ライカ

こま

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6章 踏み出す一歩

6_③

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 そのすぐ後から、ライカがメディスを訪ねることがなくなった。天使を探しに出た訳ではない。鳥族を疎んだ家人が、メディスは病で死んだと言い渡し、今後一切トロムメトラに来るなと念を押したのだ。もちろん、メディスにそのことは秘密にした。
 自室の窓から、ライカが飛んで入ってきてくれないかと、外ばかり眺める日が続いた。淋しさが病を呼び、起き上がれない。
 十五歳の誕生日のとき、何かほしい物はと聞かれたメディスは、物なんかいらない、ライカに会いたいと訴えた。来ない理由が家人にあることは、とうに察していた。
「あの者が来るようになってから、お前の病が増えた気がする。厄を呼ぶのはごめんだ。我が子を苦しめるために、あんな怪物相手に商売しているわけじゃない」
 メディスの父親が吐き捨てたことは、大きな衝撃だった。
(私はライカが大好きなのに。一緒にいると、病気がどこかへ消えていく感じがした!)
 思うことを、メディスは言わなかった。言ってどうなることでもないし、父親達の考えを押し付けられているうちに、自分の考えが変わってしまうのが怖い。
 それから数ヶ月で、友に会いたい気持ちを秘めたまま、メディスは息を引き取った。
 メディスを失ったライカは、悲しみを紛らわすためもあり、以前にも増して鍛錬に打ち込むようになった。書庫の文献を読み漁り、外の世界を旅するための知識も拾った。
 そのうち、ひとつの可能性に辿り着く。鳥族の中でも、特に気功の才があるのが「鳩」や「鷲」「鷹」なのだが、攻撃のみに特化して考えると、「鴉」も引けを取らない。義母が求めたのは、思いのまま動かせる戦力だった。私設兵団を使って、いつか国を乗っ取る。そして、他の国と戦争を始めるかもしれない。武力を強化する姿勢が、このところ異常なほどだと、使用人の間では噂になっていた。昔は暴力を好む性格ではなかったというが、ライカにはとても信じられない。暴力で両親から引き離されたからだ。
(でも……)
 知識だけだから確信は持てないものの、義母にロイスが憑いていることを考えた。誰かに取り憑いて町に紛れ、争いを招いて楽しむ魔物。アキレアを拾って、ライカを連れてきて、争いの道具を作り喜んでいるのだとしたら?
(母さんと同じ痛みを……翼を切り落としてやるって、思ってた。私のこの気持ちは、ロイスの餌にしかならない)
 ライカが一番に望むことは、義母への復讐から友との約束を守ることに変わっていた。天使が目覚め、世界が救われるのなら、アキレアと和解するための時間もできるはずだ。ライカはレイフラウ脱出を決めた。
 脱出の際、匿っている嫌疑を家族にかけられては困る。ライカはあえて誰かが気付くように出発した。下層市民の居住区と違う方向に向かい、追ってくる私設兵団を撒けばいいのだ。今や、空中戦でライカと渡り合えるのは、アキレアだけになっていた。
 雲が多い真夜中だったこともあり、アキレアが追っ手に加わる前に、傷を負いながらも何とか国を出た。逃げつつ戦うのは難しいものだと思いながら、運よく吹いていた南への風に乗る。ひとまず、目指すのはクーンシルッピと決めていた。亜人種の安息地であれば、非難されることはないだろう。
「大丈夫? 生きてる?」
 気が付いたとき、ライカは村の近くに倒れていた。風に乗っても、海を越えるのは十五歳の少女にはこたえる。
ライカの頬をぺちぺち叩いて、呼びかけていたのはナバナだ。生きていると確認すると、ひょいと担いで村長の家まで運んでいく。
 手当てされ、ここへ来た経緯を聞かれる。ライカと村長の間には、荷物に入っていた玉石の腕輪が置いてあった。これは、伯母の家にあったのを拝借してきたものだ。
「レイフラウから来ました。ここからは、すぐに去ります」
 ごく端的な説明をし、ライカは詳しいことを話さない。村長は追っ手があることをなんとなく察したが、せめて傷が癒えるまでは留まるように勧めた。断りきれずに滞在する間は、建物から離れた高い木の枝に座っていることが多かった。
 遠くからその様子を見て、村長は眉間にしわを寄せた。気になることがあっても、翼を失った村長には近付けない場所にいる。
(あれ程の玉石を荷の中に入れて、ここまで飛ぶとは。強い力を持った子なんだね)
