ライカ

こま

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7章 道を探して

挿話 マシュマロと日だまり

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 アキレアの襲撃で負った傷は、ライカの気功とユニマの術で癒えた。一行はまた旅に出て、すっかり元気になったトラメやヒスイは危なげなく歩き回っている。
(しかし)
 神殿に英雄の玉石を探してみようとやってきたラルゴの町、雑踏の中でセルは思案していた。動揺したまま、無理に治癒気功を使い続けたライカは倒れ、重傷だったトラメ並に消耗していたのだ。こんなことが続いたら、彼女らの身が持たない。
 はた、と思いついたことがあり、こっそりライカに聞いてみる。
「治癒気功を?」
「ああ。対ロイスと勝手は違うだろうが、教えてもらえないか」
 攻撃に特化しているとはいえ、セルも気功の使い手。練習すればできるかもしれない。
 思わず足を止めたライカがぽかんとしているので、セルも仲間に置いていかれた。
「考えたんだ。この先、また緊急事態にならんとも限らない。回復要員は多い方がいいだろう、僕なら……って何だ? その顔は」
 にやつく頬をぐっとこらえて、唇の下にしわが出来ている。眉は困ったようだが、目は嬉しそうにきらきらしていた。
「う~ん、顔に出ちゃうよねぇ」
 ライカは一度両手で頬を包み、改めて笑顔でセルを見た。
「嬉しいんだけどさ、向き不向きが大きい技だし、私すっごい説明下手だよ。それでもいいの?」
「ああ、理解できるよう努力する」
 ライカの説明は、ときに具体的な言葉よりも効果音が多い。その教え方は覚悟の上だと示すセルは大真面目だ。
「ありがとう。私も、なるべくわかりやすく教えるね!」
 こうして、旅の合間にセルとライカは治癒気功の練習を始めた。

「ロイス用の気功はロイスだけを狙うよね。攻撃なら敵を。狙いがハッキリしてれば機能が変わるって感じで、この二つは大差ないかな」
「そうだな」
 矢に追尾性能を付加する技を使えるので、セルはここまでは理解した。問題は次だ。
「治癒の場合は……正直、傷口に向けて繋がれ~くっつけ~って……こう、はぁぁぁあああ…って感じでやってるから、何て言えばいいんだろ」
 途端に歯切れが悪くなる。ヒスイいわく、気功の治癒はふわりと温かかったそうだ。強さや鋭さを求められる攻撃用とはまるで違う。しばらく悩んだ末、ライカは手っ取り早く実演することにした。
「イメージとして掌からがやりやすいし、受けるのも手がいいよね」
 セルの掌に、ライカが治癒気功をあててみる。怪我がなくても温かさはわかるし、その感触は微かに覚えがあった。
「これは……何かに、似ているような……」
 何だったか。形があるような無いような、やわらかで優しいもの。気分がほぐれる。
「あ……」
(マシュマロだ)
 思って、つい言いそうになったが、慌てて口をつぐむ。ライカはセルが甘いもの好きなのを心得ている。例えに引いたとしてバカにされることはないだろう。ただ、なんだか「マシュマロ」と口に出すのが恥ずかしかった。
「お、イメージつかめそう?」
「ああ……少し」
 それじゃあ実践だね、と言いながら、ライカの表情が曇る。特に怪我人もいない今は、できているかどうかの判断がつかない。
「ライカが学んだ時は、どうやって確かめたんだ?」
「先生が出来てそうだって判断したら、自分の手とかに傷を付けて練習した……やっぱり、自分の傷を治すのが簡単だからね。生々しいし、あんまりやりたくないんだけど……」
「ある程度、予想はしていた。気にするな」
 まずは、それらしい形に気を練ってみるところからだ。ライカがするように、手の上に気功の光を保ってみようとする。が、うまくいかない。
「留めておく、というのが難しいな」
 セルの気は宙に浮き上がって、あるいは手から落ちて地面に向かって行く。
「う~ん……それに、輪郭がハッキリしてるから攻撃用に近いよ。ほら、地面も」
「へこんだな。これでは怪我をする」
「教わったときは、おっきいマシュマロを持ってる感じっていうのが、一番イメージしやすかったかなぁ」
「マシュマロ?」
 今度は声に出た。どうやら、印象は間違っていなかったようだ。ひとつで掌いっぱいの、大きなマシュマロがあったなら……さっきより鮮明なイメージができる。
(それで、傷を包み込むようなものだろうか)
 この日は気を掌で留められるようになったものの、輪郭のぼやけた治癒の光は作れなかった。
 以後も、暇をみては練習を重ねていく。気功に関しては器用な方だが、攻撃としてのみ使ってきた彼には、やはり難しい。
「……くやしいな」
 休憩の間、キョウネが差し入れてくれた飴の包みをぼんやり見つめて呟く。疲れからか、こぼれてしまった感情だ。
「珍しいね、そういうこと言うの」
「まあ……今まで、そんなに悔しい出来事もなかったからな。努力家でもないし」
 何気ないひとことに、ライカは目を丸くする。
「いやあ、その弓の腕は努力なしで身に付かないでしょ」
 実際、かなりの鍛錬を重ねてきたが、セルに頑張ったつもりはないらしい。
「他人と関わるのを避けたら、他にすることがなかっただけだ」
「あ~そういうこと。なんか……ありがとね、こんなに頑張ってくれて」
 セルは自分で思う以上に、治癒気功への取り組みが真剣だった。そろそろ切り上げようとライカが言っても、もう少し練習すると粘る日があるほどだ。
「別に……礼を言われることじゃない。自分でやりたくてやってる」
 ようやく飴を口に含むと、しばらくセルは思案した。
(僕がライカやユニマのように優しいやつだったら……治癒気功が扱えるんだろうか)
 応急手当てなどは、一通り習って知っている。それは作業としての手当てで、怪我人が痛がっているからといって処置をためらうことはない。
(優しくって、どうすればいいんだ)
 僧兵をやめて神官になった同僚の話を小耳に挟んだことがある。「あいつは気が優しいから、たとえ魔物でも傷つけることができない」と。放置した魔物は、誰かを殺すというのに。
「……優しいなぁ、セルは」
 一足先に飴が小さくなったライカは、噛み砕きながらぽつりと言った。
「どこがだ? 優しければ、そろそろ治癒気功ができてもいいんじゃないか」
 いじけた風の言い方が、どうにも自分の言葉と思えず、セルは掌に目を落とす。
「言ったでしょ、向き不向きが大きいって。私は体質が向いてるだけ。優しいとか関係ないよ」
 なぜライカがセルを優しいと言ったのか、この日はとうとう理解できなかった。

