ライカ

こま

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5章 孤島の森

5_⑧

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「ふたりで動くのって、なんか久しぶりな気がするな」
 とうに慣れっこになっている幼馴染みの呑気な発言に、ヒスイはくすりと笑う。国にいた頃だって、毎日会っているわけではなかった。なのに、随分と懐かしく思ったのだ。
木があまりにも大きいから、薬草を探した旅路とは重ならない。色々な魔物と戦って、いくつもの国を見てきても、トラメはトラメだった。
「変わらないわね」
無論、いい意味で。
 ヒスイの言葉に「そうか?」と頬をかきながら、トラメは思案げな表情をする。
ふたりの足音の他は、風の音がわずかにそよぐ程度で、辺りは静かだ。魔物の気配はないが、トラメは注意深く周りを見て、話を続けた。
「そう見えるんなら嬉しいな。でも、ものの見え方は変わったよ。旅に出るまでは、何も知らなかったんだ」
亜人種を忌避する風潮は昔からあった。トラメやヒスイもそういう世の中を生きてきて、でも周りにいるのは人間だけ。差別的な見方とはどんなものか、わからないつもりでいた。
コリトを頭ごなしに悪く言う人がいて、その人達を悪く思う自分がいた。そしてライカの友達の話を聞き、クーンシルッピで警戒されて、トラメはふと気が付いたのだ。
自分だって、無条件に引いてしまう境界線があるということ。
それは差別という言葉を知った時点で、心の中で拭えないシミになっていたのだろうか。
「俺は生きてて幸せだけど、そうじゃない人もいる。他にも、色んな考えが世の中にあるんだ。もっと、知りたいって思う」
旅の中で境界線に気付いたなら、いつか境界線を細くする道が見えるはずだ。トラメの前向きな想いが見えて、ヒスイは頷いた。
 ふたりが調べる洞窟は三つあった。探索を終えた仲間が合流するとき、今、どこを調べているかわかるように、入り口の付近に目印を置くことにする。
一つ目は、外れだった。苔むした薄暗い洞窟を後にして、次の洞窟の前で、木にバンダナを結ぶ。森の中で赤は目立つから、目印にはもってこいだ。
「今度の洞窟は、ちょっと深そうね」
「ああ、気をつけよう」
ここに英雄の精神を宿した玉石があるかもしれない。期待に胸が高鳴ると、かえって慎重になった。足が重く感じる。一度顔を見合わせて、トラメとヒスイは洞窟に足を踏み入れた。
 狭い道は途中で二手に分かれていた。描く弧の感じからすると、先で合流していそうだ。まずは左回りに行くことにした。
歩きながら、ヒスイはこの洞窟を妙だと思った。さっきの洞窟と比べ、深い割に明るい。見上げると、岩の隙間から光が入っていた。外からはわからなかったが、意図的に岩を組んであるようだ。足元が平坦な地面なのも、洞窟としてはおかしい。
進んだ先で、ドーム状の開けた場所に出ると、違和感は益々際立った。
「ねえトラメ、この洞窟、作ったものに見えない?」
ヒスイの目線の先には、紋様が浮き彫りにされた岩肌があった。ナバナの頬にあったのと同じ、竜族の紋様だ。その中に、小さな宝石がはめ込まれている。
「自然にこうはならないだろうな。……ってことは、あれが、」
 期待に声を震わせて言う前に、轟音が耳を塞いだ。
 がらがらと落ちてくるのは、砕けた天井だ。トラメが咄嗟にヒスイを引っ張って端に寄らなければ、ふたりとも下敷きになっていた。
 立ち上った土煙で、玉石の辺りが見えなくなる。積もった石に陽の光が注ぐ。
「残念、ライカじゃない。あなた達、お仲間でしょ?」
光と一緒に降ってきた冷たい声は、初めて聞くものだ。
「ライカはどこ? 教えてよ」
 ばさり、羽ばたいてゆっくりと洞窟の中に降り立つ。声の主は、黒い翼を持つ鳥族の少女だった。チョーカーから下がる鎖が、交差させた二本のベルトに繋がっている。顎の位置で揃った黒髪と、黒目がちの大きな瞳は、村で見た覚えがない。
「誰だ……?」