 だから追っ手がかかる。もしここで追いつかれたら、すぐに気付いて追い返すために、村の端にひとりでいる。近付くなという雰囲気を背負い、他者を遠ざけていた。
 果敢にも、そんなライカの所へナバナはちょくちょく顔を出した。あまり会話にならなくても、そのうち心を開いてくれると信じ、話しかけ続けた。一人は淋しい、みんなで楽しく。それがナバナのモットーだ。
「髪長いねえ。ずーっと伸ばしてるの?」
「……うん」
 鳥族の身分は髪の長さで見分けるようになっている。貴族の家に暮らしたライカは、後ろの髪が腿くらいまである。一方のナバナはショートカットで、髪とはこんなに伸びるものかと目を見張った。
「あ、夕焼け。明日も晴れるかなあ」
 他愛ない呟きに、答えは返ってこなかった。ライカは枝の上に立ち上がり、目を細める。胸騒ぎがしていた。
(来る……!)
 北の空には何もいない。ただ、気配だけは感じる。
「ナバナ、村の人たちに伝えてもらえるかな。隠れてって」
 初めてライカから話しかけたことに、喜んでいる暇はなさそうだ。
「追っ手が来るの。私がなんとかするから」
「だめ!」
 飛び立とうとするライカの腕を掴み、ナバナは力任せに抱え込んだ。急いで飛んでいったのは、自警団が集まる集会所だった。
「団長!」
「来たか。大人しくしてな、嬢ちゃん。こういうのは俺たちの仕事だ」
 武器を手にした面々が、すれ違って外へ出て行く。追っ手があることは村長の推察から自警団に知らされていて、ライカを匿うことになっていたのだ。
「嫌! だめです、私が行かないと!」
 抵抗しても、ナバナの腕力からは逃れられない。ふたりで集会所に残され、ライカは唇をかんだ。こんな状況になるのが嫌で、すぐにここを出ようと思っていたのだ。
「離して!」
 なんとかナバナを説得しなくてはならない。ライカは、自由に動ける片手で、腰に差していた短剣を抜いた。ナバナの鼻先に突きつける。
「お願い、行かせて。私じゃなきゃ、追い払えないんだから!」
 自警団のみんなは強いんだよ、とむくれて、ナバナは力を緩めない。
「追っ手は……私の、姉妹みたいな奴なの! 自警団が出て行って追い払うだけで済むの? 死んじゃったら、嫌なんだよ!!」
 思いがけない言葉に、一瞬の隙ができた。ライカはナバナの手を振り払い、集会所を飛び出した。
 自警団は地上で戦う者が多く、ひとりの少女を相手に苦戦を強いられていた。意外な追っ手に躊躇したせいもあるが、卓越したチャクラムの扱いで、多くの団員が傷ついた。
(なんてこった、ただの子供じゃねえぞ……)
 左目を押さえてうずくまる団長が、特に深手を負っている。アキレアは司令官の役割をする存在を見つけると、真っ先に攻撃した。ライカを連れ戻すためなら、何をしても誰を何人傷つけても構わないと指示されていたのだ。ライカを出せとばかり言い、無感情に自警団を傷つけていく少女は、操り人形のようだった。
 自警団の頭上を、鋭く空気を裂く音が過ぎていった。アキレアがチャクラムを盾にし、音の正体を弾く。落ちるかに見えたそれは、勢いよく元来たほうに戻っていく。
「やっぱり、いた……」
 口元だけ笑うアキレアの目線の先には、ナバナが押さえていたはずのライカがいた。来るなと言ったのに、と怒鳴っても、聞こえない風に再びチャクラムを投げる。
 鳥族同士の戦いを目の当たりにして、自警団は声もない。腕力や体格が明暗を分ける他の武器とは別世界だ。白と黒、互いの羽を散らしながら四つの輪が激しく打ち合っていた。
 技量は、僅かにライカの方が上らしい。弾かれたチャクラムを、手に戻さずに攻撃に転じることがある。アキレアはそれができないまでも、ライカの技量を知っていて、紙一重で対応した。
(これじゃあ、埒が明かない。イチかバチか……)
 ライカは、少しタイミングをずらして二つのチャクラムを投げた。アキレアは、先に来るものを手もとのチャクラムで受けつつ、片方を空中で弾こうとする。と、ぶつかる寸前に、ライカのチャクラムが加速した。すれ違って、アキレアの利き腕を大きく裂く。
「お願い、帰って」
 痛みに顔を歪めて、アキレアは少しの間ライカを睨んでいたが、やがて島の北側へ飛び去った。恐らく、ここまではこっそり船で連れて来られたのだろう。あとには、受け取れずに地に落ちた、アキレアのチャクラムの片方が残った。
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