 そのうち、形だけは治癒気功らしきものが扱えるようになったので、実際に傷に当ててみる段階に入る。セルが近接用のナイフを自らの手に滑らせるとき、ライカは顔を背けていた。傷など見慣れているはずなのに何故かと、セルは不思議がった。
「だって、出来ちゃった傷は治すしかないもん、見るでしょ。わざわざ傷を作るのは、気持ちいいものじゃないからね……」
 なるべく、そっと気を当てるようにと心配げに言って、ライカはセルの気功を見守る。
「……」
 赤い線が、じわりと太くなる。気の感触は温もりと言うには強過ぎて、真夏の直射日光のようだ。
(……ダメ、なのか?)
 アドバイスを受けながら調整しても、傷が塞がることはなかった。
 自分に対して苛立ったせいか、セルの手は少し火傷のようになって、切り傷より痛々しい状態だ。ライカの治癒気功で少しずつ癒えていくが、その様子を見つめるセルは落ち込んだ様子だ。
「あんまりヘコまないでよ」
 やわらかな光越しに、眉尻の下がった笑顔がセルと向き合っている。
「ごめんね、こんなに心配かけてたんだね……」
 治癒気功の練習では、普段よりセルの感情がにじんで見えた。自覚なく心身をすり減らしたのも、気持ちの強さを表していた。
「おい、泣くなよ。言っただろ、僕は」
「やりたくてやってるって、それがすごいんだよ」
 ライカは泣いていなかった。声を震わせたのは嬉しさだ。
「セルが私達を心配してくれたみたいに、私達もセルのこと心配になっちゃうからさ。この練習はそろそろやめよう」
「しかし……」
 見込みがないのは分かってきたが、セルは渋った。合理的判断でなく、仲間のために動いていたことを今更自覚した。
「あそこまでの無茶はもうないよ。私が、もっと強くなる。みんながいるから大丈夫」
「……はぁ、なら僕は、援護の腕を磨くとするか」
 まだ名残惜しいのが声色に出た。だからか、ライカはにっこり笑って見せる。
「頼りにしてるよ! あとはいつも通り、ユニマが転んだら助けてね」
 傷はふさがり、治癒の光が消えていく。温もりも引いていって、セルは日だまりから陰へと移った感覚を思い出した。
(この温かさ……いつか僕にも再現できたらと、思ってしまうが)
 今できるだけのことは、していこう。仲間も自分も、ひどい怪我をしないように。
 仲間の傷は心が痛い。その気持ちをライカと共有できたのだろう。ならば、これも優しさのひとかけら。治癒気功の修得はならなかったが、セルに小さな自信が芽生えた。
「誰が転んでも助けるさ。弓なら、離れていても敵に隙を作れる」
「うん、そうだね。よろしく~」

 ずいぶん後になって、セルが止血程度の治癒気功が出来るようになったのは、また別の話。
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