 長剣を構えて、トラメはヒスイを背に庇う。その様子を見て、少女は口元だけ笑った。次の瞬間には細身の剣を抜いて地を蹴る。金属のかち合う鋭い音に、ヒスイは一瞬目を瞑った。開いたときには、少女の背から翼が消えていた。
(えっ……錯覚?)
「ふふ、驚いてる。知らないんだぁ……亜人種は才があれば人間の姿に化けられるのよ」
 トラメが辛くも受けた剣は、彼の頬を掠って首の寸前に止まっていた。腕力の差を補って余る、速さを武器としているようだ。限られた空間に応じて姿まで変える、相当な実力者だった。剣を押し返されると一度距離をとって、トラメの問いに答える。
「私はアキレア。名前を聞いたら、きっとライカの方から会いに来てくれる!」
 言葉とは裏腹に、全く嬉しそうではない。一体、ライカとどんな関わりがあるのだろう。
 考える間はなかった。細身の剣が、素早く横に回り込んでヒスイを狙ったからだ。今度は剣で受ける余裕がなく、トラメはヒスイにぶつかるようにして自分の体を盾にした。冷たい刃がわき腹に刺さる。
 そのまま動けずにいるトラメを蹴り飛ばし、アキレアは剣を引き抜いた。
「ヒスイ、逃げろ……っ」
 よろめいて、なんとか踏みとどまったトラメの服が、血に染まっていく。詰まった声で話すのは、うまく息が吸えないからだ。痛いのか熱いのかわからないが、傷が呼吸の邪魔をする。この深手では、ヒスイを守って長くは戦えない。
 それでも、トラメは自分の勘に従うことにした。アキレアからは、ライカへの並ならぬ憎しみを感じる。会わせては駄目だ! ここで足止めする必要がある。
 逃げるのをためらうヒスイを、しつこくアキレアが狙う。ただし、どう見ても、トラメが追いつくのを待っていた。長剣で受け損ねた、上からの斬撃が右肩に食い込む。
(ヒスイに、呼びに行かせる気か!)
 そうとわかったところで、剣を引いたらヒスイが怪我をするだけだ。命までも奪われるかもしれない。ライカをおびき寄せるなら、アキレアにとって餌は誰でもいい、そういう風に見えた。
 状況が動かないのを見て、アキレアは焦れてきたらしい。狙いを変えて、トラメの手の甲を突く。長剣は簡単に落ちた。
振り下ろされる細身の剣を避ければ、ヒスイが斬られる。何より、手負いで避けられる剣速ではない。トラメの肩から腹にかけて、大きな裂傷が走った。
「あ……」
うつぶせに倒れていくトラメを見て、ヒスイは地面に座り込んだ。
 アキレアは落ちている長剣をトラメの方に蹴って、彼の顔を見下ろす位置に立つ。僅かに顔を上げるトラメに意識はあるが、剣を拾う余力はないはずだ。
「目だけで食いついてどうなるの?」
嘲笑するアキレアの目は、雨の夜を思わせる暗い色をしていた。
(トラメが……死んじゃう)
傷つけるだけではヒスイが逃げなかったから、止めを刺そうというのか。トラメの首をめがけて、細身の剣が突き下ろされる。
「ま、待ってよ!」
 震える膝を気力で立てて、ヒスイはトラメに覆いかぶさった。切先が浅く背中を刺す。
「無駄に頑張らないで。せっかく、代わりに怪我してもらったのに」
吐き捨てられた言葉は心に痛い。純粋に、攻撃のために磨かれた技の前に、ヒスイは何も出来なかった。悔しさを飲み込んで、横目にアキレアを睨みつける。
「私が逃げれば、あなたは追ってくる。そうして、ライカを見つけるつもりでしょう。だから、トラメが私を庇うのを見て、こんなにも痛めつけた。逃げろって、言うだろうから」
わかってるじゃない、と鼻を鳴らして、アキレアは剣を引いた。構え直す準備に見えた。
トラメが、まだ目で「逃げろ」と言っているが、ヒスイは動かず言葉を続けた。
「それなら、私は逃げない。トラメを見殺しになんか、しない。ライカの所へも、行かせないわ!」
ここに留まることが、ヒスイに出来る精一杯の抵抗だった。アキレアにライカを会わせたくないのは、ヒスイも同じだった。
「あなた達、お笑いね」
「……っ!」
 アキレアの蹴りが、ヒスイをトラメから引き剥がす。
(くそ……くそっ! 幼馴染みのひとりも、守れないのかよ?)
 自分から離れ、ヒスイに向かっていく刃を見ながら、トラメの視界は暗転した。
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