にここへ来たが、ライカ達と仲良くする必要はない。キョウネには、四人を一括りにされている気がする。
(情報は得られた。まあ、上首尾なんだろう)
状況に首をかしげながら、セルは頭の中で神殿への報告をまとめ始めた。
夕食のときは、オトキヨも配膳などを手伝っていた。町の人が食事に来る、食堂にもなっているようだ。こちらは宿よりもずっと商売らしい。賑やかな食堂の中、仕事がひと段落したのか、キョウネが「ちょっといい?」とライカを呼んだ。少し、緊張感のある声だった。
「どしたの?」
外に出て、宿の裏手で立ち止まったキョウネに、ライカは懐っこい笑みを作って見せた。耳打ちするには遠い距離感でいるから、内緒話よりは大きな声が必要だ。
「間違ってたらごめんね。あんたさ……兄貴が、ひとりいない?」
「えっ……」
言葉に詰まり、ライカは思わず一歩踏み出す。それから、早口で聞き返した。
「兄さんを知ってるの?」
頷くキョウネに、名前を確認する。これは、耳に手をあてて小さく教えてもらった。確かに、ライカの兄の名だった。
「友達なんだ。あいつ、ここで弓の修行をしてたんだよ」
懐かしげに目を細めて語るのは数ヶ月前のことらしかった。ライカに面影を見て、よく妹の話をしていたことを思い出したそうだ。
「仲……よかっ、たんだ?」
ライカは半信半疑で、不安げに半歩下がる。最初に取り繕っておいた笑みは、とうに消えていた。食堂の賑わいが、ずいぶん遠くに聞こえる。
「そんな顔しないでよ」と苦笑いされると、もう半歩足が引いた。今、自分がどんな表情でいるのか、ライカはわからなかった。
「べ、別にやきもちじゃないよ。兄さんは、ずっと前に家を出ちゃったし」
トラメやユニマが見たら驚くだろう。今のライカには、はっきり恐れが見て取れる。冗談めかしたことを言っても、口調が固い。また、半歩足が引いた。
離れた距離を追わず、キョウネはそっとライカの目を見た。
「気の置けない奴。そう言われたし、あたしも同じように思ってる。本気でケンカできるの、オト以外にあいつだけだ。……ライカ。虚勢張んなくていいよ。あたしは、あいつの、友達」
自分は嘘が下手なんだと笑うキョウネは、確かに本当のことを言っているみたいだ。
「兄さんは……どこに行ったの?」
下がりかけた足を止め、ライカはキョウネの目を見ずに聞いた。
「その言い方だと、会ってないんだね。一度、国に帰るって言ってたんだけどな。あんたが出た後に着いたのかも」
「国って……それ、どこだか知ってるの?」
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