ライカ

こま

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4章 伝承を紐解く

4_④

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 内緒話をするふたりを、少し離れた所からオトキヨが見ていたが、やがてどこかへ走っていった。辺りはもう真っ暗で、食事を終えた町人も家路につき始めた頃合だ。
 ライカの兄と思われる人物について、情報が増えて確信が持てた。旅に出て兄の話が聞けるとは思っていなかったので、正直、ライカは嬉しかった。さっきまで顔に浮かべていた恐れはほとんどなくなっている。それを見て、キョウネは困ったような笑い顔になった。
「あんた、隠し事しながら旅してるね。ま、セルは別としても、トラメとユニマはいい奴なんじゃないの?」
「……わかんない。底抜けのお人好しだけど、会ったばっかりだもん」
うつむくと、恐れが戻ってきて眉根が寄る。目的も告げぬまま、旅はどんどん続いていくだろう。このままでいいのか。
「もしも、大丈夫って思えたら……自分の言葉で話すよ。今はまだ……」
「そっか」
ぽんぽん、頭に手を置くキョウネの声が優しい。昔、兄に頭を撫でられたことを思い出し、ライカはなんだかほっとした。それは、「そっか」に続く言葉のおかげでもあった。
「あのね、これだけは忘れるんじゃないよ。あたしみたいな奴もいるんだってこと!」
 話を終えて宿の中に戻ろうとしたら、不意に闇が深くなった気がした。雲が月を隠したのかと目線をあげると、キョウネの上体がぐらつく。
「!?」
自分でも何が起きたかわからないうちに、その場でへたり込む。ぎゅっと左腕を抱えて、小刻みに震えている。
「どうしたの?」
しゃがんで目線を合わせるライカに、はっと顔を向けると「式神だ」とかすれた声で言った。キョウネはすぐに立ち上がり、辺りを見回す。
「何かあったのか?」
急に張り詰めた空気を感じて、トラメとユニマも集まってくる。どうやら、近くに魔物の影響を受けた式神が現れたようだ。
(オト! どこにいるんだ?)
 先ほど、キョウネは左腕に不気味な違和感があった。痛みはない。ただ、骨を直接がっしり掴まれたような感覚で、過去にもあったものだ。双子は互いに怪我をした時、感じ取ることがあるという。今、見回した中に弟がいないことが不安だ。キョウネは駆け出した。
あっという間に闇に消えた背中を追い、武器を持つ面々も宿を出る。式神がいるのは町外れだろうが、八方を森に囲まれた場所柄、どっちから来ているのかわからない。事に気付いているのはキョウネとライカ達、走る背中を目撃したセルだけだ。
「オト!」
 町外れでキョウネが見つけたのは、左腕を庇ってうずくまるオトキヨだった。鋭く睨みつける先には、先の虎より大きな獣がいる。犬と言うには鼻の短い顔に、鋭い牙。くるくる巻いた尾やたてがみは逆立ち、獰猛な唸り声と共に振動する。爪には、血がついていた。
「狛犬か……」
キョウネは夜目が利くほうだが、図体の割に素早い式神が相手では、オトキヨの具合を確かめる余裕がない。
 双子に狛犬が飛び掛る。地面をえぐる爪に手ごたえはなく、狛犬は首をかしげる。
 その時、キョウネはオトキヨを抱えて、町を照らす松明がある辺りに来ていた。人通りはないが、ライカ達が追ってきて見つけてくれるのでは、と希望に賭けた。弟に何か言おうとして、飲み込むと、すぐに姿を消す。瞬間的に移動速を高める術だ。
とにかく今は、式神を町に入れるわけにはいかない。戻ってきたキョウネを見て、狛犬は尻尾を振る。風が起こり、木々が揺れる。葉擦れの音が騒がしい。
「ちっとも可愛くないっての」
手甲をはめながら文句を言う顔は、怒りに満ちていた。

「おい!? 大丈夫か」
 キョウネが行った方へ走っていると、トラメがオトキヨを見つけた。近くにあった松明の光だけでは手当てに少々頼りないが、衰弱した様子から、動かすのも危険に思える。
「キョウが……」
微かに声が聞こえた。意識はあるようだ。重たそうに右手をあげて、方向を示す。
「ひとり……」
それだけで、キョウネがひとりで式神と戦っていることはわかった。ライカはトラメとユニマを順に見る。
「ユニマ、オトキヨの手当て、お願いしていい?」
「う、うん」
返事に不安の色があった気がして、ライカとトラメが去った後もセルは松明の所に残る。ユニマはつい、嫌な顔をしてしまう。そのまま黙って、オトキヨの傷をふたりで診た。
左腕は骨折していて、腹に大きな裂傷もある。出血が多く、意識も不明瞭になってきた。しばし考え、ユニマが口を開いた。
「ここは私に任せてください。あなたは、ライカ達のところへ」
「何を言っている。君ひとりじゃ、彼を運ぶこともできないだろう」
セルは心配して言ったのかもしれないが、冷静な口調は無感情に聞こえて、ユニマは首を振る。厳しい目でセルを見て、祈るように手を組む。
「傷を、治すんです。私には出来る。……さあ、行ってください!」
魔術には、傷を癒すものがあった。普通に手当てしただけでは、持ち直せるかわからないオトキヨの傷も、ユニマには治せる。
ただ、術を使うのを他人が見ているのは、何となく嫌だ。それに、大物が相手なら、立ち向かう人数は多いほうがいい。
 オトキヨの傍に残るのはユニマだけになった。術に集中しながら、頭の隅で思うことがある。ライカは、町中で魔術を使う必要がないよう、自分に手当てをお願いしたのではないか。攻撃用の魔術は、人に見られたらごまかせない。隠しても仕方ないと宣言したものの、やはり虐げられる不安はあった。世の中を見ている分、ライカは本心を見抜けるだろう。
(人にあれこれ言われるのは怖い。でも、治したい。私には、できるんだもの)
あたたかな光がオトキヨを包む。ユニマは治すことだけを考えた。ライカとトラメの笑顔が、不安をどこかに押しやってくれた。
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